2トライをあげ勝利に貢献したFB松田凛日 日本女子ラグビーにとって、燦然(さんぜん)と輝く歴史的な一日である。歴代の女子日本代表経験者たちへの「キャップ授与式」が初めて行なわれ、15人制日本代表「サクラフィフティーン」(世界ランク13位)が…



2トライをあげ勝利に貢献したFB松田凛日

 日本女子ラグビーにとって、燦然(さんぜん)と輝く歴史的な一日である。歴代の女子日本代表経験者たちへの「キャップ授与式」が初めて行なわれ、15人制日本代表「サクラフィフティーン」(世界ランク13位)が、欧州の強豪アイルランド(同6位)を29―10で初めて撃破した。誰もが輝きを放った。特にFB(フルバック)の20歳、松田凛日(りんか)が光り輝いた。

 8月27日夜の東京・秩父宮ラグビー場。"ラグビーの聖地"での女子ラグビーのテストマッチ(国代表戦)は珍しい。ナイター照明の下、4569人の観客がスタンドを埋めた。これまでのテストマッチ出場を証明する赤色のキャップを授与された約110人の代表経験者の姿もあった。

 男子に比べ、女子ラグビーは厳しい環境でラグビーに打ち込んできた。苦節30年余。1991年の第1回ワールドカップ(W杯)に自費で参加した日本ラグビー協会の元女子委員会委員長の岸田則子さんは「今までのけじめがついた。新たなスタートの日」と感激顔だった。

 女子ラグビーの先人たちが見守るなか、日本代表はキックオフから、アイルランドに挑みかかる気概を見せた。団結して一丸となった。からだが大きくてフィジカルの強い相手に対し、低く束となったタックルで襲い掛かった。

 粘り強いディフェンス。時折、「ファイアー!」の掛け声がかかる。前に出てディフェンス!の合言葉。連係して、相手のスペースをつぶしていく。攻めては、スマート(頭脳的)。

リラックスして迷わない

 1週間前の同国との敗戦(22―57)から、日本代表は自分たちがコントロールできることに集中し、修正した。まず規律を守る。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)では、攻めては早く、守っては粘って相手の球出しを遅らせた。モールディフェンスでの結束。スクラムの安定。ラインディフェンスでは、立ち位置を少し広くし、コネクト重視で前に鋭く出た。

「リラックスして迷わない」、これが松田の試合テーマだった。男子日本代表FBで活躍した松田努さんを父に持つ逸材。170センチ、75キロの日本体育大学3年生。重点を、セブンズ(7人制ラグビー)から、昨年秋、15人制ラグビーに。フィジカルとスピード、運動量に自信を持つ。

 1週間前のテストマッチはCTB(センター)で出場した。松田は小声で説明する。「未熟な技術と経験で、チームに迷惑をかけてしまったので、悔しさと申し訳なさがあった。迷ってしまうとうまくいかないことが多いので、迷わず、直感を大事にしようとしました」

 前半34分だった。準備していたサインプレーが決まった。敵陣22メートルライン内でのスクラムからSH阿部恵が右に持ち出す。ボールをもらったSO大塚朱紗がスペースを突いてタテに走る。大塚の述懐。「リンカ(松田)ならやってくれる。すごく信頼しているから」

 大塚は内側についた松田にボールを戻した。20歳のFBはひとりはじき飛ばし、もうひとりのタックラーを引きずりながら右中間に飛び込んだ。ゴールも決まり、12―5とリードした。松田の言葉に充実感があふれる。

「練習どおりにできて、トライにつながってよかったです。フィジカルを生かせました」

 後半15分には、父親譲りの力強いランを見せて、左ライン際を約40メートル、疾走した。最初のタックラーを右手でハンドオフし、次の相手を鋭いステップで振りきった。トライ。「おやじさんそっくりの走りでしたよ」と声を掛ければ、松田は笑って言った。

「遺伝ですかね」

父の松田努さん「よくやった」

 松田は小学3年でラグビーを始めた。「小学生の時は家の前でパスとかステップの練習を父と一緒にやっていました」と振り返る。でも、父の現役時代の録画映像は見たことがないそうだ。ラグビーに関するアドバイスはほとんどないという。

 父の松田努さんはラグビーW杯に4大会に出場し、日本代表のキャップ(国代表戦出場)は「43」を数える。でも、娘にラグビーを無理強いすることは決してなかった。父はこの日、スタンドから雄姿を見守った。父は言う。短い言葉に愛情がにじむ。

「こまかいことを言えば、いろんな課題はあるけど、よくやった。しっかり、トライをとれたのはよかったんじゃないでしょうか」

 松田凛日はまだ、サクラフィフティーンで5キャップ目。父と同じ背番号「15」は2試合目にすぎない。ただ、さらに飛躍する可能性を示した。父に似ているのは、ランスタイルだけではない。トライの嗅覚。そしてディフェンスでの献身的な動き、コンタクトエリアでもからだを張るところはそっくりだ。ついでにいえば、誠実なメディアとの対応も。

HC「松田は、おもろかった」

 試合後の記者会見。松田の活躍について聞かれると、サクラフィフティーンのレスリー・マッケンジーヘッドコーチ(HC)は日本語で「ほんとうに、おもろかった。すごくワクワクする選手です」と言った。

「どこが、おもろいのですか?」と聞けば、今度は英語で続ける。

「セブンズで長くやってきたから、バックフィールドをカバーできる能力が高い。足のはやさ、長いリーチを使って、ディフェンスでカバーできる。アイルランドはキッキングゲームが強いチームなので、ディフェンスのカバーをうまくしてくれるところがおもろいと感じました」

 才能は文句なしだ。課題は、試合経験、すなわち状況判断か。ケガ予防の体調管理、コンディショニングもだろう。昨年のセブンズの東京五輪は一度日本代表に選ばれながら直前のケガでメンバーから外れた。

 サクラフィフティーンは9月24日、オークランドの"ラグビーの聖地"イーデンパークでニュージーランド代表(世界ランク2位)に初めて挑戦する。その後、W杯ニュージーランド大会(10月8日開幕)に出場することになっている。松田は彼の地に思いを馳せる。

「先輩方が積み上げてきたものがあるから、こうやって大きな舞台でやらせてもらっていると思う。すごくありがたい気持ちになりました。ワールドカップに向けて、自分の強みを伸ばし、課題の状況判断を修正し、もっと、もっと向上させていきたい」

 まだ成長途上。20歳の松田もまた、己とサクラフィフティーンの新たな歴史を紡ぐのだった。