世界でもっとも華やかで洗練された街のひとつに数えられるモナコが、この週末だけはもっとも危険な街へと表情を一変させる。もちろん、それはモンテカルロ市街地サーキットの上だけ、そしてそこを走る20名のドライバーたちだけにとってのことだ。ガー…
世界でもっとも華やかで洗練された街のひとつに数えられるモナコが、この週末だけはもっとも危険な街へと表情を一変させる。もちろん、それはモンテカルロ市街地サーキットの上だけ、そしてそこを走る20名のドライバーたちだけにとってのことだ。
ガードレールにタイヤをこすりつけながら走るセバスチャン・ベッテル モナコの住民でもあるルイス・ハミルトンはこう語る。
「僕はここに住んでいるからこの景色はよく見ているし、自分のクルマやバイクで走ることもある。そのたびに、ここを時速320km/hで走るなんて信じられない気分になるよ。たった20人だけがそれを許されるんだ。とてもクールだよね!」
今年は技術レギュレーションが変わり、F1マシンのスピードは格段に速くなった。車幅タイヤ幅もワイド化している。ただでさえドライバーの真価が問われる難コースのモナコが、今年はさらに鋭い牙を剥くことになるのだ。
木曜日のフリー走行で走り始めてすぐに、プールサイドの高速シケインでガードレールにタイヤをこすりつけながら走るドライバーが何人もいた。彼らに言わせれば、今までの感覚で飛び込んでいくとそうなるのだという。マシンが200mmワイドになった影響だ。
開幕5戦のパフォーマンスから、モナコでは優勝候補の最右翼と目されているのがフェラーリのセバスチャン・ベッテルだ。彼自身、「5戦とも勝っていてもおかしくなかった」と序盤戦を振り返り、モナコにも自信を見せている。
「クルマがワイドになってもそのぶんコースを広くしてはくれないから(苦笑)、今年はコースが狭くなるよね。他のサーキットではクルマの幅広さを感じたことはなかったけど、もともとものすごく狭いヘアピンやシケイン、ラスカスなんかはどうなるか要チェックだった。午前中は何度かウォールにタッチしてしまったし、少しワイルドすぎたかもしれないけど、午後にはうまく走れたよ」
ベッテルいわく、モナコを速く走るための秘訣は”自信”なのだという。
「モンテカルロはとにかく、いかに自信を持って走れるかが重要なんだ。クルマを信頼し、リズムを掴んで限界まで攻めることが重要だ。道具は揃っている。あとは正しいセットアップを見つけられるか、それは僕ら自身にかかっているんだ」
このモナコGPでフェルナンド・アロンソの代役として1戦限りの現役復帰を果たし、昨年の11月以来、実に半年ぶりにF1マシンに乗り込んだジェンソン・バトンは、初めて体験する2017年型マシンのスピードに、まだ自信を持って攻め切れていないという。
「高速コーナーは最高だったね。プールサイドシケインのひとつ目は全開だったし、出口のシケインにはものすごいスピードでアプローチするんだ。あんなのは初めてだった。ターン3からカジノへのアプローチもすごく楽しかった。ずっと慣れ親しんできたのとは違うグリップレベルだったから、今までよりもかなりブレーキングを遅らせて、スピードを維持したままコーナーに入っていかなければならなかったんだけど、そういう走り方ができなくて自信を持って走るのに苦労したよ」
加えて今年は、プールサイドシケイン出口の縁石が変更された。縁石本体の内側に「ソーセージ」と呼ばれる盛り土のような第2の縁石があり、ここに乗り上げてしまうとクルマが跳ね飛ばされて、ガードレールに一直線となってしまうのだ。
昨年の予選でマックス・フェルスタッペンが餌食になったが、今年はそれがさらに高くなり、「まるで”発射台”のようになった」と多くのドライバーが批判的な見方をした。
「去年フェルスタッペンがヒットして壁に飛んでいったよね。だからあれ以上に大きくする必要なんてなかったと思う。どうしてそんなことをしたのか、理由を知らないからなんともコメントのしようがないけど」(ルイス・ハミルトン)
プールサイドシケイン出口の第2の縁石。まさしく「発射台」だ「去年の時点でもすでに簡単に壁に飛んでいってしまうほどで、ヒットするだけでよくないくらいに大きかったのに、今年は極端に大きくなっている。とにかくあの縁石にヒットしないようにすることが重要だ。大きいけどヒットしたらそれは自分のミスだし、その代償を支払うのは自分自身。僕は気にしていないよ」(バルテリ・ボッタス)
「こんなに大きな縁石は必要ないと思うよ。去年までのものでも十分に大きかったし、ヒットすれば壁に飛んでいっていたんだ。これならグランドスタンドまで飛んでいっちゃうよ(苦笑)」(セルジオ・ペレス)
「あれには驚いたよ。なんであんなに大きな縁石をつけたのかわからないね。あれじゃF1マシンにとってはジャンプ台だよ! ちょっとしたミスでフロントウイングを当てただけで壊してしまうだろうし、乗り上げたら壁に飛んでいってしまうだろう。とにかくヒットしないように走らなければならない」(ロマン・グロージャン)
初日の走行では、各ドライバーが慎重に走ったためかクラッシュは起きなかったが、トロロッソ勢は縁石で跳ねてヒヤリとする場面があり、下位カテゴリーのF2の予選では松下信治(まつした・のぶはる)が5番グリッドを獲得した直後に縁石に乗り上げてガードレールに刺さり、「餌食第1号」となってしまった。
木曜のフリー走行で5番手のタイムを記録してみせたトロロッソのカルロス・サインツは、今年のマシンで走るモナコの速さに驚いたという。
「ラップタイムにすれば去年と1~2秒の差でしかないけど、1周が1分10秒ちょっとのモナコでその差はものすごく大きいんだ。ものすごく速く感じたよ!」
ただし、その驚異的な速さというのが誰でも簡単に味わえるわけではない。そのためにはマシンの限界までプッシュし、タイヤの性能を最大限に引き出す必要がある。速度が上がれば上がるほどダウンフォースが増し、タイヤのグリップも引き出せるのだ。
「今年のクルマの限界を引き出すためには、今まで以上にハードにプッシュし、タイヤのグリップレベルを限界で維持する必要があるんだ」(ボッタス)
ガードレールに囲まれ、わずかなミスがクラッシュにつながる。ただでさえ難しいモナコが、今年はマシンの進化によってさらにその難易度を上昇させている。
昨年ここで3位表彰台を獲得したセルジオ・ペレスは、ザウバー時代から印象的な速さを見せるなど、モナコを得意としているドライバーだ。しかし、そんな彼でもクラッシュによる欠場やリタイアを経験してきた。
「どんなドライバーだって、このモナコではいいほうも悪いほうもいろんな感情を経験しているものだよ。予選で最高の走りをできたときの快感といったらないし、常にマシンの限界を感じることができるし、その一方でここはミスも犯しやすいし、簡単に間違った方向にも進みやすい」
モナコを誰よりも速く駆け抜け、勝利を収めるためには、速く走る技術はもちろんのこと、それを78周にわたって継続する心身の強さが必要とされる。
つまり、モナコを制するためには、すべてが必要なのだ。
「モナコはとても多くのことを要求されるレースウィークだ。ここを速く駆け抜けることができたときは、ものすごく特別な気分が味わえるよ。でも、たったひとつのミスも許されないし、ドライバーとして精神面でも非常に厳しいレースだ。今年はクルマがワイドになったぶんだけコースは狭くなるし、逆に中高速コーナーはものすごく速くなっているし、チャレンジの度合いは高まるだろう」(ボッタス)
モナコを2度、制しているハミルトンも同じように語る。
「モナコはドライビングの技術だけでなく、フィジカル、そしてメンタルのすべてが問われる。まさしくオールラウンドの勝負なんだ」
今週末のモナコで20名のF1ドライバーたちが史上最速の2017年F1マシンでどのような走りを見せてくれるのか、非常に楽しみだ。