吉岡伸彦氏に聞くフィギュアスケートのルール改正(前編) 2026年ミラノ・コルティナダンペツォ五輪に向けて歩み始めたフィギュアスケート。その新シーズンを前に、いくつかのルール変更が発表された。なかでも五輪出場に影響を与えそうなのがシニア転向…

吉岡伸彦氏に聞くフィギュアスケートのルール改正(前編)

 2026年ミラノ・コルティナダンペツォ五輪に向けて歩み始めたフィギュアスケート。その新シーズンを前に、いくつかのルール変更が発表された。なかでも五輪出場に影響を与えそうなのがシニア転向の年齢制限の引き上げだ。引き上げの目的は何か。それにより何が変わるのか。千葉大学国際教養学部教授でフィギュアスケート国際審判員、元日本スケート連盟フィギュア強化部長の吉岡伸彦さんに聞いた。

 今回のISU(国際スケート連盟)のルール変更で、シニア転向についての年齢制限をこれまでの15歳から17歳に引き上げたのは、やはりロシア女子選手の若年化により、さまざまな問題が起きたからです。

 まだ十分に体ができてないジュニアの選手たちがポンポンと4回転を跳んで点数をとるという女子の風潮については、「ただのアクロバット、サーカスみたいになってしまい、フィギュアスケートではなくなってしまう」と、多くの関係者が感じていました。北京五輪でクローズアップされたカミラ・ワリエワ選手のドーピング騒ぎが直接影響したということではないと思います。



15歳で北京五輪に出場したカミラ・ワリエワ(ROC/ロシア)

 フィギュアスケートにおいて、表現力よりも技術のほうに比重が置かれ、年齢の低い選手たちが難易度の高いジャンプを跳んで勝つ。ある意味で技術偏重に流れていってしまっているものを、やや表現力も含めた総合的なスポーツに引き戻したいという意図があると考えていいと思います。ではなぜ17歳にしたのか。女子の場合、子どもの体型のまま技術偏重でいくのがそろそろ難しくなっていくのがその年頃ではないかということで、ひとつの線が引かれたということだと思います。

 この年齢制限は男女シングルともに適用となりますが、男子のほうは筋肉がついて大人の身体になってからでないと4回転を簡単に跳ぶことができないので、シニアに上がるのを待たされることになる選手もいるでしょうが、競技内容には大きな影響はないと思います。

日本女子には有利に働くのでは

 15歳から16歳へ、そして17歳へと段階を踏んでシニア入りできる年齢制限をしているのは、今季いきなり17歳にしてしまうと、昨季シニアに出ていた一部の選手が出られなくなってしまうからです。昨季はシニアに出られたのに、今季はジュニアに戻れというわけにはいかないからでしょう。

 たとえば13歳の島田麻央選手は、この年齢制限のルール変更によって、次回2026年ミラノ・コルティナダンペツォ五輪への出場資格がなくなります。島田選手がシニアに上がる時には、同年齢のロシアの有望なライバル選手たちも一緒に上がってくることになります。島田選手はジャンプをしっかりと跳んでいるスケーターですし、おそらくその時までには、しっかりと身体を作ってくるでしょうから、17歳になってジャンプを跳べなくなることはないのではないかと思います。

 女子選手は、身体的な部分で大人の身体になる前に、ある程度、トリプルアクセルや4回転の跳び方をできるようにしておかないと、シニアになってから跳ぶには難しいという事情があります。ひと昔前、「シニアになる前に3回転ジャンプはひと通り全部跳べるようにしておくことが重要だ」と言われていたことと同じです。ただし、近年はちょっとジャンプの難度が全体的に上がっていますが。

 ノービスでジャンプを跳べる日本の選手たちは、細身で体を締めやすくして回転のスピードで勝負するロシア選手たちよりも、ジャンプの高さも含めてきちんと跳べるようにしようとコーチの先生方が指導しているように見えます。ジャンプの質を考えたら、年齢が上がっても跳べると思うので、シニアに上がってきた時にしっかり勝負できるだろうとは思います。

 日本の女子でもトリプルアクセルを跳ぶ選手は増えてきましたし、ノービスからジュニア、あるいはジュニアからシニアに上がるぐらいの年齢で、高難度のジャンプを跳ぶようになっています。彼女たちが4回転を跳べるようになるのも、そんなに先の話ではないだろうと思います。ちょっとロシアに遅れをとってはいましたが、今回のルール変更はそういう意味では有利に働くのではないかなとは思います。

ロシア勢もルール変更に対応してくる

 ただし、フィギュア王国のロシアが手をこまねいているわけはないので、女子の選手育成においてたぶん対応してくるだろうと思います。具体的にはわからないですけど、15歳で完成するのではなくて、17歳で完成する選手を作るという方針に当然変えてくるはずです。選手育成はいきなり成果が出るわけではないので。そこの対応にどのくらいかかるのか。1~2年で対応できるのか。

 ロシアには、伝統的なフィギュアスケートを教える指導者、「ルールに合って高得点ならそれでいい」というのではない指導者たちも当然いて、サンクトペテルブルクを拠点にして活動しています。ですから、ロシア女子が日本女子のライバルであることはこれからも変わりなく、今回の年齢制限のルール変更を踏まえて対応してくれば、その後は怖い存在になるだろうと思います。エテリ・トゥトベリーゼ先生の門下ではないところからもいい選手が育ってくるでしょう。

 これまでエテリ組は、ジャンプを跳べるようにすることだけではなく、5つのコンポーネンツのそれぞれの項目について「こういうふうに評価してるんだよね」というのに合わせてプログラムの作り方をしてきました。スピンのレベルをとるためには「こういうことが要るよね」とか、そういうことのひとつひとつに全部対応して、つき詰めてきたわけです。

 プログラムの作りもすごくあざといというのかな。「誰が見ても『白鳥の湖』をよく創り込まれた振り付けにしているから点数を出すしかないよね」という具合に。ソチ五輪で『シンドラーのリスト』の赤いコートを着たユリヤ・リプニツカヤ選手の演技にしても、低く評価するところがなくて、なおかつ、動きが音に合っていて、映画のなかで出てきた女の子を演じるという意味では、そういう雰囲気をプログラムの冒頭と終盤のところに創り込んでいるわけです。

 エテリ組のプログラムの特徴なのですが、最初と最後はしっかりとテーマに合わせて作ってあって、プログラムの真ん中(核)はテーマから多少離れても、そこは他の項目で高得点を得られる振付構成になっている。だからスケートが多少ヘタだろうが何だろうが、「5つの項目のどこを取っても高く評価するしかない」プログラムです。

 ロシアの女子は、ジャンプが跳べるから点数が出て勝てているという要素はもちろんありますが、ジャンプの数だけの問題というよりは、プログラム作りの問題で、日本をはじめとするライバル国は負けていたようなところもあるんです。その時のルールを最大限生かした、あざといとも言えるプログラム作りが功を奏していたように思います。「文句ないでしょ、これで」というプログラムです。

 ルール変更を経て、ミラノ・コルティナダンペツォ五輪に向けた戦いが始まりますが、技術的な難しさと表現のバランスがどうなっていくのかが見どころです。

 男子のほうは、やはり4回転を何本入れるのかで勝負が決まるようなところがありますが、もともとフィギュアスケートは、技術が先行する時代と表現力が重視される時代が、振り子のように行ったり来たりしながら進化してきました。今は技術が上にあるので、もうじきちょっと振り戻しがあるかなという感じが見えてきています。

 今回のルールの変更で、女子のほうは技術偏重から表現重視へと向かう流れが出やすくはなっていくかもしれません。
(つづく)