新戦力が躍動した。ラグビーの日本代表「JAPAN XV(ジャパン・フィフティーン)」は、オーストラリアAに22-34で敗れた。だが、"代表デビュー"の23歳、FL(フランカー)下川甲嗣と27歳、SO(スタンドオフ)中尾隼太、ふたりの九州男…

 新戦力が躍動した。ラグビーの日本代表「JAPAN XV(ジャパン・フィフティーン)」は、オーストラリアAに22-34で敗れた。だが、"代表デビュー"の23歳、FL(フランカー)下川甲嗣と27歳、SO(スタンドオフ)中尾隼太、ふたりの九州男児が気を吐いた。



代表デビュー戦で躍動した下川甲嗣

「俺たちからいこう」。下川によると、実は前日のジャージ渡しの後、ふたりでこう、檄を飛ばし合った。初めてのこのレベルでの国際試合。緊張とワクワク感。来年のワールドカップ(W杯)を目標に置くふたりは、この日、己の力を出しきることにただ、集中した。

 10月1日の東京・秩父宮ラグビー場。秋の代表戦シリーズの第一戦。ナイト照明の下、スタンドにはほぼ満員の約2万の観衆が詰めかけた。心地よい夜風に拍手と歓声がのった。

 下川は、ナンバー8のリーチ・マイケル、FLピーター・ラブスカフニの日本代表ベテランとバックローを組んだ。相手は豪州代表に次ぐ豪州Aとはいえ、トイメンは豪州代表キャップ(国別対抗戦出場数)25のネッド・ハニガンだった。国内のリーグワンでは東京サントリーサンゴリアスの選手として、世界クラスの選手と共に戦っているが、「初めての国際試合でスピード感が全然違うなと感じました」と振り返る。

「力強さはもちろんですが、スピード感を感じました。相手が向かってくるスピードとか、展開スピードとか、テンポとか。これほどの接点でのダメージは初めての経験でした」

 それでも、ディフェンスではからだを張った。相手のスピードに負けまいと鋭く前に出る。ゲインラインは突破させない。タックルしては立ち上がり、次のポイントに走る。まるで「体力オバケ」。持ち前のハードワークに徹した。

「パンチ・ファースト」、これが日本代表のゲームテーマだった。コンタクトエリアでも、スクラムでも相手より先に仕掛ける、との意図だ。下川は接点でもパンチを繰り出し続けた。

「すごく楽しくプレーができた」

 前半終了間際だった。スコアが日本9-6のリード。相手の猛反撃を受け、自陣の22メートルラインを切られた。ピンチだ。刹那、下川はボールを持った豪州選手に襲い掛かった。ジャッカルだ。相手はたまらず、ペナルティーを犯した。日本は窮地を脱した。

 試合終了後のミックスゾーン。下川は腕を組み、にこやかな笑みを浮かべた。「よかったと思いました」と、値千金のプレーを述懐する。

「相手を分析する中で、内側のサポーターが遅いというリポートがあって、そこを狙っていこうと考えていました。たまたま、あの時、あのタイミングで、"あっ、チャンスが来た"と思って、入ったんです」

 ジャッカルのコツは。

「相手が遅れたと見えた瞬間、ただ相手より先に仕掛けることです」

 後半10分、スタンドの拍手を受けながら、下川は姫野和樹と交代した。「正直、80分間、出たかったんですけど」と少し笑って続けた。言葉に充実感がにじむ。

「個人的には、すごく楽しくプレーができました。結果は負けてしまいましたけど、全部が全部、悪かったわけじゃない」

 それにしても、リーチはすごかった。80分間、フルに暴れ回った。リーチは練習では、よく下川にアドバイスを出す。顔に擦り傷をつくったリーチは言った。優しさが漂う。

「(下川は)よかった。コンタクト強かったし、ジャッカルもできた。でも、たぶん、自分の持ち味をまだ出しきれてなくて、悔しい顔をちらっと見せたよ」

 下川は188センチ、105キロ。福岡県出身。草ヶ江ヤングラガーズで走らされ、修猷館高校でもひたすら走り続けた。「スターぞろいのヒガシ(東福岡)に勝つためには一人ひとりの仕事量で上回るしかなかった」。早大を卒業し、昨年、サントリーに入った。リーグワン1年目の活躍がジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)の目に留まった。ことし3月、右足ふくらはぎの肉離れで戦列離脱。9月の代表合宿から合流した。次の第2戦(8日)の会場は故郷の福岡。

 下川は言った。

「しっかりリカバリーして、セレクションでまた試合メンバーに選ばれるよう頑張ります」

SO中尾も攻守に貢献

 SO中尾もまた、新たな一歩を歩み出した。力強く。開始直後、約42メートルの長い中央の先制PG(ペナルティーゴール)を蹴り込んだ。沈着冷静。「落ち着いて蹴れました」と言う。

 後半中盤には比較的簡単なPGを失敗したけれど、4PGで12得点をマークした。司令塔の10番としては、キックを絡め、ゲームを的確にコントロールした。低く堅実なタックルも光った。疲労の見えた後半26分に交代。ジョセフHCは「チームをうまくリードしてくれた」と及第点をつけた。

 ミックスゾーンで中尾は10数人の記者に囲まれた。緊張から解放され、安どの表情を浮かべる。今の気持ちは?

「正直、ちょっとホッとしたなというのはあります。でも、できない部分などが自分でわかったので、いい反省材料ができました。また修正して、次にチャンスがあれば、それを使っていきたいなと。これから、もっと良くなっていけると思っています」

 中尾は、ラグビーのトップ選手としては異色のキャリアだろう。176センチ、86キロ。長崎県出身。長崎中央ラグビースクールでラグビーを始め、長崎北陽台高校では2年の時に全国高校大会に出場した。国立大学の鹿児島大学でもラグビーに打ち込み、九州学生代表でのプレーが評価され、2017年、東芝(ブレイブルーパス東京)に入社した。小学校と中高校(保健体育)の教員免許を持つ。好きな言葉が「置かれたところで咲きなさい」。

 とにかく、いつも一生懸命である。リーグワンで全試合に出場し、日本代表合宿に呼ばれたが、6、7月のテストマッチ(国別対抗戦)には出場できなかった。この日はキャップ非対象ながら、ゲームの価値は代表戦とそう変わらない。この1週間、緊張が続いていたそうだ。

 中尾は「自分の持っている力を出しきることができました」と漏らした。言葉に安ど感と悔しさがにじむ。

「自分のプレーに対する悔しさもある。後半に入って、判断やプレーの精度はちょっと落ちてきたなというのを実感しました。やっぱりキックのところとか、攻撃の方向性、コントロールしていくというところは、もうちょっと理解を深めていかないといけないかなと思います」

 試合は、日本代表がラスト20分、我慢しきれなかった。とくにディフェンスの厳しさが薄れた。規律も精度も落ち、豪州Aに3連続トライを許した。逆転負けを喫した。

 記者会見。"代表デビュー"の下川、中尾の評価を問われると、ジョセフHCは硬い表情を少し、緩めた。

「たくさんの観衆の前で、自分の仕事を遂行してくれた。いい経験になったでしょう」

 もっとも、バックローもSOもポジション争いはし烈だ。今回は、下川も中尾も他の有力選手のコンディション不良のため、出場チャンスが巡ってきたにすぎない。勝負はこれからだ。頼もしい新戦力の参戦で、来年のW杯に向けた日本代表のポジション争いが俄然、オモシロくなってきた。
               (了)