昨年の東京五輪に続き、今年7月にアメリカ・オレゴンで開催された世界選手権に出場した女子4×100mリレー。結果としては、全体12位での予選敗退だったが、記録は43秒33の日本記録。世界と戦うには先は遠いながらも、希望の見える結果だった。 …
昨年の東京五輪に続き、今年7月にアメリカ・オレゴンで開催された世界選手権に出場した女子4×100mリレー。結果としては、全体12位での予選敗退だったが、記録は43秒33の日本記録。世界と戦うには先は遠いながらも、希望の見える結果だった。
2018年末の女子リレー強化プロジェクト発足時から4×100mリレーを担当している信岡沙希重コーチに今回の世界選手権や、女子リレーの成長について話を聞いた。
今年の世界陸上で日本記録を更新した女子4×100mリレー
世界陸上に向けて、信岡コーチが選手たちに示した目標タイムは"42秒9"だった。
「今回は大会前の合宿が1回だけだったので、少し高い目標だと思いましたが、強化プロジェクトから続いているなかで、選手たちを『選ばれたからよかった』という感じにはさせたくなかったので、選手たちにも42秒9という数字をどうしたら出せるかという話をしました。そのタイムを出しても自力での決勝はないだろうけど、どこかがミスをすれば可能性はゼロではないと。『そうなれば女子短距離も決勝に行くことが目標にできる』と話しました」
東京五輪は、開催が1年延びて出場権獲得基準が変更されたために出場できた。「正直、その時は出ることが目標だった」と信岡コーチは言う。だが、東京五輪という大舞台に立ったことで、選手たちの意識が変わった。
「そういう歩みは大切だなと思った時に、今回は『世界選手権の日本代表になりました』とか、『日本で何番です』という陸上ではなく、『世界の舞台でみんなが勝負にいく陸上にする』という意識を女子短距離に吹き込みたいと思い、そのためのバトンパスをミーティングで共有しました」
基準にしたのが強化プロジェクト発足時から目安にしている、バトン受け渡し30m区間のタイムだった。東京五輪までは3秒25を目標にしていたが、それを3秒20まで上方修正した。
「目標を設定したのは、19年世界選手権で個人の走力が今の日本チームに近かったイタリアが3秒20平均のバトンパスをして42秒90を出し、プラスで決勝進出を果たしていたからです。それに、そのレースの1位から3位の平均も3秒20。実際に今回は、練習で3秒12や14も出る区間もあったので、可能性はある。それができれば、残りはバトン区間の90mを除いた310mの走力勝負になるから、3秒20を出さなければノーチャンスだというのも話しました」
昨年の東京五輪では、日本記録に0秒05まで迫る歴代2位の43秒44を出したが、メンバー4人の100mのシーズンベスト平均は11秒60。だが今回の代表である君嶋愛梨沙(土木管理総合)と兒玉芽生(ミズノ)、御家瀬緑(住友電工)、青木益未(七十七銀行)、青山華依(甲南大)の5人の平均は11秒43と手応えはあった。そして7月10日南部記念の男女混合応援レースでは、バトンのミスがありながらも43秒67を出していた。
「南部で2本走って世界選手権が3本目という状況で、42秒9には届かなかったけど合格点だったと思います。正直、もう少しいきたかったという気持ちもありますが、今まではそれすらできなかったという意味では、ちゃんと力が出せるようになっているという前進も見えました。収穫と課題の両方がある結果でした」
世界選手権のレースは、大会の公式記録のデータによると、1走の青木が11秒84の6位で走り、2走の君嶋は10秒31のラップタイム。3走兒玉が10秒44で走り、4位と5位の中国とカナダに0秒03差まで迫った。4走の御家瀬は10秒74かかり、ポーランドにかわされて7位に落ちた。
「東京五輪は8レーンだったので自分たちの力を出しきれましたが、今回は5レーンで、もまれるレースで難しいだろうなと思っていました。内側からこられると、自分が加速しているのに『いけていない』と感じてしまう。それもいい経験だと思いましたが、そのなかでも2走と3走はすごくよかった。
4走の御家瀬選手も出だしはよかったものの、大きい大会の経験がなかったことやアンカー勝負で後半は少し硬くなってしまったんだと思います。42秒台となると1走の青木選手がもう少しいいタイムでいけていないと無理だったでしょうが、御家瀬選手が南部記念のような走りをしていれば、43秒1台は出たと思います」
一方、収穫は大きかった。2走の君嶋は、内側のイギリスの9秒98の走りに圧倒されながらも自分の走りをした。また、兒玉も予選2組の3走で、3番目になるラップタイムを出した。信岡コーチは「兒玉も東京五輪は2走だったので迷ったのですが、3走は難しい上に短期間でチームを作り上げなければならない状況を考えて、日常的に指導できることから3走に選んだ(福岡大で信岡コーチの元、兒玉は練習しているため)」と話すが、大舞台でこれからのチームの柱になれる走りを見せた。
「今後を考えれば、今回は補欠だった青山選手も東京五輪の1走はすごくよかったから、春先に11秒47を出した状態だったら42秒台突入の力になったと思います。また東京まで4走で安定した走りをしていた鶴田玲美選手(南九州ファミリーマート)も、前半型ではないのに100mで11秒48を出しているので、その頃の調子が戻ってくれば大きな戦力になる。さらに今回経験した御家瀬選手も、力どおりの走りができればさらに期待できるし、他にも伸びてくる選手がいてメンバー争いが熾烈になればさらに面白くなる。今でも43秒0台までいく力はありますが、『決勝までもう一歩』と思えるのはすごく大きい。42秒台が出れば、女子短距離の流れも一気に変わってくると思います」
個人の走力を上げるのはもちろんだが、重要になるのはバトンタイムをいかに向上させるかだ。
「兒玉選手がバトンをもらうパスでは3秒1台が何回も出ているので、他の選手も今の速度で1台を出せると思います。おそらく代表になる選手のほとんどは、リレーをやっても自分より遅い選手からしかバトンをもらったことがないと思うので、加速しきらずに速度が低いままバトンを貰う経験が多いのだと思います。それが負の遺産になっていて、『逃げるように全力で出て』と言われても、加速ができていない。データを示しても、なかなか納得してもらえないことも多いんです」
そこはこれから、ナショナルチームとして場数を踏み、経験を重ねていけば、ある程度は解消されていくはずだ。さらに信岡コーチは、個人の走力をあげる上で、100mだけではなく200mも積極的に走るようにと選手たちに働きかけている。
「リレーの場合は120mを走る走力が必要ですが、女子の場合は男子に比べて後半の減速率が高いので、200mも練習する必要がある。福島千里さんがずっと2種目をやっていたようにリレーも含めてすべてやることで、レベルアップできる段階だと思う。個人のレベルアップはリレーのレベルアップにつながるし、リレーのレベルアップも必ず個人のレベルアップにつながる。そういうことに取り組んでいってほしいと思います」
かつて男子がリレーで入賞を目指していた時代に今の女子はいる。だがその頃より、やらなくてはいけないことが明確になっているだけに、到達点への距離は意外と近いはずだ。
「これを続けなくてはいけない」と信岡コーチが言うように、まずは来年の世界選手権出場へ向け、5月の世界リレー12位以内を目指す。そして、タイムランキング15位以内を目標にして強化に取り組んでいく。