インディ500で優勝し、大歓声に応える佐藤琢磨 インディアナポリス500、通称インディ500は、世界で最も伝統のあるレースであり、世界で1日に最も多くの観客を集めるスポーツイベントでもある。今年は101回目の開催。観客が30万人以上なの…



インディ500で優勝し、大歓声に応える佐藤琢磨 インディアナポリス500、通称インディ500は、世界で最も伝統のあるレースであり、世界で1日に最も多くの観客を集めるスポーツイベントでもある。今年は101回目の開催。観客が30万人以上なのは確かだが、主催者は”伝統”に則って正確な数字を発表しない。

 F1のモナコグランプリ、耐久レースのルマン24時間と並ぶ世界3大レースと呼ばれるインディ500だが、F1は1950年からと歴史は意外に浅く、ルマンも今年が85回目。アメリカは若い国だが、自動車と飛行機の歴史では世界に誇れるものを持っている。しかも、インディ500は1911年の第1回からずっと同じ場所、同じコース(進化を遂げてはいるが)で開催され続けている。

 今年のインディ500はF1チャンピオン、フェルナンド・アロンソの初挑戦が大きな話題を呼んだ。そんな世界中が注目したレースで勝ったのは佐藤琢磨だった。

 インディ500における日本人のパイオニアは、1930年代にライディングメカニックとしてレースに参加していたタケオ・チック・ヒラシマという日系人だった(当時はドライバーとメカニックの2人乗り)。純粋なドライバーとしては1991年のヒロ松下に始まり、松田秀士、服部茂章、高木虎之介、ロジャー安川、中野信治、松浦孝亮、武藤英紀が挑戦してきた。今年の琢磨は予選で4位となり、まず高木の日本人予選最高記録(7位)を上回る。そしてレースでは日本人初となる勝利を収めた。

 F1でも日本人最上位タイの3位となり表彰台に上っている(2004年アメリカGP)琢磨は、これで正真正銘、日本の生んだベストドライバーとなった。それがホンダのエンジン、ホンダのエアロとともに記録されたところにも大きな意味がある。

 2009年、琢磨はインディ500の予選を見にきた。時速230マイルでターン1へと飛び込んでいくマシンはほとんど減速をせず、タイヤをスライドさせながらコーナーを駆け抜ける。それを目の当たりした彼は興奮し、「やってみたい」と言い、「自分にできるのかな?」とも話した。

 翌年、F1でのシート獲得争いに敗れた琢磨は、インディカーにフルエントリーすることになった。決して戦闘力の高くないKVレーシング・テクノロジーで走った初めてのインディ500では予選落ちの危機に直面。同じチームでの2年目は、あっという間のクラッシュで最下位の33位だった。

 3年目の2012年。移籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシンでは、それまで積み上げてきた経験を活かし、インディ500で初めて優勝争いに絡む。最終ラップのターン1、ついにトップを行くダリオ・フランキッティのインへと飛び込んだ琢磨にスタンドは熱狂した。

 しかし、トップを奪いにいったアタックは、当時すでにインディ500で2勝していたフランキッティに阻まれた。妨害ギリギリの巧みなラインどりに、接触を嫌った琢磨はスピン。琢磨はぶつけてでも勝ちにいくことをよしとしなかった。
 
 失敗を恐れないチャレンジ、2位ではなく優勝を狙いにいった結果はアクシデントに終わったが、明けて2013年からの4シーズン、琢磨がAJ・フォイト・レーシングで走ることになったのは、このときのファイターぶり、フェアな戦い方を評価されてのことだった。インディ500で4勝を挙げ、シリーズ通算勝利数67も歴代1位の伝説のドライバー、AJ・フォイトは、この時のアクシデントを見て「あれこそが本物のドライバーだ」と称え、チーム入りのきっかけとなった。

 フォイト加入初年度のロングビーチ・グランプリで琢磨は優勝。先行開発やチーム体制拡充がなかなか思うように進まない中、琢磨はエンジニアとの協力でマシンをトップレベルに仕上げ、クルーたちも持てる最高の力を発揮した。琢磨の攻めの姿勢、チームを大切にする姿勢がクルーたちのモチベーションを高めていた。

 だがインディカーはさらに競争が激化。琢磨は2勝目を記録できないまま、その後の3シーズンを過ごした。

 そして今年、琢磨はフォイトからアンドレッティ・オートスポートに移籍する。琢磨はホンダ陣営のチームで走る必要があるが、様々な事情でフォイトがシボレー陣営に移ることになったためだ。

 琢磨を走らせるチームのオーナーはマイケル・アンドレッティ。歴代3位の42勝を挙げた元ドライバーで、F1で走った経験もあることから、琢磨には参戦当初から注目をしていたという。レギュラー4台を走らせる彼のビッグチームに比べ、フォイトは細々と1台か2台を走らせる体制だったが、時折、アンドレッティの4台を凌ぐパフォーマンスを見せ、マイケルに悔しい思いをさせていた。

「タクは技術に対する理解が深く、マシンのセッティング能力が高い。しかもファイターだ。そしてもうひとつ重要なのは、チームプレーヤーとして戦える人柄のよさを備えているところだ」とマイケル。琢磨にはチーム入りの前から、最上級の評価が与えられていた。そして実際にチームで働き始めると、マイケルの琢磨への評価はさらに上がっていった。

 インディでの琢磨の予選は4位。狙っていたフロントローを惜しくも逃したが、それも思い切ったアタックにチャレンジした結果だった。

 先にアタックして結果的に予選3位となったチームメイトのアレクサンダー・ロッシのデータを見て、それ以上を狙ってリスクの高いセッティングをトライ。コントロールの難しいマシンでのアタックを、アクシデントを起こすことなく終えた。

 一方で、予選とは逆に、レースでは非常に慎重な戦いを続けた。琢磨らしからぬ、おとなしい走りとも見えた。得意のリスタートで、いつもとは違って順位を落とす場面も目立ったが、それは今年の彼が目指した戦い方だった。勝負は最後のピットストップ後。その時点で上位につけていることが絶対条件で、勝負の瞬間に最高の戦闘力を発揮できることを目指した。

 そのためにはタイヤの性能を引き出すことが大切になる。琢磨はそんな結論に達し、担当エンジニアとセッティングを細部まで詰めていった。それは走り方でも同様で、今年は目の前の順位にこだわり過ぎることがなかった。一度は17位まで順位を下げたが、焦らず1台ずつ着実にパスして、トップ集団へと戻っていく。

 2012年の悔しい経験が、今年のレースで生かされていたのは間違いない。特にゴール前のラスト20周を切ってからのバトルはすばらしかった。大方の予想通り、最後はインディ500で過去3勝の実績を持つエリオ・カストロネベスと琢磨の一騎打ちになった。

 ゴールまで6周で琢磨はアウトからオーバーテイクし、トップを奪う。それに対して歴代最多タイとなる4回目のインディ優勝を目指すカストロネベスの走りも見事で、残り3周、同じターン1で逆襲を仕掛けた。だが、琢磨はそれに動じることなく、インを守ってコーナーをクリア。激闘を制してチェッカーフラッグを受けた。

 優勝賞金は約250万ドル(約2億7500万円)。今シーズンのポイントランキングも3位に浮上し、琢磨にはシリーズチャンピオンの目さえ出てきた。次戦は早くも今週末、デトロイトでデュアル(2レース)が行なわれる。