2015年からメジャーリーグに導入された解析システム「statcast(スタットキャスト)」が日本でも最近話題となっています。ボールの速さだけでなく、スピンレート(回転数)などの詳細なデータも把握できるようになったことで、新たな野球の…

 2015年からメジャーリーグに導入された解析システム「statcast(スタットキャスト)」が日本でも最近話題となっています。ボールの速さだけでなく、スピンレート(回転数)などの詳細なデータも把握できるようになったことで、新たな野球の楽しみ方として広まってきました。



昨年は奪三振王に輝き完全復活した34歳のジャスティン・バーランダー また、それらのデータを分析することによって、野球のスタイルにも変化が表れるようになってきました。そのひとつの例が、ピッチャーの投球スタイルの変化です。スタットキャストによってはじき出されたスピンレートのデータは、メジャーで活躍するピッチャーに大きな影響を及ぼすようになりました。

 その代表的なピッチャーといえば、デトロイト・タイガースのジャスティン・バーランダーでしょう。若いころのバーランダーは「メジャー最高の速球投手」と称され、当時の球速は平均時速96マイル(約155キロ)を叩き出していました。2011年には投手三冠に輝いてア・リーグのサイ・ヤング賞とMVPをダブル受賞するなど、まさに球界を代表する大エースです。

 しかしながらその後、バーランダーの球速は年々落ちていき、それに伴って成績も下降線を辿っていきました。2015年の成績は5勝8敗・防御率3.38。最大の武器だった奪三振数(113個)も投球回数(133イニング3分の1)を大きく下回るなど、かつての勢いはすっかりと影を潜めてしまったのです。

 ただ、2015年のシーズンすべての内容が悪かったわけではありません。シーズン途中から投球スタイルを変えたところ、バーランダーの成績は見違えるように上向きになりました。

 投球スタイルの変化とは、「高めのフォーシーム」を意識して投げるようになったことです。その結果、2015年のシーズン最初の7試合が防御率5.57だったのに対し、ストレートを高めに多投するようになった後半13試合は防御率2.36と、飛躍的に数字がよくなりました。

 また、最初の7試合と後半の13試合を比べて見ると、奪三振率と内野フライ率にも大きな変化が表れています。奪三振率は13.8%から24.9%に、内野フライ率は10.0%から15.5%へと上昇。フォーシームの平均時速は93.5マイル(約150キロ)と変わっていないのですが、コースを高めに意識して投げるようになったことで、奪三振率・内野フライ率ともに数値が向上したのです。

 ではなぜ、バーランダーは高めのフォーシームを多投するようになったのか――。その背景にあるのが、スタットキャストで割り出されたスピンレートにあります。メジャー全投手のスピンレートがわかるようになると、そのデータをもとに分析した結果、「スピンレートの多いピッチャーは、高めのフォーシームがより有効となる」ということが判明したのです。

 2015年のバーランダーのスピンレートは、メジャー全体1位の2491rpmという数字を示していました。「rpm」は1分間の回転数を表す単位です。バーランダーはその分析結果を大いに活用したことで、2016年には16勝9敗をマークし、ア・リーグ2位の防御率3.04、リーグトップの254奪三振と、見事なカムバックを果たしました。

 世間的には「ストレートの速いピッチャーのほうがスピンレートも多い」と思われがちですが、実はそうとも限りません。球速の遅い軟投派ピッチャーでも「高めのフォーシーム」を多投するように切り替えたことで成功した例はあります。その代表的なピッチャーといえば、カンザスシティ・ロイヤルズのクリス・ヤングでしょう。

 ヤングは名門プリンストン大学出身の身長208cmもあるインテリ投手で、2015年のフォーシームの球速は平均時速89.7マイル(約145キロ)でした。この数字はメジャー全体のなかでもっとも遅い部類に入ります。それまでずっと軟投派ピッチャーとして歩んできたヤングは、バッターをゴロで打ち取ってホームランを防ぐため、コーチから常にボールを低く投げるように指示を受けていました。

 ところが2015年、スタットキャストでヤングの球質を解析してみると、ストレートの球速は遅いにもかかわらず、スピンレートは2379rpmもあったのです。この回転数はメジャー全体の上位10%にあたる数値でした。その後、フォーシームを高めに投げるように意識すると、2015年には11勝をマークしてロイヤルズの世界一にも貢献することができたのです。

 このように、スピンレートの多いピッチャーは剛腕タイプだけではありません。日本人ピッチャーで挙げるならば、シカゴ・カブスの上原浩治投手がいい例でしょう。彼は剛速球でぐいぐい押すタイプではありませんが、高めのフォーシームを要所で生かしながらバッターを打ち取っています。

 また、この「高めのフォーシーム」を積極的に活用している例は、選手個人だけではありません。チーム全体として高めにフォーシームを投げるよう指示している球団もあります。それは、ア・リーグ東地区のタンパベイ・レイズです。

 一般的にアメリカでは、「低めにボールを投げられないピッチャーは、メジャーには上げられない」と言われています。それほど、アメリカのコーチは低めへの意識を徹底的に指導します。しかし、レイズの場合はそれと正反対の指示を行なっているのです。

 昨年、レイズの先発投手陣でふたケタ勝利を挙げたのはジェイク・オドリッジ(10勝6敗)たったひとりでした。エース不在の苦しい台所事情だったため、少しでもスタットキャストのデータを有効活用すべく、高めへのフォーシームを多投するように徹底したのです。昨年、レイズの高めの速球率はア・リーグ1位の20.91%、高めのストレートによる空振りもリーグトップでした。

 レイズが他球団と違う指示をするようになった背景にあるのは、投手陣の苦しい台所事情だけが理由ではありません。進化してきたバッターへの対抗策としても有効だと判断されるようになったからです。

 近年メジャーで活躍するバッターたちは、低めのボールを打つ技術を格段に進歩させました。日本と比べてローボールヒッターの多いメジャーですが、ツーシームなど低めに落とす球種が全盛となってきたため、それらを上手にさばくバッターが増えてきたのです。事実、低めのボールをホームランにする確率は急増しており、低めだけで相手バッターを打ち取るのは年々難しくなってきました。

 そこで、高めのストレートを織り交ぜることによって、少しでもバッターに的を絞らせないようにしたのです。特に内角高めのストレートはスピードガンの球速よりも速く感じさせる効果があり、それと同時にスプリットやシンカーなどの低めの変化球も打ちづらくなったというデータも出てきました。

 2015年のスタットキャスト導入以来、徐々に「高めのフォーシーム」を投球スタイルに盛り込むピッチャーは増えています。メジャーのピッチャーがどのようにそれを活用しているか、新たなトレンドとしてチェックしてみるのも面白いと思います。