「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE …

「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣

「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。女子ゴルフでツアー通算6勝を挙げた北田瑠衣(フリー)は「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、ゴルフ界のトレンドやツアーの評論、自身の経験談まで定期連載で発信する。

 今回のテーマは「注目の新人選手と選手寿命を維持するための心得」。北田が見て期待するルーキーら若手の特徴と課題、若くしてスランプに陥った時の心得などを語ってもらった。(文=THE ANSWER編集部・柳田 通斉)

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 女子ゴルフの国内ツアーは、大東建託・いい部屋ネットレディス(7月21~24日)から後半戦に入った。同大会は、34歳の菊地絵理香(フリー)が優勝。その後の大会も、前半戦と同様に若手が上位を席巻する中で、強いベテランが存在感を見せている。2021年に実施された2回のプロテストに合格したルーキーたちも健闘。優勝争いに顔を出した選手たちは、前半戦のうちから「同期の中で一番先に優勝したい」と負けん気を示してきた。

 北田もそんなルーキーたちに接し、期待を抱いている。

「私はシーズン前に明治安田生命さんの企画で、高知で合宿する若手選手を取材しました。その中で接したルーキーの小倉彩愛さんと尾関彩美悠さんにとても惹かれました」

 ともに岡山出身。小倉は2000年度生まれの「プラチナ世代」。2度目となった昨年6月のプロテスト受験で合格した。同12月のツアー最終予選会(QT)は12位。今年4月のKKT杯バンテリンレディスではプレーオフに進出し、優勝まであと一歩に近づいた。オフには連日12キロ以上を走り込むなど、フィジカル面も充実している。

 一方の尾関は今春、渋野日向子が出身の作陽高を卒業した19歳。初受験だった昨年11月のプロテストでトップ合格を果たした。最終QTは58位だったが、主催者推薦で出場した5月末のリゾートトラストレディスで5位、6月上旬の宮里藍サントリーレディスで8位に入るなど、前半戦終了時のリランキングで28位に浮上。本人は「ジュニアの頃から春先は調子が悪く、6月頃から上がってくるので夏は楽しみ」と話していたが、その通りの展開を見せている。

 北田はそんな2人のキャラクターを「小倉さんはしっかり者で、尾関さんはホンワカ」と表現し、共通した「良さ」を解説した。

「2人ともスイングができあがっています。クセがなく、シンプルで切れ味がいい。このタイプは今のギア(道具)に適していますし、調子の波が少ない。このままいい経験を積んでいけば、早い段階で勝てるはずです」

昨今はデビュー5年以内でもスランプに、北田もイップスを経験

 スイングに特徴のある選手では、佐藤心結に魅力を感じているという。佐藤は昨年10月、高3で出場したスタンレーレディスでプレーオフに進出。優勝は渋野に奪われたが、270ヤード超のドライバーショットと高弾道で止まるアイアンショットで強烈なインパクトを残した。

 同11月のプロテストで一発合格を果たし、最終QTは11位。開幕戦のダイキンオーキッドレディスで13位に入ったものの、第6戦富士フイルム・スタジオアリス女子オープンから7試合連続予選落ちを経験した。その後は立ち直り、6月のニチレイレディスは優勝争いを演じて5位に入った。

「彼女は飛距離がすごく出ますし、見ていて楽しいゴルフをします。足を存分に使ったスイングは躍動感があります。ただ、そのタイミングがずれるとボールは曲がるし、アプローチなどにも粗さある印象です。それでも、しっかりと立ち直って、ニチレイレディスで最終日最終組を経験したことは大きいです。今後、スイングのタイミングを固め、小技も磨いていけば、かなり強くなると思います」

 他にも双子の岩井明愛、千怜姉妹、佐久間朱莉、桑木志帆、後藤未有、内田ことこ、櫻井心那ら上位に顔を出す若手がおり、試合ごとにゴルフファンをワクワクさせている。しかし、昨今のツアーでは、デビュー5年以内でもスランプに陥ってシード権を喪失。QTも失敗するケースが少なくない。北田自身も3年目の2005年シーズンにパターイップスに苦しみ、賞金ランクは前年3位から60位に急落。シード権を失った。イップスになったきっかけは、指の故障だった。

「実は右手親指のじん帯がはがれてしまい、2004年シーズンを終えたオフに手術を受けました。そして、十分なリハビリができないまま翌年2月、第1回女子W杯に出場しました。その結果、パットにいろいろと狂いが出ました。コンビを組んだ宮里藍ちゃんはすごいプレーをするのに、私はスコアを伸ばせない。最終日も苦しみましたが、17番パー3ではミドルパットが入って2人一緒にバーディー。幸い優勝はできましたが、あれが入っていなければ、今でも『あの時にゴルフをやめていたのかも』と思うほどの重圧を感じていました」

 当時23歳。若くして快挙を達成したが、パットの状態はさらに悪くなったという。

「ゴルフは経験値が邪魔になることもあります。いい結果よりも、悪い結果の方が記憶に残るからです。それが重なってイップスになり、短いパットでも怖くなって、手が震えてしまうのです。抜け出すために、私もいろんなことをやりました。ボール、カップなど、目から入ってくる情報で体が固まるため、試合中にグリップだけを見て打ったり、『これなら手が動く』と思い、目を閉じたまま打ったこともありました」

 だが、北田は「私の傷はまだ浅い方。もっと苦しんでいるプロはいました」と言う。現実に北田は曲がらないショットに加え、アプローチを磨いて、翌06年シーズンは賞金ランク27位に再浮上。シード権を取り戻し、07年には復活優勝も飾った。

「パットについては今も嫌な感覚はあります。でも、(技術面で)全く悩みのなかったプロはいないと思いますし、いい時に完全に戻ることはとても難しいです。今、苦しんでいる選手もそれを受け入れ、『今日はいいパットがあった』『パットはそうでもなかったけど、ショット、アプローチは良かった』とプラス思考を働かせてほしいです。そうして、一つひとつ自信を重ねていけば、再び戦える状態に近づくでしょう」

10年連続でシードを保持した北田、長く活躍するには

 選手寿命を短くしないために、北田は「コーチとの付き合い方も大事」と指摘した。

「まずは、依存しないことです。コーチはアドバイスをくれますが、選手には自分にしかわからない感覚があるわけで、教えられたスイングや練習法が合うか合わないかもあるはずです。それをしないで受け入れてばかりいると、自分で考える力が衰えてしまい、ラウンド中の微調整もできなくなります。私が思う理想のコーチは押し付けるのではなく、選手と冷静に話し合いができる人。試合前の調整だけでなく、試合でのプレーを見てアドバイスをくれる人です。特に選手たちは『初日を見てほしい』と思っています」

 北田はこれからプロを目指す子どもたち、支える親たちにもメッセージを送った。

「ツアーのレベルが上がり、選手たちはより高い身体能力が求められる時代になりました。その能力を有するにはDNAも左右しますが、子どもの頃にどのように過ごすかがカギを握ります。つまり、ゴルフ以外のスポーツも経験させてほしいということです。今、長く活躍できている選手たちには、陸上、水泳、バスケットボールなどの経験者が少なくありません。

 私自身は水泳をしていたことで、背筋、腹筋が強くなり、スタミナもつきました。指は故障しましたが、その他の部分は大丈夫でした。もし、一方的な動きになるゴルフだけをしていたら、故障が多かったと思います。実際に今も、若くして、腰を痛めて選手寿命を縮めるケースがあります。せっかく高い能力があるのにもったいないですよね。そのことは大切に考えていただきたいです」

 今季は国内ツアーだけでなく、古江彩佳が参戦1年目の米ツアーで勝利し、優秀なアマチュア選手が国内外で活躍。日本女子ゴルフ界は活況を呈している。ツアー通算6勝の北田は今後も、キャリアを生かした視点でたくましい後輩たちを見守り、分析していく。

■北田瑠衣/THE ANSWERスペシャリスト

 1981年12月25日生まれ、福岡市出身。10歳でゴルフを始め、福岡・沖学園高時代にナショナルチーム入り。2002年プロテストで一発合格し、03年にプロデビュー。04年はニチレイカップワールドレディスでツアー初優勝し、年間3勝で賞金ランク3位。05年には宮里藍さんとペアを組んだ第1回女子W杯(南アフリカ)で初代女王に。06年から10年連続でシード権を保持した。男女ツアーで活躍する佐藤賢和キャディーと17年に結婚し、2児のママとして子育てに奮闘中。(THE ANSWER編集部・柳田 通斉 / Michinari Yanagida)