10月8日、ラグビー日本代表が福岡・ベスト電器スタジアムにて「アサヒスーパードライJAPAN RUGBY CHALLENGE SERIES 2022」を行なった。相手はワラビーズやスーパーラグビーでプレーする若手を中心としたオーストラリア…

 10月8日、ラグビー日本代表が福岡・ベスト電器スタジアムにて「アサヒスーパードライJAPAN RUGBY CHALLENGE SERIES 2022」を行なった。相手はワラビーズやスーパーラグビーでプレーする若手を中心としたオーストラリアA代表。テストマッチではないため、日本代表はジャパンXV(フィフティーン)としてチームを編成して臨んだ。

 10月1日に行なわれたオーストラリアA代表との初戦、日本代表は22−34で敗れた。2戦目はFL(フランカー)姫野和樹、CTB(センター)中村亮土、WTB(ウィング)松島幸太朗ら2019年ワールドカップ組がケガから先発に復帰。6点リードで終盤を迎えたものの、試合終了間際にトライとゴールを許してしまい21−22で連敗を喫した。



スタンドオフとして存在感を示した21歳の李承信

 ただ、この試合では光明も見えた。10番のポジションで先発した21歳のSO(スタンドオフ)李承信(リ・スンシン)の存在だ。7月のフランス代表で抜擢されて10番を背負った若き司令塔は、3カ月ぶりの日本代表戦でもしっかりとチームをドライブさせた。

「(7月のフランス戦よりも)コミュニケーションが取れたり視野が広がったりして、自分のするべきことが明確になった。ただ、すごくいいゲームの運び方ができて、最後は勝てるところまでいったのに勝ちきれず残念だった」

 李はパフォーマンスに満足しつつも、司令塔としてチームを勝たられなかったことを悔いた。

 SH(スクラムハーフ)齋藤直人とコンビを組んだ李は「ブレイクダウンでモメンタム(勢い)のある時はボールを展開し、思いきってアタックするプランだった」という。結果、日本代表は前半の最初と後半に2トライを挙げることができた。

また、李は相手陣でチャンスがあればボールを前に運ぶだけでなく、「うまく敵陣に入れていたので(パスとキックの)バランスがよかった」と自陣奥からはキックを選択して攻撃に厚みを持たせた。

大学2年で中退した異色SO

 しかし、日本代表は相手との接点でプレッシャーを受けて反則を繰り返し、そこからリズムを失ってしまう。日本代表が得意とするはずのキッキングゲームでも、あまり優位な状況を作ることができなかった点も悔やまれる。

 6点リードで迎えての残り2分。No.8(ナンバーエイト)リーチ マイケルが自陣での相手ラインアウトのボールをスチールし、危機を脱したかに思われた。だが、直後の李のキックは相手にチャージされてピンチ脱出ならず。その後、モールからトライとゴールを奪われ、逆転負けを許した。

「ひとつひとつのプレー精度やマイボールになった時、確実に敵陣に入ることが今後の課題です」

 勝てなかった要因を聞かれ、李はこう答えて唇を噛んだ。

 2001年生まれの李は、ふたりの兄の影響で4歳から兵庫県ラグビースクールで競技を始めた。中学時代は兵庫県選抜で全国優勝に寄与し、大きくクローズアップされたのは大阪朝高2年の時。春の選抜大会などの活躍で高校日本代表に選出され、3年時は「花園」全国高校ラグビー大会で12番を背負って存在感を示した。

 次兄の李承リョ(リ・スンリョ)と同じ帝京大学に進学すると、1年時から主力のひとりとして大学選手権にも出場。さらにU20日本代表を中心としたジュニア・ジャパンに選ばれ、共同キャプテンも務めた。そして李は、海外を経験したことでより高いレベルでプレーしたい気持ちが芽生え、大学2年での中退を決める。

「大学を退学した時も、自分がこれから進む道に後悔がないように、ひとつひとつの行動や過ごし方を大事にしようと思っていました。今、振り返っても後悔はしていないので、もっと自分が選んだ道に誇りを持てるように頑張っていきたい」

 しかし、コロナ禍の影響を受けてしまい、ニュージーランドへの留学は断念せざるを得なかった。ただ、その後に選んだ新たな道、地元の名門・神戸製鋼への加入が大きな転機となった。

 1年目こそ試合に出場できなかったが、2年目はトップリーグ4試合に出場し、さらにリーグワンになった3年目の今年は副将のひとりに抜擢。チームの中軸として13試合に出場し、今春に日本代表の一員として名を連ねるまでに成長を遂げた。

司令塔争いのライバルは?

「将来有望な選手。非常に熱心で、未熟な部分もあって学ぶべきことがあるが、謙虚でハングリー」

 ジェイミー・ジョセフHCは李を選んだ理由をこう語る。

 7月のフランス代表との2試合では、ベテランの田村優が代表落ちし、埼玉ワイルドナイツを優勝に導いた山沢拓也が体調を崩すなか、司令塔として李が先発。大阪朝鮮高校出身として初キャップを得て「プレッシャーというよりも、その期待に応えたいという気持ちが大きかった」と振り返った試合では、若手ながら堂々としたプレーを見せた。

 そして、今秋6連戦の2試合目で、李は再び10番を背負った。「鉄は熱いうちに打て」のことわざのとおり、10番の役割であるゲームコントロールの部分で確実に進化した姿を見せた。ジョセフHCは「パスもすごくうまくなっているので、時間をかけながら使っていきたい」と一定の評価を下している。

 SOのポジションには、1試合目で先発した中尾隼太と山沢、さらには現在ケガで離脱中の松田力也も控えており、ワールドカップに向けて司令塔争いは熾烈と言える。だが、そのなかでも李の存在感は大きくなるばかりだ。

「日本代表に入ることは漠然とした目標としてあったが、(春に)日本代表へ来て(目標が)明確になってきた。もっとハングリーに、もっとアピールして、絶対にワールドカップメンバーに選ばれたいという気持ちが強くなった」

 来年、ラグビワールドカップを迎える時は22歳。李のチャレンジは続いていく。