卓球の五輪金メダリストがジュニア世代に贈るメッセージ 卓球で五輪に4大会連続で出場し、東京五輪混合ダブルス金メダルを獲得した水谷隼さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、ジュニア世代へ向けて「スポーツで伸びる人と伸びない人の差」…

卓球の五輪金メダリストがジュニア世代に贈るメッセージ

 卓球で五輪に4大会連続で出場し、東京五輪混合ダブルス金メダルを獲得した水谷隼さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、ジュニア世代へ向けて「スポーツで伸びる人と伸びない人の差」について考えを語った。17歳で全日本選手権を制し、10代から世界と渡り合い、五輪金メダリストに上り詰めた33歳。成長の裏に負けた試合の後に行ってきた“ある習慣”があった。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 スポーツで伸びる人、伸びない人の差。

 少しでも上手くなりたい、昨日よりも成長したいと、部活やクラブで練習に励んでいるジュニア世代の子供たち。しかし、その中でステップアップしていく子もいれば、そうでない子もいる。両者を隔てる差について「負けた後の行動」にあると考えるのが、卓球の水谷隼さんだ。

 14歳で本場ドイツに留学し、17歳で全日本選手権優勝。五輪金メダルを獲得するなど、卓球界を牽引し続けてきた日本のエース。しかし、どんなスポーツであれ、どんなトップ選手であれ、勝ち続けられる選手なんていない。トーナメントなら優勝者1人を除いて全員が必ず負ける。

 水谷さんも長いキャリアで、その経験をしてきた。「負けた後の行動」が分けるものについて「高校生の頃から感じていました」と言う。

「高校生の時から日本を背負って、世界を舞台に戦う。その頃は失うものがなくて、勝ったら凄いと言われ、負けても頑張ったと言われる。そんな中でも負けたことをしっかりと反省し、次に生かせた時に結果が一番残せたんです。大学に行っても大人になってからもそう。負けた後にイライラしたり、いつまでも引きずったりしては結果がついてこない。勝てば勝手に伸びていくけど、負けた時は気持ちが落ちる。そうなると練習もやりたくなくなるし、卓球が嫌いになったことが何回もあった。負けた時こそ言い訳せず、謙虚に受け止めてイチから練習しようと切り替えた方が成績を残せると思うんです」

 なかでも、忘れられない「負け」がある。2012年ロンドン五輪。当時23歳、世界ランクは自己最高の5位となり、メダル獲得が期待された大会。第3シードで3回戦から登場したシングルスは4回戦敗退、団体戦も5位と不本意な結果に終わった。

「あの後はふてくされて、卓球から5か月間くらい離れてしまった。気持ちがいったん離れると、別に卓球をやりたいとも思わなくなった。あれだけ好きだったはずの卓球が、負けたことでちょっとメンタルが壊れ、一気に気持ちが離れてしまう。負けた時、そこから逃げ出さず、敗因を追究することがいかに大切か。2012年のロンドン五輪でそういう経験をしたから、2013年の全日本選手権決勝で負けた時はふてくされることなく、自分がもっともっと強くなるためには行動しなきゃいけないと、ロシアリーグに思い切って挑戦しようと決めた。それが、2012年と2013年にあった大きな差です」

 13年全日本選手権の経験から安定した環境を捨て、ロシアで武者修行したことが大きな成長になり、やがて東京五輪金メダルの礎になった。試合にも自分にも負け、成長の機会を無駄にしたロンドン五輪とは好対照。負けた後の行動で未来が変わることを身をもって感じた経験だった。

負けた日の行動、水谷さんの場合は「極力、寝る」

 負けた日のメンタルコントロールは難しい。

 当日はどう気持ちを切り替えればいいのか。水谷さんの場合は「極力、寝る」という。「寝ると気持ちが少しだけでも切り替わる。大きな大会で大逆転負けをしようものなら、心の傷として残る。それをいかに治すかといえば寝るしかない。時間が解決してくれると思って」と語る。

 もちろん、目を閉じれば試合がフラッシュバックすることもある。

「だから、なかなか寝られないですね(笑)。でも、二度とこういう想いしないために『次は絶対勝つぞ』という気持ちになるし、夜にベッドに入ると冷静に分析ができるんです。帰りのバスだったり、みんなでごはんを食べていたりすると、その時はまだつらい。だけど、ホテルの部屋で寝る時に落ち着いて『あの時、こうしたから負けたんだ』と反省できる。もちろん、何日かは引きずってしまうけど、引きずったとしてもその後に『次こそは絶対勝つ』『あの想いをしたくない』と気持ちが湧いてくる時は強くなっている証し。それだけ悔しいと思うことは本気でやってきた証しでもあると思うので」

 当然、正解は一つではない。好きな音楽を聴いても気持ちを落ち着けてもいいし、一緒に戦ったチームメートと励まし合ってもいい。大切なことは、しっかりと自分自身が「負け」と向き合う時間を作ること。水谷さんの経験は、それを教えてくれる。

 7月4日、愛媛。水谷さんは大塚製薬が開催する高校生応援プロジェクト「エールキャラバン2022」でスポーツ強豪校・済美高を訪問し、特別授業を行った。その中でも、インターハイを控える卓球部などの生徒に熱い言葉を授けた。

「部活で放課後4時間練習したら、例えば自分でもう1時間イメージトレーニングをしてみる。そうした1時間の積み重ねでも継続すれば、他の選手や学校と大きな差になっていく」と成長のヒントを送り、「人生一度しかない。80年あるうちの3年くらい全力で生きてもいい。グダグダしてボーッとするのはいつでもできる。今こそやりたいことを限界まで挑戦してほしい」とメッセージを残した。

 今回、インタビューを実施したのは、この日のイベント終了後。ジュニア世代に向け、多くのアドバイスを送った水谷さんは今年2月に現役引退後、“生涯スポーツとしての卓球”の普及活動にも力を入れている。最後に、卓球という競技の魅力を教えてくれた。

「コミュニケーションツールとして凄く良いですよね。卓球は1人じゃできないし、必ず相手がいる。また、(入口が)入りやすい競技。みんな、一度は見たことがあったり、触れたりしたことがあるスポーツ。プライベートで会った時に気軽にできる競技は普通、多くない。例えば、サッカー、野球、ラグビーと考えると難しさがあるけど、卓球なら(複合アミューズメント施設の)『ラウンドワン』に行っても、今はバーに行ってもできる場所がある。

 もちろん、スポーツなので勝敗はある。すると、小学生が大人に勝ったり、逆におじいちゃんが20歳くらいの若い男性に勝ったりということが起こる。性別、年齢、体型を問わず、誰でもフェアな状態から始められるし、誰でも練習すれば勝てる可能性があるのはスポーツの中で凄く珍しい。卓球は小さな大会も含めれば、毎週のように大会があり、個人戦なので誰でも出られる。団体スポーツのように補欠がいない。凄く可能性を秘めていると思います」

 水谷さんの眼差しは次世代を担う子供たち、そして、卓球界の未来に温かく向けられている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)