先週に行われたパリ五輪日本代表の国内選考会2回目「2022全農CUP TOP32福岡大会」<9月3~4日/アクシオン福岡>では8位に終わった平野美宇(木下グループ)だが調子が上向きだ。 選考ポイント対象だった8月の「Tリーグ NOJIMA…

 先週に行われたパリ五輪日本代表の国内選考会2回目「2022全農CUP TOP32福岡大会」<9月3~4日/アクシオン福岡>では8位に終わった平野美宇(木下グループ)だが調子が上向きだ。

 選考ポイント対象だった8月の「Tリーグ NOJIMA CUP 2022」で準優勝。決勝では同い年の早田ひな(日本生命)にゲームカウント1-4で敗れたものの、第1ゲームは平野が圧倒し、第3、4ゲームでも競り合いを演じた。

 いずれも10オールから早田が奪ったが、平野もフォアハンドの連続攻撃や持ち前の超高速バックドライブを叩き込み、本人が「調子の良さは台上プレーに表れる」と言うチキータやフリックなど多彩なプレーで早田を追い詰めた。

 特に印象的だったのは立て続けに放たれるフォアハンドの連続攻撃だ。相手の動きがよく見えているのだろう。とにかくコースが良く、早田の動きの逆をついたかと思えば、サイドを切る鋭いコースでリーチの長い早田を翻弄した。

もともと一発の爆発力はあるものの、コースがあと一歩ということがしばしばある平野だが、それを克服し、結果は負けでも「自分の中ではしっかり力を出せたいい試合だったと思う」と表情は明るかった。

平野美宇 Photo:Itaru Chiba

"ハリケーン"の生みの親・中澤コーチと再タッグ

 平野の好調の理由。それは環境の変化にある。

 今年4月1日付けで4年間在籍した日本生命を離れ、木下グループに移籍した平野は、同月のアジア競技大会2022日本代表選考会で決勝に進み、木原美悠(JOCエリートアカデミー/星槎)をストレートで破った。

木原といえば、ほんの1カ月前のパリ2024オリンピック第1回選考会でも準々決勝であたり、ゲームカウント2-4で逆転負けした相手である。

その木原に会心の勝利でリベンジを果たした平野。彼女のベンチには、かつて共に世界のトップクラスに駆け上がった中澤鋭コーチの姿があった。

 中澤コーチは平野がJOCエリートアカデミーに入所した2015年に彼女の担当コーチとなり、2016年の女子ワールドカップ優勝を皮切りに、2017年の全日本選手権初制覇やアジア選手権優勝、さらには世界卓球2017ドイツ銅メダル獲得など、数々の栄誉に平野を導いた指導者だ。

2018年3月に平野がJOCエリートアカデミーを卒業したのを機に2人はタッグを解消したが、中澤コーチはその後も長﨑美柚(木下グループ)や木原らをトップクラスの選手に育てた。

 その中澤コーチと4年ぶりにタッグを組んだ平野は、「すごい心強い。結果もどんどん良くなっていると自分でも思います」と話し、自身のステップアップに大きく影響していることを認めている。

 フォアハンドの連続攻撃も中澤コーチが戻った効果だ。現在、「チーム美宇」は主に技術指導を張成コーチが、戦術やトレーニング、メンタル面の指導を中澤コーチが担っている。

平野いわく、「4月からフォアハンドを強化しています。緩急も意識して、だいぶラリーが安定してきました。(フォアハンドが良くなったおかげで)カット打ちも良くなっているなと思います」と話す。

 平野が負ける試合ではラリーが単調になりミスが続いてしまうことがある。もともと苦手ではないカット打ちも、今年1月の全日本選手権6回戦で対戦したカットマンの佐藤瞳(ミキハウス)を強打で押し切ろうとし自滅のような形で負けたことがあったが、Tリーグ NOJIMA CUP 2022ではカットマン橋本帆乃香(ミキハウス)との準々決勝で見違えるようなカット打ちを披露し圧勝した。

かつてタッグを組んだときもそうだったが、中澤コーチは体を効率的に使いボールに十分に力が伝わるよう指導する。今回も効果的なフィジカルトレーニングを取り入れ、平野本来の武器である高速両ハンドの連続攻撃をスムーズにできるようにした。

 フィジカルトレーニングの質を上げたことで、「試合の動きの良さにつながっている」と平野。その感覚は実戦を重ねるごとに良くなっているといい、「試合をしていく中でどんどん自信がついていく」と目を輝かせる。

平野美宇 Photo:Itaru Chiba

母の「14番目の女」発言で気持ちが楽に

 4月以降、国際大会でも安定して結果を出している平野は6月のWTTコンテンダー ザグレブとWTTフィーダー オトチェツで決勝に進んだ。

WTTコンテンダーでは同い年の伊藤美誠(スターツ)と対戦して準優勝。WTTフィーダーでは中学生の小塩遥菜(JOCエリートアカデミー/星槎)に大差をつけ、国際大会5年ぶりの優勝を挙げた。

 だがパリ五輪の代表争いでは、まだ序盤とはいえ焦りが出そうになることもある。東京2020大会女子団体銀メダルの自負と次のパリ2024大会では個人で代表入りしたいという強い思いがあるからだ。

 そのためパリ選考ポイントのかかった「Tリーグ NOJIMA CUP 2022」では大会前、どうしても結果に目が向き余計な力が入った。

 そんな平野のはやる気持ちを落ち着けたのは、母・真理子さんとの電話だった。

 抽選会の前日、母娘は約1時間半の長電話をした。幼い時分から自立心旺盛で、中学に上がると同時に親元を離れた平野。彼女が山梨の実家にいる母と連絡を取ることは珍しいが、この日の電話の声は明らかに沈んでいたという。そこで真理子さんはこう言った。

「失うものなんて何一つないんじゃない? だって美宇は"14番目の女"なんだから」

 14番目というのは組み合わせ抽選会のドロー順のこと。今年1月の全日本選手権の成績とTリーグ2021-2022シーズンの勝利数を加味してドロー順が決められたが、そこで平野は24人中14番目だったのだ。

 この「14番目の女」という母のキラーフレーズによって、固くなっていた平野はすとんと力が抜け楽になったようで、決勝後には、「パリ選考のポイントが頭に入ってしまって少しナーバスになっていたんですけど、選考のことは考え過ぎずに挑戦者の気持ちで試合ができました。それがいい結果につながったと思います」と心情を明かした。

 そして、娘の思い切りのいい戦いぶりを山梨で見届けた真理子さんは、「(大人になった)美宇にできることは少ないですからね。役に立てたのなら嬉しいです」と、その活躍を讃えた。

ちなみに、2022全農CUP TOP32福岡大会から平野のユニフォームには、母が営む「平野卓球センター」のロゴが入っている。地元山梨の名産品のぶどうと卓球ラケットを模したデザインは平野を応援する家族みんなで考案したそうだ。

ここから厳しさを増していくパリ2五輪代表選考レース。この長く険しい戦いに挑む平野はこう語る。

「日本のレベルが高くなっている中で自分の特長を作っていくことが大事。どんな場面でも自分にはこれがあるっていうものを何個か持つことで、(日本人選手と)たくさん対戦する国内選考で勝ち上がることができるんじゃないかなと思います」

 その一方で全体の底上げが大事とも言い、「全ての技術で穴がないような卓球スタイルになりたい」と貪欲な姿勢を見せる。
 平野と中澤コーチ、そして張コーチ。3人の最強タッグが世界を再びあっと言わせる日は近いかもしれない。


(文=高樹ミナ)

■2024年パリ五輪 日本代表選考ポイント