「ここで報告できることはまったく何もない。本当に何もないんだ。(メディアは)時に先走ってしまうもの。数週間前の記事もそういった類いだった。何か報告できることがあれば、私からするよ」 5月14日、ニューヨークのヤンキースタジアムで開催され…

「ここで報告できることはまったく何もない。本当に何もないんだ。(メディアは)時に先走ってしまうもの。数週間前の記事もそういった類いだった。何か報告できることがあれば、私からするよ」

 5月14日、ニューヨークのヤンキースタジアムで開催された自らの永久欠番セレモニーの際、デレク・ジーターはマイアミ・マーリンズ買収の噂について、それ以上の追及を許さない断固たるコメントを残した。現役時代に一世を風靡した「キャプテン」の素っ気ない言葉を聞き、落胆したベースボールファンは多かっただろう。



2012年途中からヤンキースで共にプレーしたジーターとイチロー ジーターを含む投資家グループが、マーリンズを約13億ドル(約1440億円)で買収する――。4月下旬にマイアミの地元紙が伝えたニュースは、アメリカでも大きな話題を呼んだ。

「(ジーターはマーリンズに)勝者のメンタリティをもたらすだろう。マイアミの人々もそれを望んでいるよ。彼らは変化を欲しているからね。ジーターを手に入れることが実現したら、チームだけでなく、街にとっても素晴らしいこと。私も実現することを願っている」

 かつてのヤンキースのスターで、現在はフロリダ州に住むホルヘ・ポサダのコメントのように、このニュースを歓迎する関係者は後を絶たない。

 マーリンズは1993年に誕生以降、チーム史の24年中18年で負け越してきた、リーグを代表する弱小球団。資産価値では30チーム中25位と低く、観客動員でも昨季は同27位という不人気チームである。

 フロリダ州はもともとスポーツに熱狂的とは言えないことに加え、大型補強とファイヤーセール(大量放出)を繰り返すポリシーの見えないチーム作りが人気低迷の原因だ。美術商として財を成し、球団の陣頭指揮を執ってきたオーナー、ジェフリー・ローリアは激しく批判され、球界ではジョークの対象にすらなってきた。

 そんなチームに好影響を与えるのに、闘争心とベースボールへのリスペクトを兼備したジーター以上の存在はいないようにも思えた。

 ジーターがデビューした翌年の1996年からヤンキースの黄金期は始まり、以降の20年で5度も世界一に輝いている。その過程で、数え切れないほどの劇的なシーンの主役となり、文字通りの「勝利の使者」となった。オーナーとしての実績はなくとも、強いチームに必要なものを熟知したジーターなら、マーリンズのカルチャーをも変えてくれるかもしれない……。

 しかし、冒頭のジーターの言葉が示唆する通り、物事はそうシンプルには運ばないようだ。当初の報道に反し、「ジーターがマーリンズのオーナーになる可能性は低くなっている」と伝えられ始めたのは5月に入ってからのこと。MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドも「マーリンズを誰が買収するかは未定」と話しており、その動向が注目され続けている。

 買収者の有力候補に挙がっているのは、かつてのアメリカ大統領の弟で、元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュがリーダーとなったグループ。ジーターが属しているのはこのグループで、他には金融大手モルガン・スタンレーで投資運用部門の責任者を務めたグレゴリー・フレミングも参画しているとされる。

 一方、その対抗馬になっているグループは、共和党の元大統領候補を父に持つ実業家のタグ・ロムニー氏、元ブレーブスの投手として通算305勝を挙げたトム・グラビン氏のグループだ。報道を総合する限り、現状でより多額の資金を有しているのはこのロムニー、グラビンのグループのようだ。MLB側は「効果的に球団運営できる財政基盤を持っているオーナー」を望んでいるとされ、そんな背景から、「ジーター危うし」と伝えられるに至ったのである。

 この件に関しては、今後の動向を見守るしかない。ロムニーとグラビンがジーターの引き抜きを画策しているといった真偽不明のニュースもあり、その行く末は極めて不透明。ただ、現時点でひとつだけはっきりしているのは、球界の中でジーターへの期待感が消えてはいないということだ。

「いいオーナーになるはずだ。彼は常にその希望を持っていた。現役時代はとても情熱的にプレーし、しっかり準備した選手だったから、他に何をやっても同じようにやるのだろう。デレクなら何をやっても成功するさ」

 元同僚のアンディ・ペティットが述べたそんな言葉に代表されるように、メジャー関係者たちは、ほぼ共通してジーターがオーナーとしても成功すると確信しているようだ。

 フロント入り経験はないにも関わらず、依然として薄れないその人間的魅力と信頼感は見事というほかない。そんな人物がMLBに戻ってくることは、関わるチームだけでなく、リーグ全体に好影響を及ぼすはずである。

「オーナーになり、優勝を目指すこと、勝てるチーム作りを進めることは彼にとっての新たな挑戦であり、闘争心をかき立てられるだろう。人生の今の段階では、(オーナーとしての)優勝争いを望んでいるんじゃないかな」

 ヤンキースの元スターのひとり、ティノ・マルティネスのそんな読みが正しいなら、晴れてオーナー就任が叶った時、ジーターは積極的にチーム運営に関わってくるはずだ。

 選手補強、FAスターの勧誘にまで乗り出すだろう。ヤンキース時代の名物オーナーだった故ジョージ・スタインブレナーほど論議を呼ぶスタイルではなくとも、現役時代と同様、勝てるチームを作るために奔走する姿は容易に想像できる。

 早期にマーリンズのオーナーになったと仮定した場合も、見どころは多い。今後も成績が向上しなかった場合、自身と同じくヤンキースの元ヒーローだったドン・マッティングリー監督を適切なタイミングで解雇するという大きな決断ができるのか。スターを好むローリアはイチローを重用したが、ジーターは衰えも目立つヤンキース時代の元同僚にどんな評価を下すのか。これら以外にも、ジーターが表舞台に立つことによって様々なストーリーが浮上してくるに違いない。

 アメリカ球界にとって、ジーターの出現は喜びだった。そして、このタイミングでのオーナー就任も、MLBにとっての新たな幸福となり得る。先行きは読みづらいが、オーナー業を長く希望していたというジーターが、フィールド外でも再び影響力を発揮する流れになることを望みたいところだ。