角田裕毅はついに、ずっと待ち焦がれてきた鈴鹿の地に降り立った。 4年ぶりに舞い戻った鈴鹿の景色はあの頃と同じく、F1ドライバーたちが絶賛する世界最高のサーキットのまま。しかし、自分自身はあの頃とは比べようもないほど大きく成長していた。 入…

 角田裕毅はついに、ずっと待ち焦がれてきた鈴鹿の地に降り立った。

 4年ぶりに舞い戻った鈴鹿の景色はあの頃と同じく、F1ドライバーたちが絶賛する世界最高のサーキットのまま。しかし、自分自身はあの頃とは比べようもないほど大きく成長していた。

 入門カテゴリーであるFIA F4で走り、ひとりの観客として2コーナーのスタンドで観戦していた4年前。その年にFIA F4を制し、翌年には渡欧。F3、F2と瞬く間にF1まで駆け上がった。

 F1初年度にはさまざまな挫折を経験し、それが角田をレーシングドライバーとして、そして人として大きく成長させた。新型コロナウイルスの影響で日本GPはキャンセルとなったが、2年目の今年、ついに角田はF1ドライバーとしてこの鈴鹿に帰ってきた。



初めてF1マシンで鈴鹿サーキットを走る角田裕毅

「F1ドライバーとして、日本のファンのみなさんの前で走るというのは夢でした。4年前にはいち観客として2コーナーで見ていたんですけど、その自分が4年後にこんなにもすぐF1で走れると思っていなかったので、本当に楽しみです。

 去年は新型コロナウイルスの影響でキャンセルになってしまって本当に残念でしたし、落ち込みましたけど、そのストレスを今年の日本GPで発散して結果につなげられればと思っています。自分のアグレッシブな走り、得意としている鈴鹿での走りを、みなさんにお届けできればと思っています」

 シンガポールGPを終えたあと、僚友ピエール・ガスリーとともに日本へ飛んで東京でプロモーションイベントやメディア対応など慌ただしく過ごし、鈴鹿へとやって来た。

 過去の日本人ドライバーを振り返れば、年に一度のプレッシャーに平常心を保てずナーバスになったり、浮き足立つことも少なくなかった。しかし、角田はいい意味でリラックスして鈴鹿に臨めているようだ。

「サーキット自体の風景は変わっていないので、今のところはけっこうリラックスしてこられています。ほかのサーキットよりも楽しみですし興奮はありますけど、ふだんのレース週末と同じ心構えというかいつもどおりで臨めていますし、鈴鹿だからといって興奮しすぎるような感じではないですね」

初の鈴鹿は3倍速の早送り

 日本に帰る前から一番に挙げていた好物のもつ鍋を、帰国したその日の夜に食べた。そしてガスリーをはじめほとんどのドライバーが新幹線で鈴鹿へと移動するのに対し、角田はホンダ・シビックTYPE-Rを自らドライブして鈴鹿へ移動し、忙しいなかでも自分の時間も満喫した。鈴鹿では4年前までの馴染みの焼肉店を訪れ、お気に入りの厚切り塩タンをアルファタウリのエンジニアたちとともに堪能した。

 リラックスできているのは、そんないい意味で楽観的なところも影響しているのだろう。

「最初は新幹線で来る予定だったんですけど、自分のひとりの時間・空間がほしいなと思って、クルマで来ました。実際にはトレーナーとふたりでしたけどね。ゆっくりサービスエリアに寄りながらふたりで半分ずつくらい運転して、海老名のメロンパンも食べてきました(笑)。そういう日本っぽいことをしながらゆっくり来たいなと思って」

 鈴鹿はドライバーの腕が問われる世界屈指のドライバーズサーキット。その鈴鹿で角田は2018年まで参戦していたFIA F4、そしてJAF F4のコースレコードを保持しており、それは今も破られてはいない。

 とはいえ、それは1分27秒064のF1よりも34秒から40秒も遅いタイムだ。F1で走ればまったくの別世界が待っている。角田はそれを体験するのをF1デビューが決まった時から楽しみだと言い続けてきた。

 シミュレーターでトライした鈴鹿は、「2倍速か3倍速の早送りのよう」だったという。

「僕にとって鈴鹿は世界中で一番走り込んだサーキットですし、思い出深い場所です。本当に何千周、何万周走ったかわかりません。なのでコースのキャラクターだったり、ひとつひとつのコーナーの特性だったり、どこにバンプがあったり挙動が乱れやすかったりという、サーキットの隅々まで知っていて詳しい情報を持っています。

 でも、過去の経験があるからといって甘くは見ていませんし、1周目からタイムを決めにいくようなことは絶対にできない。いつものレースと同じアプローチでビルドアップして、徐々にペースを上げていきたいなと思っています」

第6戦以来のポイント獲得へ

 アルファタウリのAT03は、決して空力性能が優れたマシンではない。

 空力性能が求められる鈴鹿ではベストなマシンとは言えないが、それでも第12戦フランスGPで投入したフロアは性能がしっかりと使いこなせるようになり、前戦シンガポールGPでは新型フロントウイングとノーズを投入してさらなる空力性能の向上を果たしてきた。これが低速のシンガポール以上に鈴鹿の中高速コーナーで効果を発揮するはずだ。

「マシンと鈴鹿との相性はそんなに悪くないと思います。ハイダウンフォースのサーキットでは苦戦する傾向があるんですけど、鈴鹿はミディアムダウンフォースなほうだと思うので苦戦するほどではないですけど、余裕でトップ10に入れるというクルマではないと思います」

 この鈴鹿でも、目標とするのはQ3進出とポイント獲得だ。

 特にポイントは第6戦スペインGPからずっと遠ざかっているだけに、是が非でもここで悪い流れを断ち切ってポイントを獲得したい。

 6位を走りながらリアウイングが壊れたアゼルバイジャンGPが好例であるように、実力としては十分に可能性があったにもかかわらず、トラブルや戦略ミス、パワーユニット投入のペナルティなどで噛み合わないままここまで来てしまった。

「いつも予選まではけっこういい感じで来られていますし、去年よりもかなりよくなってはいるんですけど、日曜日のレースで結果を出せていない、波に乗れていないというのが正直なところです。

 前半戦はどういう走り方をすればポイントが獲れるかがわかっていて、ポイントが獲れるだろうという自信もけっこうあった。でも今は、そのビジョンが前半戦ほどハッキリしていないんです。ポイントを獲れない機会が多すぎたことでそうなってしまったみたいです。なので、まずはポイントを獲って、その波を取り戻すという意味でも重要なレースになると思っています」

 初めてコースインした瞬間はどんな光景が広がっているのか? 金曜のフリー走行前、「満員のスタンドから声援を浴びながら走る姿を何度も想像してみた」と語っていた角田だが、まだそのイメージは湧かないという。

鈴鹿は夢でも何でもない現実

 だから、フリー走行のコースイン1周目に何をするかではなく、フリー走行はいつものレースと同じようにタイヤを温めデータを収集し、60分間のセッションが終わってチェッカードフラッグが振られてからファンの人たちに感謝の気持ちを示したい。

 そう言えるようになったぶんだけ、F1マシンで鈴鹿を走りたいと思った漠然とした夢は、より具体的な現実になったということだ。

 F1ドライバーとして走る鈴鹿は、もう夢でも何でもない。自分の足とマシンで踏みしめ、しっかりと前に進まなければならない現実になった。

 今週末の鈴鹿で角田裕毅がどんな現実を見せてくれるのか、楽しみにしたい。