勝ち切るメンタルを作るためには経験と学びが必要となる日本の次世代を担う“黄金世代”の選手の一人、齋藤咲良(MAT Tennis Academy/ITF世界ジュニアランク12位)選手はグランドスラムジ…

勝ち切るメンタルを作るためには
経験と学びが必要となる

日本の次世代を担う“黄金世代”の選手の一人、齋藤咲良(MAT Tennis Academy/ITF世界ジュニアランク12位)選手はグランドスラムジュニア4大会目となるUSオープンジュニアに挑んだ。

【表】ITFジュニアトップ100に入っている日本人選手(9/6現在)がこちら

前哨戦から北米入りして、1大会目に単複優勝、2大会目に準優勝と結果を残していたものの、USオープンのシングルスでは流れを掴み損ねて1回戦で逆転負け。悔しい結果となってしまった。しかし「この大会が最終目標ではない」と齋藤選手を指導する松田隼十(MAT Tennis Academy取締役)コーチは、もっと先を見据えている。

どのように強化を図り、世界で活躍するために必要な要素は何なのか? 松田氏にご自身の考えを伺った。

Q. 齋藤選手は、難しい展開の中で逆転負けとなりました。

「USオープンの前哨戦から入って良い結果を残していて、今日どんなプレーができるかなと思っていましたが、流れを掴み切れませんでした。第2セットの出だしで流れが来た時に、相手のミスを待ってしまいましたね。そういう時こそ、自分からポイントを取りに行くべき。リスクがあるかもしれないけど、チャレンジする強い気持ちは必要です」

Q.そういった気持ちは、トレーニングで強化きるものですか?

「専門的なメンタルトレーニングもあり重要とは考えていますが、今の時点で重点を置いているのは大会を回りながら、試行錯誤し、経験して強化を図っています。特に彼女にとって、この大会が最終目標ではない。試合で良いメンタルを発揮できるかどうか、できないなら何を学ぶか。それを本番で経験値を上げることは今は重要。メンタルは人それぞれ違うものと考えているので型にはめるものでないと思います」

Q.練習中に追い込んで精神面を鍛えようというコーチもいますよね。

「私はそういうことはやりませんね。特に女子選手には理屈を説明します。例えば今日の試合でも、大きくリードしたら、相手は当然、割り切って強気でプレーしてきます。40-0から取られたゲームがいくつかありました。相手はそこで失うものはないと気楽になって打ってくる。それをわかっていれば心構えができるし、気持ちの対応もしやすいですよね。もちろん、良いプレーをされてポイントを奪われたなら仕方ないと割り切るべきです。このステージになると、特に精神的な強さが必要になってきます。すでに勝てる実力があることは自分でも分かっているだけに、勝ち切るためにメンタル、気持ちが必要になってきます」


結果を求め、負けてもそこから
何かを学ぶ。今はそういう時期

Q.近い将来、プロになると思いますが、そこまでのプロセスをどう踏んでいくのでしょうか?

「今年はグランドスラムジュニアを経験できたので、来年はプロの大会とジュニアを双方に出場していき、年齢が上がっていくにつれてプロのサーキットに比重を置いていこうと計画を立てています。ランキングや大会予定によっても、変わってくる部分はありますが。彼女とは当面の目標、中期目標を話し合って共有しています。あとはどのようにステージを上げていけるかですね。いずれにせよ結果は必要で、そのためには実力を上げなければならない。ただ出るだけでなく、結果を求め、負けてもそこから何かを学ぶ。今はそういう時期だと思っています」

Q.新型コロナウイルスによるパンデミックがあり、さらに円安という問題も起きています。遠征もより大変になっていませんか?

「そうですね。コロナに関しては、大会もなかったので、その時にできることをやっていました。結果的に、あの時期がなかったら今の強さ、ショットの精度・質はなかったと思えるので良かったんだと思います。そうやってプラスに捉えるしかないですしね」

Q.選手と共に海外を遠征してきている中で、国内で頑張るジュニアたちが持っていた方がいい条件があるとしたら、どんなものを思いつきますか?

「えらそうなことは言いたくないですが、目標にするステージによって必要なものも変わってきますよね。もしもプロを目指しているなら、早い段階で海外に目を向けて体験したほうが良いと思います。例えば、ITFジュニアならば13歳から出場することができます。仮にそこに17歳、18歳になってから出場となると、数年遅れを取ってしまいます」

Q.13歳、またはそれより若くというと、テニスが好き、楽しいと感じてもらいたい世代でもありますね。

「それも大事ですよね。周りの環境、家族、コーチがいかに楽しませられるか? 勝つことだけでなく、テニスが好きになるような環境は一番大事だと個人的にも思います」


目標は人それぞれ、その過程で
選択肢を示せる人が周りにいるべき

Q.話を伺っていて、ネガテイブな見方というのが感じられませんね(笑) 

「一切ないですね。ネガティブなことは考えてもしようがない。仮に強くなって結果が出たとしても、必ず負ける時が来るし、悪い流れも来る。それがテニスだし、スポーツというもの。1年間、大会に出たら大変な時期も必ず来ます。でも、そこがあるから良い流れもある。そういう広い視野を持つ人が、選手の周りにいてほしいなと思います。

保護者の方によっては、結果に一喜一憂しますよね。それも大事なことです。ただ負けた時、落ち込んだ時にどうするかが一番重要です。勝ちは大事ですし、結果がすべてという側面もありますが、長い目で見てストーリーを作ってあげるべきです。選手によってプロを目指す、全国大会を目指す、県大会を目指す、など目標はいろいろあります。どれが良い悪いとかではなく、目標に向かっていく中で、自分にどんな選択肢があるのかというのを示すようなサポートをすべきだと思います」

Q.それぞれが目指す目標によって、サポートすべきことが変わってくるということですね。

「そうですね。それと個人的には技術的なことでも、個性を大事にしたいと考えています。人によって体格も違うし、成長速度も違います。軸にあるものさえブレてなければ、みんなが同じフォームでなくてもいいと思っていますし、だからこそ指導する側が正しいサポートをすることが重要ですよね」

Q.考え方はアメリカのコーチに近いですね。

「さまざまな経験を経て考えついたものだと思います。ブレてはいけない部分さえ、抑えていれば良いというものもそうですね。試合の中でポイントを取る、結果を出すことはとても大事です。でも、負けることもある。そこで何を得て、次に活かすのか。実力は上がっていっているわけですから、一歩一歩進むのみ。私たちコーチの責任としては、経験をどう活かすようにするかというところですね」

Q.改めて、日本人選手の長所はどこだと思いますか?

「括りでいうなら勤勉さ、真面目さという部分では他国の選手より秀でている傾向にあると思います。もちろん、海外にもそういう選手もいますが、日本人選手のほうが努力できる選手が多い気がします。だからこそ、賢さは必要になってきます。外国人が持つ楽観さが悪いとかではありません。それは日本人にも必要な要素だし、テニスにおいては勤勉さ、楽観さのバランスが大事です。大事なのは、いかにエネルギーをうまく使ってプレーするか。結局、テニスは最終的に勝てばいいわけです」

Q.このあと、齋藤選手と試合を振り返る機会があると思います。どんなタイミングが良いというのはありますか?

「人によって、言葉が響く時間が違うと思っていて、彼女の場合は、試合直後には言いません。落ち着いてから話すほうが効果的ですね。本人の感情もあるし、体調もある。2人でそこを照らし合わせていって、この状況ではこういう選択肢があるよね、とやっていきたいと思います。次に繋げるためにもその過程は大事です」

Q.貴重なお話、ありがとうございました。


■USオープン2022
・大会日程/2022年8月29日(月)〜9月11日(日)
・開催地/USTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センター(時差13時間)
・賞金総額/6,010万ドル(81億7,390万円)
・男女シングルス優勝賞金/260万ドル(3億5,360万円)
・サーフェス/ハードコート(レイコールド)
・使用球/[男子]ウイルソン「USオープン・エキストラ・デューティ」、[女子]ウイルソン「USオープン・レギュラー・デューティ」

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