アメリカ・オレゴンで開催されている世界陸上選手権の女子やり投げ決勝で、銅メダルを獲得した北口榛花(きたぐち・はるか/JAL)。最終6投目でその日の最高となる63m27を投げたにも関わらず、頭を抱えて座り込んだ。最高の笑顔で世界陸上を終えた…

 アメリカ・オレゴンで開催されている世界陸上選手権の女子やり投げ決勝で、銅メダルを獲得した北口榛花(きたぐち・はるか/JAL)。最終6投目でその日の最高となる63m27を投げたにも関わらず、頭を抱えて座り込んだ。



最高の笑顔で世界陸上を終えた、やり投げの北口榛花

「5投目はグリップがうまく握れなくて、やり先が下を向いたままだったのですが、それでも55m位まで飛んでいたので、コーチに『それくらい力があるなら、普通に投げられるでしょう』と言われて6投目に臨みました。その6投目もあまり、完璧な投てきができたというイメージはなくて、『ちょっと物足りない』くらいの内容だったし、スクリーンの映像を見ても3位のラインより手前に刺さっているように見えたので、『アーッ、ダメだったか』と思って座り込んでしまったんです」

 2日前の予選では、1投目にシーズンベストの64m32を投げ、1位で決勝進出を果たしていた北口。決勝のこの日も「最近は大事にしている」という1投目で3位につける62m07を投げ、4投目以降のトップ8進出を確実にしていた。デービット・セケラックコーチからは1投目のあとに「今日は65mを狙える」と言われていただけに、悔しさがあったのだろう。

「2番になったとわかった時はすぐにコーチのところに行ったけど、残りのメンバーを見たら絶対に(遠くまで)投げてくるとわかっていたし、2cm差と5cm差だったから、絶対にダメだと思って。それでコーチに『このあとの競技は見るな』と言われて、スタンドのほうを向いていました。やはりアメリカの選手は強かったし、最後の中国の選手も強いから、すごくドキドキして待っていました」

 5投目終了時点で5位に落ちた北口の6投目の試技順は4番目。3投目に今季世界最高の66m91を投げたケルシーリー・バーバー(オーストラリア)のメダル獲得はほぼ確定しているなか、北口は63m27で2位につけたが、次のカラ・ウィンガー(アメリカ)が64m05を投げ、順位は3位に落ちた。

 あとには1投目に自己ベストの63m22を投げているマッケンジー・リトル(オーストリア)と、4投目に63m25を投げていた東京五輪優勝のリュウ・シエイ(中国)が控えていた。しかし、ふたりの記録は伸びず、北口の3位が決定した。ホッとした瞬間、自然に涙が流れていた。

自ら切り拓いてきた道

 今回のメダル獲得は女子フィールド種目として日本人初だった。その大きな原動力になったのは、日本選手権後、6月18日のダイヤモンドリーグ・パリ大会で63m13を投げて優勝しながらも、世界陸上前の事前会見で、「今大会はずっと入賞を目標にやってきた」とあくまでメダルと言わなかった冷静さにある。そう発言した理由をこう話す。

「正直、自分のなかではメダルと言うべきか、入賞と言うかをすごく迷ったのですが、東京五輪までは自分のなかでかなり速いスピードでの成長を求められた感じがしました。これからはゆっくりステップアップしていきたいという気持ちになり、『入賞をしたい』と言える自分になれたのだと思います」

 東京五輪は予選で62m06を投げて全体6位で通過しながらも、決勝では身体に痛みが出てきて55m42しか投げられず12位という悔しい結果に終わっていた。そこから冷静に自分を見つめ直すことができたのも、苦しい時期を経験し、自ら道を切り拓いてきた彼女だからこそだ。

 高校3年だった2015年に、世界ユース選手権で優勝して以降、期待されるようになった北口だが、2016年に日本大学に進んでからは右肘を痛めた上に、コーチ不在の時期もあって低迷した。そんななか、2018年の11月にフィンランドで開かれた、やり投げの国際講習会でチェコ人のセケラックコーチの指導に興味を持ち、メールで交渉した。コーチ不在を心配した高校時代の恩師から、「チェコの投げ方は北口に合うと思う」と言われたこともあと押しになった。

 2019年から指導を受けるようになると、5月には64m36日本記録を出して世界選手権(ドーハ)にも出場。その大舞台は6cm差で予選敗退となったが、10月には日本記録を66m00まで伸ばし、東京五輪もメダル獲得を期待されるまでになっていった。

強くなって見える世界

 今回の世界陸上選手権の決勝では1本目に3位につけると、「62m台でメダルはあり得ないと思った」と言いながらも、メダルへの思いが少しずつ芽生えていた。「(目標は)入賞と言っていたから、メダルがほしくなったと言ってもくれないかなと思っていた」と笑う北口だが、その小さな欲が5投目までのミスにつながったのだろう。しかし、最後の6投目は無心ともいえる状態だった。

「5位に落ちた時はなにか、『これが自分の、乗り越えなきゃいけない局面だ』と思っていました。ここ最近の試合は前半の投てきを意識していたから、6投目が強いというイメージはなかったと思います。でも高校時代は6投目が強かったので、その気持ちを思い出して、『私は6投目もできる子だ』と思っていて......。『誰より投げる』というのではなく、自分がもっと投げられるはずなのに、できないというのがすごく嫌だったので。『今の自分が投げられる最大限の距離を投げたい』と思って臨みました」

 コーチとの関係も東京五輪以降は変わったと話す。それまではコーチの言うことが絶対だったが、今では自分の意見も言えるようになり、「やっと普通のコーチと選手の関係になったのだと思う」と笑う。そしてこの日も、試合中にケンカをしたと明かした。

「コーチのほうが緊張していて、私が投げる時に力んでいたとは思うけど、『集中しろ、集中しろ』と毎回言ってきたので、『ここにいて集中しない人はいないでしょう』と思って腹が立ったのでケンカをしたんです。これで結果が悪かったら最悪の雰囲気で帰ることになっただろうけど、メダルが獲れたからよかったです。ただ、最後に『おめでとう』と言ってくれたけど、『6投目が64mいかなかったのが残念だ』と言われたから、『あーっ』と思いながら聞いていました(笑)」

 今回のメダル獲得で北口への注目は一気に高まってくるだろう。今後は来年の世界選手権(ブダペスト)と2024年パリ五輪が続き、2025年には世界選手権が東京で開催される。そこまで休める年がなく、メダルを期待され続ける、精神的な負担は大きいはずだ。こういった状況に苦しんだ選手は過去にも多い。

 だが、北口はその懸念にも「パリ五輪までは今のコーチとやるつもりで日本にもそんなに帰らないし、シーズン中はチェコを拠点にしてヨーロッパで試合に出るつもりなので大丈夫だと思います」とあっさりと言う。

 彼女なら、そのおおらかな性格で、プレッシャーも跳ね飛ばしてくれそうだ。