全日本チャンピオンの戸上隼輔(明治大学)にようやく笑顔が戻ってきた。 今年1月の全日本選手権男子シングルスで初優勝した後、思うような結果を出せず苦しんでいたが、9月4、5日に開かれたパリ2024オリンピック日本代表の第2回選考会「2022…

 全日本チャンピオンの戸上隼輔(明治大学)にようやく笑顔が戻ってきた。

 今年1月の全日本選手権男子シングルスで初優勝した後、思うような結果を出せず苦しんでいたが、9月4、5日に開かれたパリ2024オリンピック日本代表の第2回選考会「2022全農CUP TOP32福岡大会」で優勝。

 決勝では選考ポイントの首位を独走する張本智和(IMG)をゲームカウント4-1で破り、国内選考会で待望の初金星を挙げた。

 張本とは8月のTリーグ・NOJIMA CUP2022準々決勝でも対戦し、フルゲームで惜敗していた。それだけに「(勝てて)嬉しいですね」と開口一番。「相手の方が技術ひとつひとつが上回っているので、捨て身のプレーも辞さない」との意気込みで立ち向かった結果だった。

戸上隼輔 Photo:Itaru Chiba

 笑顔の理由はそれだけではない。宇田幸矢(明治大学)にゲームカウント4-1で勝った2回戦、そして篠塚大登(愛知工業大学)をストレートで下した準決勝の出来も弾みとなった。

とりわけ、同い年でダブルスパートナーである盟友・宇田との対戦には特別な思い入れがあった。

「手の内を分かり合っている仲でもありますし、世界で一緒に戦うライバルでもあるので負けられない気持ちは本当に強い。それに僕は世界卓球(2022成都)の切符を手に入れ、宇田選手は残念なことに第1回選考会で取りこぼしてしまって代表メンバーに入れなかった。その意味でも自分は絶対に負けられないという気持ちで挑みました」

 さらに今年3月の第1回選考会「2022LION CUP TOP32」で、フルゲームの死闘の末に敗れた篠塚との2回戦について、「自分の中でターニングポイントで、あの試合を勝ち切れなかったからこそ、なかなか結果を出せずにもがいている自分がいる。だから今回は死にもの狂いで1球1球戦った」と苦しい胸の内を明かした。

 そんな戸上は今大会、持ち前のスピードとパワーだけでなく、ラリーの緩急が光った。

 例えば、バックハンドが得意な張本とのバック対バックで相手のスピードに付き合わず、「ちょっとゆっくり行くというのを意識した」と戸上。

 実はラリーの緩急は高校時代からの課題で、なかなか取り組めずにいたが、7月のWTTヨーロッパサマーシリーズ・フィーダー(ブダペスト)のシングルス3回戦で、中国の劉丁碩(現在、世界ランク46位。戸上は同43位)と対戦した際、「意識したつなぎのボールが効いて、そこから自信を持って強打とつなぎのプレーを試合で出せるようになってきた」と話す。

 ただし、8月の張本との対戦ではまだそれを発揮しきれず、「TOP32福岡大会」までの1カ月弱でバックハンドの緩急を強化。

 練習相手に前陣から強打をしてもらいそれをつなげたり、自ら高い打球点で仕掛けていったり、少しタイミングを変えたりしてバリエーションを増やしていったという。その成果が今大会に表れ、特に張本との決勝では、「前回の対戦ではバック対バックのラリーで先にフォアに揺さぶられたが、今回は自分が主導権を握りコースを変えることもできた」と納得の表情だった。

 だが、戸上に笑顔が戻るまでには時間を要した。

 なかなか勝てない全日本チャンピオン......。全日本選手権初優勝の際、自身を「100年に1人の逸材」とあえて豪語したビッグマウスの印象もあって、周囲の評価は厳しかった。

 もともとマイペースな性格で落ち込んでも引きずるタイプではないが、「全日本が終わってからは苦しい日々を過ごしてきた」と神妙な面持ちで振り返る。

「特に夏頃はしんどかったようです」と言うのは、「TOP32福岡大会」の観客席で教え子の優勝を見守った、戸上の母校・野田学園中学・高校卓球部の名将・橋津文彦監督だ。

「ちょっと気持ちが落ちていたんです。7月にハンガリーから電話がかかってきて、夜中に長い時間、話をしました。私はただ聞いてあげただけなんですけどね。彼は全日本の現役チャンピオンなので良くも悪くも競わされる。その中で負けちゃいけないというプレッシャーはものすごくあると思います」

 戸上が野田学園に転入した中学2年生から高校を卒業するまで、手塩にかけて育てた教え子。その成長は遠く離れた今なお気にかけている。

 その橋津監督が指摘する戸上優勝の勝因は、第2ゲーム後半の台との距離感。

それは張本リードの5-10から戸上が6連続ポイントで逆転した場面で、「そこまではハーフスイングのラリー対決で張本に分があったが、あの辺から戸上がちょっと台から下がり、自分の距離感を作って振り抜くことを優先した。そこで一気に流れが変わった」と分析する。

 これについて戸上も、「ラリー対ラリーになったときに得点できているって感じたので、大きいプレーにしていこうと意識してプレーした」と語る。

 決勝後、2歳下の張本のことを「自分の可能性を広げてくれる存在」と話した戸上。だが、日本男子卓球界を背負う同世代の戸上は張本にとっても同じ存在でなくてはならない。

 そのことを自覚する全日本王者は、「張本選手は超えたい目標であり、超えないといけない」と自分に言い聞かせるようにして、福岡での激闘の幕を閉じた。

 第2回選考会を終え、パリ2024オリンピックの選考ポイントは120ポイント獲得の張本が依然トップ。

張本智和 Photo:Itaru Chiba

 これに68ポイントの及川瑞基(木下グループ)と篠塚が2位タイで続き、4位に65ポイントの戸上がつける。戸上は今大会の優勝で11位からジャンプアップ。

 さらに5位タイは55ポイントの横谷晟(愛知工業大学)と吉村真晴(愛知ダイハツ)、7位は50ポイントの丹羽孝希(スヴェンソンホールディングス)という順となっている。

 なお、第3回選考会は11月12、13日の2日間、船橋アリーナで開催が予定されている。


(文=高樹ミナ)

■2024年パリ五輪 日本代表選考ポイント