高校通算63本塁打を放っている世代屈指のスラッガー、高松商主将の浅野翔吾(中央) 8月6日に開幕する夏の甲子園出場をかけた地方大会もいよいよ大詰め。春九州王者の神村学園(鹿児島)、夏V7度の中京大中京(愛知)など強豪校が各地で敗退するなか、…



高校通算63本塁打を放っている世代屈指のスラッガー、高松商主将の浅野翔吾(中央)

 8月6日に開幕する夏の甲子園出場をかけた地方大会もいよいよ大詰め。春九州王者の神村学園(鹿児島)、夏V7度の中京大中京(愛知)など強豪校が各地で敗退するなか、四国・香川大会では、ドラフト有力のスラッガーが主将を務める名門校が順調に決勝戦へ勝ち上がった。

 そのスラッガーの名は、高松商の中堅手・浅野翔吾(3年)だ。171センチ86キロの小兵だが、50メートル走は5秒9の俊足、遠投は115メートルの強肩、高校通算63本塁打の強打を兼ね備える高卒最注目の野手である。昨夏は甲子園で本塁打も放ち、確かな爪痕を残した浅野は、集大成の「最後の夏」をどのように闘っているのか。現在地に迫りたい。

負傷や厳しいマークにもがいた時期を経て

 浅野は、高松商入学当初からフリーバッティングで場外弾を連発。1年秋の四国大会では、高知・森木大智(現・阪神タイガース)から3安打を放つなど早くから頭角を表し、ここまで清原和博氏の高校通算本塁打記録64本にあと1本に迫っている。

「あれは理想的なバッティングでした」

 本塁打を連発した同郷の香川県出身、中西太氏(元・西鉄ライオンズ)以来の「怪童」とも称される浅野がことあるごとに話す「忘れられないアーチ」があるという。

 それは2021年夏、甲子園での3回戦、智辯和歌山(和歌山)戦6回裏に放ったソロ本塁打。のちに優勝投手となる中西聖輝(現・青山学院大)のスライダーに対し、「バットがしっかり振り抜けた」と言う一打は、打った瞬間にそれとわかる弧を描いて左翼席へ。高校通算36号を放ったその時、浅野は全国区にスケールアップした。

 しかし、この一打は同時に彼と高松商を苦しめる一因にもなる。浅野が主将となった新チームは昨秋、県大会準々決勝で英明に夏決勝戦のリベンジを果たされ、2対3と敗戦。浅野自身は2打数1安打1打点の一方、3四死球と厳しいマークに屈した。

 さらに今春は県大会中の練習で負傷し、準決勝以降をやむなく欠場。3対13と惨敗に終わった英明との決勝戦は、ベンチ最前列でチームメイトを鼓舞しつつ、目を赤くする浅野の姿があった。その後、四国大会では戦列に復帰するも本調子とはほど遠かった。この時期、スカウト陣からは、「無理してコンディションやフォームを崩しても困る」という声が多く聞かれた。

 浅野はもがき続けていた。

イチローから学んだこと

「イチロー流とは? 常に"全力"の中で、形を作る!」

 高松商グラウンドの一塁側ベンチ奥にあるホワイトボードには、練習メニューやスローガンとともに、そんな文字がある。昨年12月、高松商へ特別指導に訪れたイチロー氏の言葉である。

「例えば、キャッチボール一つとっても、それまでの自分はテキトーにやっていた部分がありましたが、最初から全力で投げることを学びました」

 イチローの指導をそう振り返る浅野。取材を通じても、その後の彼は明らかに言動が変わったと感じられた。

 まだ春先の負傷が完全には回復していなかったある日の練習。最後のメニューは15分間走だった。本来であれば回避してもいいメニューだが、彼は言い切った。「やります」。主将として自分のコンディションでできる全力を体現することで、「フォア・ザ・チーム」の精神を植えつけようとしたのだ。

 浅野は、中学3年時には侍ジャパンU-15代表に選出され、「BFA U15アジア選手権」を制覇。県内外の強豪校からオファーがあったなかで地元の高松商を選択した。その大きな理由として、長尾健司監督の「自分たちの自主性を尊重してくれる」(浅野)という方針があった。そして主将として、長尾監督が掲げる「自走する集団」の作り方も理解し始めていった。

 そんな浅野をサポートする輪もチーム内に自然にひろがっていった。香川大会で3番・二塁手を務める渡邊升翔(3年)はこんな話を明かしてくれた。

「浅野は上級生がいるなかで1年夏からレギュラー。素直にすごいと感じたし、彼についていこうと思いました。逆に言えば、だからこそ『浅野だけに頼ってはいけない』とは3年生の間で話しています」

 迎えた最後の夏。初戦の2回戦・坂出戦こそ先頭打者アーチでド派手な活躍を見せた浅野だったが、その後、藤井との3回戦、坂出商との準々決勝は勝負を避けられる場面もあり3試合で8打数3安打3打点。だが5割を超えるチーム打率で周囲が奮起し、丸亀との準決勝へ駒を進める。

 そして......、ついに大器が目覚めた。

ポテンシャル+探究

 準決勝丸亀戦、1回裏先頭打者で右打席に入った浅野への初球。125キロのインハイストレート。詰まり気味と思われた打球はそのままレフト芝生席へ。「あのコースはたたきにいったらファウルになる。詰まらせて最後に押し込むところに技術力の高さを感じる」と、視察に訪れた中日ドラゴンズチーフスカウトの音重鎮氏も絶賛した。実はここにも「怪童」の探究があった。

 6月を前に理想のスイングを考えるなか、1年前とはサイズや基礎体力に変化があることに気づいた浅野。「現状のものでは短すぎる」とこれまで83センチだったバットを85センチに変えていた。そして、「比較にならないくらい振り抜きがよくなった」と実感した直後、済美(愛媛)との練習試合ダブルヘッダーでは3発の場外弾を放つ。本塁打量産体制に入っていたことが、丸亀戦での先頭打者アーチの要因ともなった。

 そして4点リードの4打席目では、丸亀2番手のアンダーハンド・黒木雄太(3年)に対し、「変則の右投手には必要」と昨秋から準備していた左打席へ。結果はフェンス手前まで飛ぶ右飛に終わった。しかし、ヤクルトスワローズ中四国地区担当スカウトの押尾健一氏は「あまり練習していないはずなのに、スイングもキレイだし、あそこまで飛ばせるのはすごい。プロでスイッチヒッターの可能性も十分あると思う」と評価した。



丸亀戦の4打席目で左打席に立った浅野

 こうして3打数2安打1打点2得点1盗塁とダイヤモンドを走り回った浅野の活躍もあり、3大会連続22度目の甲子園に王手をかけた高松商。決勝の相手は3大会連続で英明。コロナ対策を敷くなかにあっても準決勝では2000人以上が詰め掛けている。決勝では、高校野球ファンのみならず香川県民のヒートアップは必至だ。

 だが、浅野が準決勝後に話したのは、やはり今大会言い続けている言葉だった。

「一個ずつアウトを取って守り勝つ野球をする。27個アウトを取ることは大変ですが、そのアウトを全力で取りにいきます」

「守りからリズムをつくって攻撃につなげていく」。もちろん、その攻守の柱は浅野。そういえば、かつてスコアラーを経験した前出の押尾氏は、以前こんなことも口にしていた。

「僕がチーフスコアラーだった頃、(ウラディミール・)バレンティンはよく相手投手を研究していた。それが2013年の60本塁打につながったと思います。浅野くんのポテンシャルはすごいけど、将来的にはそんなバッターになってほしいですね」

 英明の先発は最速142キロ左腕・寒川航希(3年)が濃厚。はたして、春に悔しい思いをし、入念な準備をしてきた浅野がどんな「探究成果」を大一番で見せられるかーー。