ある球団のスカウトに「上位ですね……」と話を向けたら、「いやぁ、12人でしょ。これだけ投げられたら……。これだけのストレートを投げられる右の高校生、ほかに誰がいます?」と、少しホッとした…

 ある球団のスカウトに「上位ですね……」と話を向けたら、「いやぁ、12人でしょ。これだけ投げられたら……。これだけのストレートを投げられる右の高校生、ほかに誰がいます?」と、少しホッとしたような表情を浮かべた。

 今年のドラフトは、清宮幸太郎(早稲田実業)という目玉はいるが、そのあとがなかなか出てこないのが実情だ。

 1位指名候補の12人がなかなか揃わない年はたまにあるが、1位候補の”ふたり目”が出てこないというのは、ある意味、非常事態である。



春の県大会では強豪校を次々に破り、ベスト4に進出した星槎国際湘南の本田仁海 もちろん、新聞や雑誌に取り上げられる候補選手は何人かいるが、確たる実績を掲げて「我こそは!」と名乗りを上げられるような選手となると、清宮以外、見当たらないのが今年のドラフトの”本当”のところなのである。

 ただ、春先から夏場にかけて急成長する選手をこれまで何人も見てきたし、実際、今年もその可能性を秘めた選手はいっぱいいる。そのなかのひとりが、冒頭でスカウトが絶賛した選手で、星槎国際湘南の本田仁海(ほんだ・ひとみ)という右腕だ。同校の練習試合を見ながら、前出のスカウトは次のように本田を評する。

「春先のこんな寒い日に140キロ台をコンスタントに投げられて、ストレートを低めに集められる。しかも両サイドのコントロールもしっかりしている。相手が東海大相模だって、まったく物怖じしない性格も素晴らしい」

 その本田が、最初に筋のいいピッチングを見せたのは昨年の秋だ。

 秋の県大会で5試合すべてに完投し、そのなかに26イニング無失点があった。3回戦の鎌倉学園戦では延長15回で21三振を奪い、引き分け再試合となった翌日は4安打、13奪三振で完封。空振りを奪えるストレートの威力と、連投にも耐えうるタフな心身を証明してみせた。

 彗星の如く現れたそんな右腕の成長を、この春、みんな期待していた。

「今年は逸材が少なそうだ……」という見込みが関係者の間に浸透していて、楽しみにしていた数少ない選手のなかのひとりが、練習試合とはいえ、全国に名の知れた強豪校を相手に7回を無失点に抑えたのだから、評価が一気に跳ね上がった。それがセンバツ前のことだった。

 その後、春の県大会でもほとんどひとりで投げ、日大藤沢、慶應義塾といった神奈川の強豪校を次々と撃破し、気がついたらベスト4にまで進出していた。

 いったい、本田のどこが素晴らしいのか?

 ひとつは、アウトコース低めが打者の目から遠くて打ちにくいことを、本人がよくわかっているような投げっぷりだ。スピードばかり欲しがる投手が多いなか、高校生でこれほど”アウトロー”を執拗に突いてくる投手を見たことがない。

「自分としても、まずコントロールなんです。狙ったところにピンポイントに投げられるコントロールがあって、そのなかでスピードも伸ばしていければいいと思っています。それが”勝てるピッチング”につながると思うんで……」

 球速帯が140キロ前後から145キロ前後に伸びた今でも、その心がけは変わらない。それこそが、本田のコンスタントなピッチングを支えている。

 また、本田のピッチングフォームは独特だ。テイクバックは気が済むまで時間をかけて、そのなかで十分なタメをつくり、狙いを定める。「ジワ~、ビュン!」。こんな感じのリズムで、ゆっくりと軸足に体重を乗せておいて、一気に腕を振り下ろす。

 このゆっくりから一気の加速に、打者はついつい始動が遅れて、ボールに差し込まれてしまう。タイミングを合わせるのは相当に難しい。

「入学してきたときは、何も知らなくて……ようやくピッチャーらしくなってきた。すごく頑張り屋で、練習でも投げすぎてしまうから試合の日に疲れが残ってしまうんです。この前も、明後日が試合だっていうのに、バッティングピッチャーでいっぱい投げて、やっと終わったかなと思っていたら、また投げている。ほんと、笑っちゃうぐらい投げるのが好きな子だからね」

 ピッチングの”ピの字”も知らなかった本田を、手塩にかけてここまでのピッチャーに育て上げた土屋恵三郎監督は呆れたように、だけどすごく嬉しそうに語っていた。

 土屋監督といえば、神奈川県屈指の強豪校である桐蔭学園の監督を30年務めた名将で、2015年からは星槎国際湘南野球部の指揮を執っている。野球のうまい子が集まってくる桐蔭学園とは真逆の環境だが、やりがいと手応えを感じながら”第2の監督人生”を送っている。

 まもなく迎える神奈川の夏。シード校といえども7試合勝ち抜かなければならない全国屈指の激戦地だが、本田にとって、その前に乗り越えなければならないもうひとつの”試練”がある。

 春から夏にかけての練習試合のスケジュールを見せてもらったのだが、毎週末の土日は強豪校相手の練習試合がびっしり組まれており、6月になると平日まで試合が予定されている。

 星槎国際湘南には、本田のほかに3年生の杉田健輔と、2年生左腕の石橋颯太という試合で戦える投手はいるが、相手は本田と試合がやりたくてやってくるのだ。あいさつ代わりに投げないわけにもいかない。

 春先からの猛練習の蓄積で、一気に疲れが出るこの時期。それに加え、梅雨が始まり、定期試験だってある。高校球児にとっては、夏前の最後の”鬼門”となるわけだが、その時期にハードなスケジュール。

「これぐらいのことを超えられなかったら、神奈川の夏は獲れない」――名将・土屋監督が発する無言のゲキなのかもしれない。たくましさを増した本田は、最後の夏にどんなピッチングを見せてくれるのか。激戦地・神奈川の夏は一気に熱を帯びそうだ。