「いや、もうないですけどね」 長田秀一郎は、自身のプロ野球(NPB)復帰についてあっさりとこう答えた。彼は大学野球の名門・慶応大から2002年秋、ドラフト自由枠で西武に入団した、いわばエリートだった。そんな彼が今、田舎の球場のブルペンと…

「いや、もうないですけどね」

 長田秀一郎は、自身のプロ野球(NPB)復帰についてあっさりとこう答えた。彼は大学野球の名門・慶応大から2002年秋、ドラフト自由枠で西武に入団した、いわばエリートだった。そんな彼が今、田舎の球場のブルペンとも言えないような場所で、若い選手相手にキャッチボールをしている。



ブルペンで若手相手にキャッチボールをする兼任コーチの長田秀一郎 昨シーズン限りで横浜DeNAを戦力外となった長田は、今、ルートインBCリーグ(独立リーグ)の新潟アルビレックスBCで現役を続けている。現役とは言っても、ここまで(5月30日現在、以下同)登板したのはわずか5回1/3しかない。

 現在、長田のメインの仕事はコーチ業である。37歳という年齢を考えると、もう指導者一本でもよさそうなものだが、長田は独立リーグで現役続行の道を選んだ。その理由について尋ねると、シンプルにこう答えた。

「まだ、体が動きますから」

 今シーズン、BCリーグに在籍する選手兼任の指導者は10人。そのうち6人がNPBでのプレー経験がある。

 その代表格は、元メジャーリーガーの岩村明憲だろう。岩村は、福島ホープスの創設とともに選手兼任監督として入団し、過去2シーズンで出場はわずか13試合と少ないが、それでも打率.455と格の違いを見せつけている。しかし岩村は、監督業と選手の兼業に限界を感じ、今シーズン限りで選手としてはユニフォームを脱ぐ決意を表明した。

 選手育成に主眼を置いた独立リーグだからこそ、自身が現役を続けることにジレンマを感じていたのだろう。メジャーリーグという頂点にまで上り詰めた男として、若い選手の機会を摘んでまで、自分が試合に出場する意義を、もはや見出せなかったのかもしれない。

 冒頭の長田の言葉も、NPBというある種の”頂点”を知っているからこその言葉だろう。独立リーグは、あくまで上のリーグを目指す場所である。だから、そこでプレーしている限りはNPBを目指すべきなのだが、自分の置かれた現状を考えると、簡単に「NPBに復帰したい」と口に出せないこともわかっている。長田にとっては、自分自身を納得させるための独立リーグ入りだったのかもしれない。

 ただ、NPBで不完全燃焼を感じ、BCリーグで新たな野球人生をスタートさせる者は少なくない。岩村が指揮を執る福島ホープスの加藤康介もそのひとりだ。

 2002年のドラフトでロッテを逆指名(ドラフト2位)してNPB入りを果たし、14年間の現役生活で計4球団を渡り歩いた。2015年シーズン限りで阪神を戦力外となったが、昨年からBCリーグで兼任コーチとして現役を続けている。

 昨シーズンは、リリーフとして33試合に登板し、防御率1.91という好成績を残し、今シーズンもここまで7試合に登板し、防御率0.00とその実力を見せつけている。

 しかし、その加藤も今年で39歳。もはやNPBへの復帰は考えていないだろう。それでも、パフォーマンスは独立リーグという場では十分に通用する。さらなる高みを目指すことはないだろうが、プレーする場所がある限り、現役を続けようとするのも、アスリートとしての本能なのかもしれない。

「やっぱり高いレベルで続けたかったですから……」

 そう語ったのは、現在、新潟アルビレックスBCでマネージャーをしている雨宮敬だ。

 雨宮は、岩村や長田、加藤とは違い、もともとBCリーグでプレーしていた。2010年から2シーズン在籍した新潟で投手として圧倒的な数字を残し、2012年に育成選手として巨人と契約。2015年シーズン限りでリリースされたが、その後、新潟に復帰した。

「巨人に入団したといっても、育成でしたから。でも、クビになった後もまだプレーできたので。実業団は(元プロの)枠があるんですが、僕らぐらいじゃ難しいんです。それで独立リーグに戻ったんです」

 そう語る一方で、「次の仕事が見つかれば、辞め時」だとも考えていたという。結局、昨年の1シーズンだけプレーし、球団からマネージャーのオファーを受け、第2の人生を踏み出した。

 雨宮と同じく”出戻り組”が、ベネズエラ人のフランシスコ・カラバイヨだ。2009年に来日し、最初は四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドックスでプレー。もう少しで三冠王という成績でチームを優勝に導き、BCリーグのチャンピオン、群馬ダイヤモンドペガサスとの独立リーグ日本一決定戦も制した。

 これをきっかけに翌年から群馬に移籍。ここでも持ち前のパワーが炸裂し、ホームランを連発。このシーズン途中にオリックスからオファーを受け、念願のNPB入りを果たしたが、たび重なる故障により、結局、1年半でリリースされてしまう。

 その後、アメリカの独立リーグを経て、2013年に群馬に復帰。この年から指導者の肩書きもつくようになった。そして2014年シーズン、リーグ新記録となる30本塁打を放ち、三冠王も獲得すると、再びオリックスに入団。

 このときも1シーズン限りに終わったが、昨年から再び兼任コーチとして群馬でプレーし、その打力をファンに見せつけている。カラバイヨも現在34歳。選手としてまだまだ現役でプレーできるが、2度も戦力外になっていることを考えると、NPB復帰の可能性は極めて低いだろう。



かつてオリックスでプレーした経験のあるカラバイヨ オリックスに復帰前、彼と食事する機会を持ったが、そのとき、堪能な日本語で現役には執着しない旨を口にしていた。その当時、カラバイヨは家庭のあるアメリカのニュージャージーで事業を起こしており、そちらの動向次第では、いつ現役を辞めても構わないと言っていた。

 その後、彼の事業がどうなったのかは聞いていないが、昨年残した打率.345、20本塁打という数字を見れば、まだまだ現役でやっていける。そういう意味では、長田や加藤と同様、「体が動く限りは現役でプレーしたい」というのが本音なのだろう。ちなみに、今シーズンもカラバイヨは絶好調で、ここまで打率.333、11本塁打(リーグ1位)、27打点(リーグ2位)の好成績を残している。

 彼らのようなNPB経験者が、独立リーグで指導者を兼任しながらプレーすることは、リーグのレベルアップとともに、若い選手たちの”生きた見本”となっている。岩村のように監督業との両立は難しいかもしれないが、コーチとしてなら自らが手本となり、指導できる。つまりは、独立リーグという場に利益をもたらすことにもつながるのだ。

 その一方で、兼任コーチたちにとっても独立リーグでの指導経験は、その後の人生においてプラスに働くことは多いだろう。将来への備えの場として、独立リーグが機能している部分もある。

 プロ野球を辞めた者のほとんどが、引退後も野球に携わる職に就きたいという。独立リーグは、そういう希望をもった者たちに、残りの現役生活と、指導者修行の場を与えている。

 長田は、現役選手としてプレーするのは今シーズン限りの腹づもりでいる。そのあと、指導者の道に進むのか、それとも野球とは別の道に進むのかについては聞かなかったが、ただひとつ言えるのは、BCリーグでプレーすることによって、自身が納得した形で”引退”できるということだ。

 兼任コーチの彼らもまた、セカンドキャリアという”夢”に向かって進んでいるのだ。