10月2日、西東京市。夏のような強い日差しだったが、空気は乾いていた。全日本選手権につながる予選、東京選手権の最終日だった。 会場では、フリースケーティングを滑り終えたシニア女子の選手が荒い息を吐いていた。次の選手が入れ替わりでリンクに入…

 10月2日、西東京市。夏のような強い日差しだったが、空気は乾いていた。全日本選手権につながる予選、東京選手権の最終日だった。

 会場では、フリースケーティングを滑り終えたシニア女子の選手が荒い息を吐いていた。次の選手が入れ替わりでリンクに入る。彼女も、苦しそうな様子で大きく肩を広げて息を吸う。決戦の氷上では、酸素も薄くなるのか。フリーに進出した24人中21人が11月の東日本選手権に勝ち進むが、それは年末の全日本へつながっている。

 キスアンドクライでは、スコアの発表に選手の嗚咽が漏れた。その時点で3名の選手を点数で上回り、自動的に東日本進出が決定。声を押し殺した息遣いだけが聞こえた。

「全日本へ」

 北京五輪でメダルを手にした樋口新葉は欠場も、その攻防は熱かったーー。

トリプルアクセルが武器の渡辺倫果

 渡辺倫果(20歳、法政大学)は、今シーズンの伏兵と言える。

 昨年の全日本選手権では並み居る選手たちと肩を並べ、6位入賞。今季、9月中旬のチャレンジシリーズ(CS)・ロンバルディア杯では得意のトリプルアクセルなどを成功し、213.14点と大台に乗せた。シニア女子の日本歴代6位(2018−2019シーズン以降)の記録だ。



東京選手権で3位となった渡辺倫果

 東京選手権は、その記録達成の疲れを引きずっていたか。ショートプログラム(SP)は54.69点と点数は伸びず、4位スタート。だが、スピン、ステップがすべてレベル4だったのは実力者の証だ。

「(ロンバルディア杯が)終わって、(日本に)帰ってきて、1週間とちょっとで」

 渡辺は演技後に振り返った。

「疲れが残っていることもあって、(SPで)アクセルは回避しました。でもそれがあだとなって、違う方向に考えがいってしまいました。アクセルに集中していたからこそ、他(のジャンプ)を怖がらなかったんです。シーズン一発目のCSに合わせて、気持ちもピリピリして挑み、それが抜けたなかでの試合だったのもありますが。コンスタントに200点以上を出せるように頑張っていこうと思っています」

 フリーでは冒頭トリプルアクセルに挑戦し、転倒になったが、意地を見せた。115.87点で3位。総合でも170.56点で3位に入り、表彰台に上がった。SP、フリーとルッツで失敗が続いたが、あくまでコンディションの問題で、トータルで3本のトリプルアクセルは強力な武器だ。

「ショートは初挑戦のタンゴで、髙橋(大輔)選手を目標に。スケーティングスキル向上をずっと続けて、自分の世界観を出せるようにしたいです。去年の自分を超える、をずっと目標に」

 そうなれば、渡辺は主役争いに躍り出る。

住吉りをんは4回転ジャンプに手応え

 シニア初挑戦となる住吉りをん(19歳、明治大学)は、将来を嘱望される。昨季はジュニア年代で出場した全日本で8位。次世代を担うスケーターだ。



2位に入った住吉りをん

 しかし期待されるホープだけに、巨大な重圧も受ける。

「練習でできることを本番で出せていなくて。試合が怖くて、不安で足が動かなくなることがあります。自分でも、どうしたらいいかわからなくて」

 SP後、住吉は切実な表情で言った。54.55点で、5位に低迷した。

「シニアになって周りの応援も増えて、うれしさもありつつ、それに応えたい、という気持ちが強くなって。グランプリシリーズの出場権ももらっているので、自分で自分にプレッシャーをかけているのかもしれません。フリーでは、一個目に4T(4回転トーループ)を組み込み、試合でも練習と同じように体をもっていけたら」

 必死にもがく住吉は、フリーで力の片鱗を見せた。冒頭の4回転は転倒になったが、その気概が次のジャンプにつながった。3回転ループ、3回転フリップ+3回転トーループ、3回転ルッツを次々に成功。後半のダブルアクセル+3回転トーループ、3回転フリップ+2回転トーループ+2回転ループも鮮やかに決めた。最後のサルコウで転倒も、コレオは気品に満ち、レベル4のスピンは圧巻だった。

 120.89点で2位、トータルでも175.44点と2位に追い上げた。

「4Tは転びましたが、練習と同じ感覚でした。気持ちより、技術向上の問題で。そこまでいけたのは収穫でした。成功しなくちゃ、よりも、伸び伸び滑れるように」

 住吉は着地点を見つけるはずだ。

江川マリアはジャンプの質で勝負

 そして群雄割拠の東京選手権を制したのは、江川マリア(18歳、明治大)だった。SP、フリーと1位、総合187.58点で完全優勝だ。



優勝を果たした江川マリア

 江川は全国高校スケート選手権では3年連続表彰台に上がり、住吉、松生理乃、千葉百音としのぎを削っている。ただ、昨年は活動拠点である福岡のパピオアイスアリーナが営業停止で、存続が不透明になった(その後、存続が決定)。福岡で3つの拠点を"流浪"する辛酸をなめたが、千葉・南船橋にあるMFアカデミーへ拠点を移し、明治大入学も決まって道が開けた。

「(フリーは)まとめたと言えばまとめた感じで。後半、崩れてループは抜けましたが。練習でもタイミングはハマッていなかったので、試合のアドレナリンで跳べることもあるんですが、やっぱり練習が本番に出るんだなと。練習から、もっと確率のいいジャンプを跳べるように」

 江川は先に視線を向けていた。東京選手権は通過点。東日本、全日本に照準を合わせている。

「1位にはなりましたが、後半疲れたので、もっと高い目標を、と感じました。トリプルアクセルも4回転も跳べないので、跳べるジャンプの質を高めて。もっと体にしみ込ませないと!」

 全日本選手権という大きな舞台に向け、それぞれの滑りが熱を帯びる。