今年で101回目の開催となるインディアナポリス500。世界で最も長い歴史を誇るレースは、独特の伝統、風習を今も引き継いでいる。普通、レースは週末のみで開催されるものだが、長らくインディはほぼ1カ月をかけて行なわれていた。最近の20年で…

 今年で101回目の開催となるインディアナポリス500。世界で最も長い歴史を誇るレースは、独特の伝統、風習を今も引き継いでいる。普通、レースは週末のみで開催されるものだが、長らくインディはほぼ1カ月をかけて行なわれていた。最近の20年でかなり簡素化が進んだが、現在も月曜日に走行開始すると、毎日6時間もプラクティス(練習走行)をやり、最初の週末の2日間で予選を行ない、さらに決勝レースはその次の週末に開催される。

 今年の予選は先週末に終了した。インディ500決勝の出場台数は伝統的に33台と決まっていて、これでレースを走る33台が決定。その中のひとりがフェルナンド・アロンソである。もし予選だけで2週をかけて行なわれていた昔ながらのスケジュールだったら、F1を2戦休まなければならないため、アロンソの参加は困難だっただろう。



インディ500に挑むアロンソと、マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ 2度のF1ワールドチャンピオンとはいえ、インディではルーキー扱いされる。ネルソン・ピケもナイジェル・マンセルもそうだった。ただ、マンセルの場合は、インディカーシリーズにフル参戦したので、インディ500の前にフェニックスのオーバルレースを経験していたし、シーズン前からプライベート・テストも行なえた。

 しかし、アロンソは現役のF1ドライバーで、モナコGPを欠場しての参戦。しかもオーバルレースどころか、オーバル走行自体の経験もゼロだったので、5月初旬に単独でのプライベート・テストが許可され、そこで「ルーキー・オリエンテーション・プログラム」も受けることになった。

 超高速で周回するオーバル走行というのは、ゆっくりとスピードを上げ、少しずつ慣れていく必要がある。だから、インディではルーキー・テストとは呼ばず、「オリエンテーション」という言葉を使う。

「左に曲がるだけのオーバル走行なんて簡単」と考える人は、レーシングドライバーでも少なくない。マンセルはインディ500の前のフェニックスで激しいクラッシュの洗礼を浴びたために、インディではかなり殊勝な態度になっていた。だがピケは、オーバル走行に十分な敬意を払わなかったため、インディでのプラクティスであわや両足を失いかけるほどの大事故を起こした。ミスを犯したときに、容赦ないのがオーバルなのだ。

 その点、先輩チャンピオンたちの経験に学んだのか、もともとの性格なのか、アロンソは最初からインディ500、オーバルレース、そしてインディカーシリーズに真摯に向き合っている。

 初テスト前にアラバマのサーキットに現れたときには記者会見を実施。集まったアメリカのメディアを前に、「みなさん、こんにちは」と挨拶してから質問に答え始め、「レースのトリプルクラウンと言われるF1モナコGP、ル・マン24時間、インディ500で勝ちたい」という夢を明らかにした。インディ初走行後の記者会見でも、アロンソは次々と浴びせられる質問に、実に丁寧に、率直に答えていた。

「ファンがガレージばかりか、ピットロードにもいるというのは、僕の知っている世界とまったく違う」と驚くアロンソだったが、戸惑いながらも、フェンス越しにファンにサインをしていた。

 プラクティスが始まると、F1とはまったく異なるフォーミュラカーにも、インディアナポリス・モーター・スピードウェイという特殊な性格のオーバルコースにも、アロンソは素早く順応している。その様子は「物見遊山や金目当ての参戦ではなく、1回の挑戦で本気で勝ちにきている」ことを強く感じさせた。

「習得に数年かかると言われるノウハウだが、自分はそれらを1週間とか10日間で身につけなければならない」とアロンソ。与えられた時間が短いことを十分に理解し、オーバル走行のマスターに極めて貪欲な姿勢を見せ続けている。午前中はホンダがインディアナポリスに持つシミュレーターに乗り、正午から6時まではコースを走行。これを予選後のプラクティスまで8日間、続けた。

 幸いアンドレッティ・オートスポーツにはチームメイトが5人もいるので、乱気流を浴びながらのトラフィック・ランも体験しやすいし、全員で行なうテクニカル・ブリーフィングからも多くを学ぶことができる。とはいえもちろん、それらはすべて、アロンソが驚異的な集中力を発揮し続けているからこそ実現しているものだ。

 走行中も多くのことをトライし、1ラップずつ、何かしらを学び取る。集中力を途切らせることがない。F1で2度もチャンピオンになるドライバーというのは、それが可能な体力と精神力を備えているということなのだろう。

 アロンソの予選は、直前のプラクティスでエンジンから異音が出たため、フレッシュなエンジンに積み替え、そのチェックのための走行はゼロでのアタックとなった。そのためかターボの制御に不備があり、ブースト圧が規定値を超えたことから減速を強いられた。それでも結果は5位。3台ずつ並ぶ2列目中央グリッドの好位置を確保した。

 アクシデントを起こすことなくプラクティスから予選までの8日間をクリアし、1次予選で7位、2次予選で5位に食い込んだアロンソ。マシンコントロール能力の高さ、技術に対する深い理解度に加え、マシンの動きを細かな部分まで感じ取る能力によって、危機を回避し続けた。

 ただし、今週末のレースは、予選とは大きく異なる戦いになる。ハイスピードで走るインディカーは後方に乱気流を巻き起こすが、前方を行く複数のマシンが取るポジションは常に変化し続ける。空気の流れも瞬間、瞬間で変わる。空気の流れは目には見えないので、どのような状況でマシンがどんな影響を受けるのか、知識を持った上で予測をしてマシンをコントロールできなければ、インディ500で勝つことは難しい。

 アロンソはこの8日間で、トラフィックの中での走りをかなり経験してきたが、優勝できるだけのノウハウを身につけることができたかどうかはわからない。500マイルの長丁場なので、レースを戦う中で、さらに多くをマスターしていくことも、F1チャンピオンには可能だろう。

 しかし、「すべてがうまくいったときにのみ勝てる」のがインディ500だ。6回以上行なうピットストップでは、アロンソ自身もそうだが、クルーもミスをする可能性はある。マクラーレン・ホンダ・アンドレッティはインディ500だけのワンオフ・チーム。そこも弱点といえば弱点だ。

 いずれにしても、きたる日曜日、アロンソは驚くべき戦いぶりで我々を楽しませてくれるだろう。優勝争いに絡んでくるのは間違いない。