よほどの野球好きでない限り、気にも留めなかっただろうが、4月22日、独立リーグのルートインBCリーグでノーヒット・ノーランが達成された。新潟アルビレックスBCのジョシュ・トルス(27歳)が、長岡悠久山球場で行なわれた武蔵ヒートベアーズ…

 よほどの野球好きでない限り、気にも留めなかっただろうが、4月22日、独立リーグのルートインBCリーグでノーヒット・ノーランが達成された。新潟アルビレックスBCのジョシュ・トルス(27歳)が、長岡悠久山球場で行なわれた武蔵ヒートベアーズ戦で、BCリーグ史上5人目の偉業を成し遂げたのだ。



4月22日の試合でノーヒット・ノーランを達成した新潟アルビレックスBCのトルス トルスはここまで5勝(0敗)をマークし、防御率1.72(5月24日現在)。さらに完投数3も堂々のリーグトップと、まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せている。その実力は独立リーグの域を超えていると言っても過言ではない。

 それもそのはず、彼は今年3月に行なわれたWBCにおいて、オーストラリア代表の一員として、世界のトッププロ相手に堂々たるピッチングを披露していたのだ。地元記者の間では、シーズン途中でのNPB移籍候補の最右翼として名前が挙がっている。

 実はトルスのことは、WBC前にオーストラリアのウインターリーグ関係者からイチ押しの選手としてその名は聞いていた。

「背は小さいんだけど、140キロは軽く超えるよ。とにかくいいピッチャーだから、日本戦に投げれば、侍ジャパンのメンバーも苦労するんじゃないかな。NPBに行く力は十分あると思う。いま行き先を探しているんだけどね……」

 WBC前、トルスに「リーグ関係者からイチ押しの投手だと紹介を受けた」と伝えると、彼は喜びつつも「まだ、今シーズンのプレー先が決まっていないんだ」と口にしていた。日本では、シーズン直前に所属先が決まっていないというのは異常事態だが、オーストラリアでは決して珍しいことではない。

 2004年のアテネ五輪の銀メダル獲得に象徴されるように、一時期のオーストラリアは世界勢力図において強豪の地位を脅かす存在だった。しかし、この2004年をピークに下降の一途をたどり、一昨年秋に開催されたプレミア12には出場さえもかなわなかった。

 オーストラリアにもかつてはプロリーグがあったが、2002年に休止。その後、2010年秋にMLBの後押しによってプロリーグが再開されたが、俗に言うウインターリーグで、開催期間は4カ月ほど。試合数も40~50試合前後である。

 しかも、この国では野球はマイナースポーツの域を出ず、プロ野球リーグといっても、観客動員数は日本の独立リーグとさして変わらない。

 当然、選手への報酬も多くは支払えず、日本円にして月給10万円に満たない選手が大半だという。それだけでは生活できず、ほとんどの選手が仕事を持ちながらプレーしている。

 アテネ五輪でエース・松坂大輔から決勝打を放ったのはトラックの運転手だったと報道され、日本の野球ファンは驚かされたが、彼らは我々がイメージするような草野球のおっちゃんなどではない。プロレベルのスキルを持ちながら、それを磨ける場所が、この国の選手たちにはないのだ。

 そのようなオーストラリアの選手にとって、国際大会はまさに”就活”の場であり、モチベーションの高さゆえ、時にはアテネ五輪のようなジャイアントキリングが起こる。

 今春のWBCでオーストラリアは1次ラウンドで姿を消したが、選手たちの落胆ぶりはテレビに映った表情からも明らかだった。チームの敗退もさることながら、彼らが何よりも悲しかったのは、自分をアピールする場を失ったことなのだ。

 トルス自身は、WBC本戦では出番がなかったものの、阪神、オリックスとの強化試合ではリリーフとして登板。計2イニングを無失点に抑え、3奪三振と好投した。まだ肌寒い気候のせいか、ストレートは130キロ中盤がほとんどだったが、NPB相手にも十分通用するところを見せつけた。

 とはいえ、編成はとうに終わり、シーズンを直前に控えるNPB球団との契約が簡単に舞い込んでくるとは考えづらい。そこでトルスの才能を買っていたオーストラリアリーグのスタッフが、新潟アルビレックスBCと接触した。この球団には過去にも多くのオーストラリア選手が在籍している。今回のWBCでオーストラリアの4番を務めたミッチ・デニングは、2015年のシーズン途中に大砲不在に悩むヤクルトに入団したことがあった。

 WBCの1次ラウンド終了後、トルスは契約書にサインし、一旦帰国後、3月下旬に再来日した。

 トルスが野球を始めたのは、少年時代だった。クリケットにサッカー、ラグビーといったスポーツが盛んなオーストラリアにおいて、なぜ野球を選んだのかを問うと、「だって、あまり走らなくていいじゃないか」と、冗談とも本気ともつかない答えが返ってきた。親に教えてもらったTボール(投手の投げた球を打つのではなく、ゴムの台に置かれたボールを打つ競技)をきっかけに始めた野球は、彼の性分に合っていたようだ。

 大男が揃うオーストラリアにあって、トルスの170センチという身長は、接触の多いラグビーやサッカーにはたしかに不向きなのかもしれない。野球を続けていくなかで、トルスはサウスポーということもあり、投手を任されるようになった。その後、アメリカの短大に進み、そこで本場のベースボールに触れた。

 短大を卒業し帰国すると、プロリーグが復活していた。地元球団であるアデレード・バイトに入団したが、登板機会は一度しか巡ってこなかった。それでも自身の可能性に見切りをつけることができず、より高いレベルを目指して再度渡米。4年制の大学に入り直して、大学でのプレーを続けた。

 しかし結局、MLBのドラフトにかかることはなかった。母国に戻り、職を探す道もあったが、トルスはアメリカの独立リーグでチャンスを待つことにした。若手中心のフロンティアリーグのトライアウトを受験したが受からず、荷物をまとめようと思っていた矢先、別のリーグから声がかかった。

「あそこは大変だったよ。遠征なんかも、みんな自力で車に乗っていくんだから(笑)。大学の方がよほどマシだったよ」

 ここ10年ほどで新たに立ち上がった独立リーグは、待遇の悪さとプレーレベルの低さで知られている。トルスが契約を結んだペコス・リーグの報酬は週50ドル。そんなリーグから抜け出し、ビッグマネーを手にする者など、ほとんどいないのが現状だ。しかしトルスは、針の穴からかすかに洩れる光に向かっていった。

 2014年シーズン、トルスは20試合に登板して8勝を挙げる活躍を見せる。奪三振数は投球イニング数の97回2/3を超える109を記録した。防御率3.22は少し物足りないようにも見えるが、狭い球場で打高投低が著しいこのリーグの事情を考慮すると、決して悪い数字ではなかった。

 翌2015年シーズンからは、2A級とも称される独立の名門、アメリカン・アソシエーションに移籍。ここでメキメキと頭角を現す。しかし、多くの選手が口を揃えるように、20代後半を迎えた外国籍の選手と契約するメジャーの球団はほとんどない。傘下のマイナーリーグのチームはあくまで若手選手の育成の場であり、ビザ枠の関係もあって、トップチームでも通用するような即戦力でもない限り、契約を勝ち取るのは至難の業だ。

 そんなとき、トルスの耳に入ったのが日本の独立リーグ行きの話だった。いきなりNPB球団との契約はできなくても、スカウトが頻繁に足を運ぶようになった独立リーグでプレーすれば、チャンスはあるかもしれない、とトルスは聞いた。

 今年の5月5日、トルスを見に長野県小諸市の南城野球場に足を運んだ。この試合でもトルスは信濃グランセローズ相手に見事なピッチングを披露した。

 序盤から力のあるストレートが低めに決まり、独立リーガーたちはまったく歯が立たない。さらに、変化球とのコンビネーションも素晴らしかった。力勝負を好むオーストラリア人には珍しく、初球から変化球でストライクを取る術(すべ)を知っているし、追い込んでからもためらうことなく決め球に変化球を使っていた。持ち球は、ストレート、カーブ、スライダー、チェンジアップ、ツーシームと、実に多彩だ。それでも「自分の一番いい球はストレート」と言うところに、投手としての矜持を感じる。

 6回に1点を許したが、結局、失点はこれだけ。試合終盤でもスタミナ切れすることなく、完投でシーズン4勝目を挙げた。ここ数年、トルスはアメリカでも母国でもリリーフとしてフル回転してきたが、日本では先発の柱として活躍しており、体力的に疲れはないのか聞いてみた。

「まあ、これも新しい経験かな。アメリカでは先発しても6回か7回で交代だったけどね。BCリーグは、アメリカと比べてブルペンの人数も少ないので、なるべく負担を減らさないといけないしね。そもそも投げることが好きだから、そんなに苦にはならないよ。それより朝が早いのがつらいね(笑)。今日も5時に起きて、ここまで来たからね」

 アメリカではほとんどがナイトゲームだったが、週末中心に試合が行なわれるBCリーグではデーゲームが多い。特にビジターの場合は、一旦集合してからチームバスで移動となるため、さすがにこれは堪えるようだ。

 来日の目的について、トルスは「NPBに行くため」とはっきり言う。3月の強化試合の経験は、彼の自信を確信に変えたようだ。

 その可能性について、昨年まで横浜DeNAベイスターズで活躍した新潟アルビレックスBCの長田秀一郎兼任コーチは、次のように語る。

「(外国人)枠の問題があるから安易なことは言えませんが、可能性はあると思いますよ」

 長田によると、ストレートは140キロ台後半を記録するようになり、タイミングが取りづらい独特のフォームも、NPBの打者は手を焼くだろうとのことだった。ただ、身長の低さがネックになるかもしれないとも付け加えた。

「やっぱり体の大きさは大事ですね。球の角度もあるけど、結局は体力なんですよね。同じような成績で、同じような速さのストレートを投げるのであれば、どうしても体が大きい方に(スカウトの目は)いきますから」

 独立リーグと違い、NPBの試合数は140を超える。ここで戦力になるには、相当のスタミナが必要になる。いまトルスが完投を続けている背景には、これらのことが関係しているのかもしれない。

 トルスは、最後にこう言った。

「WBCの舞台に立って、日本の野球の素晴らしさを実感したよ。これまで4万人を超える観衆の前でプレーしたことなんてなかったからね」

 トルスはあくまで前向きだ。野球を続けたい一心で、海を渡り、日本の地にやって来た。ジャパニーズドリームを追いかけて、今日も独立リーグのマウンドに立っている。