レッドブルリンクの緑に柔らかな陽射しが降り注ぎ、メインストレートの上を超低空で幾機もの飛行機が通り過ぎ、空を見上げた人々が歓声を上げる。 決勝のスターティンググリッドへ向けて、マシンが走り出すまであと20分。レーシングスーツに身を包んでピ…

 レッドブルリンクの緑に柔らかな陽射しが降り注ぎ、メインストレートの上を超低空で幾機もの飛行機が通り過ぎ、空を見上げた人々が歓声を上げる。

 決勝のスターティンググリッドへ向けて、マシンが走り出すまであと20分。レーシングスーツに身を包んでピットガレージに姿を見せた角田裕毅は、グリッドに向かう準備を終えてピットレーンにいたメカニックたち一人ひとりと力強い握手を交わした。

 この時点で、角田は心に決めていたはずだ。決勝は絶対に、最後まで冷静に走りきろうと。



アルファタウリのマシンに苦労した角田裕毅

 マシンには前日のフリー走行2回目から明らかな異常があった。タイヤがタレてくるとその問題が顕著に出て、フロントもリアもマシンの踏ん張りがまったく利かない状態になる。

 FP2のあとにチームがマシンのあらゆる箇所、あらゆるデータを調査したものの、問題は見つからなかった。しかし、スプリントレースではその症状が続き、チームメイトのピエール・ガスリー車と比べても明らかにグリップレベルが低く、17位まで順位を落として23周のレースを終えた。

「フリー走行(FP2のロングラン)からペースが異次元に遅くて、それがなぜなのかはちょっとわからないです。FP2の時点で問題があるのはわかっていたんですけど、スプリントレースまでにデータ上でその問題を見つけ出すことができなかったんです。これからしっかりとデータを見てみたいなと思います」

 中高速コーナーが連続するバルセロナでも、ダウンフォース不足のAT03はコーナリング中のスライド量が多く、タイヤ表面がオーバーヒートすることでグリップ不足に陥っていた。しかし今回は、明らかにそれとは違う症状だと角田は言った。

「バルセロナの時は、スライドすると言ってもチームメイトと同じくらいのスライド量でしたし、ちゃんと普通の予想どおりのスライドの仕方でした。でも、今回は全然違うので......全体的なグリップレベルが低すぎるのと、マシンバランスも予測できない挙動を示していました」

すべてのグリップが足らない

 レース中盤、スタートで他車と接触して後方から追い上げてきたガスリーに対し、ポジションを譲れという指示が角田に出された。フロントウイングとフロアにダメージを負ってペースが上がらないガスリーよりも遅かった。

 前戦イギリスGPでチームメイト同士のバトルを巡って論争があり、オーストリアGPの予選でもアタック直前にガスリーが角田を追い越したことで、角田はQ3進出のチャンスを逃した。

 チーム内に不協和音が響き始めていただけに、緊張感も漂うチームオーダー発令だったが、角田は大人しくこれに従った。

「それはもう全然、妥当な指示だなと思いました。大きなダメージを負っていたはずのピエールと比べても、僕はもう完全にペースが遅すぎたので。(予選後は)チーム内で話し合って、チームとしては何が起きたかわかっていますし、今後ああいったことが起きないようにある種の合意も交わしましたし、僕としてもある程度は納得しました。チームとして次に進みたいなと思います」

 土曜の夜から再びマシンの徹底的なチェックを行なったものの、問題は明らかにはならなかった。つまり、スプリントレースと同じ状態のまま決勝に臨み、3倍の燃料を搭載して3倍の距離を走らなければならない。

 決勝がつらく絶望的なレースになることは、この時点でわかっていた。またフラストレーションが高まれば、冷静さを失い、集中力を失ってしまうかもしれない。

 そんな自分の弱さと向き合い、克服する。最後まで感情を抑えて冷静に走りきる。自分のため、そしてチームのために。

 予想どおり、レースはかなり厳しいものとなった。

「フロントだけでなくリアも滑りますし、もう全部でした。コーナーの進入がすごいオーバーステアで、ミッドコーナーではアンダーステアで最後(出口)はまたオーバーステアで、トラクションもかからずという状態で、本当に全体的にグリップがまったくない状態でした。

 絶対、クルマに何か問題があると思うんですけど、FP2からチームが全力で探してくれたものの、なかなか見つからずに終わってしまいました」

 つまり、ブレーキング時にはリアが不安定で、コーナーに入って行くとフロントが食いつかずに逃げていき、コーナーからの脱出でもリアのグリップが足りずに立ち上がっていけない。すべてにおいてグリップが足りず、ドライブするのが困難なマシン状態だった。

レース前の決意を守り抜いた

 中団グループ上位勢についていくことはできず、アルファロメオの周冠宇を抑え込むので精一杯だった。それでも1回目のピットストップを終えても周冠宇を抑え続け、一度は抜かれても2回目のピットストップで周が5秒加算ペナルティを消化したため再逆転して、54周目までポジションをキープして見せた。

 生き残った17台中17位でフィニッシュし、セバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)の5秒加算ペナルティで繰り上がり、リザルトは16位。



オーストリアGPを制したのはフェラーリのルクレール

 リザルトとしては、取るに足らない結果かも知れない。しかし角田にとっては、大きな意味のある71周のレースだった。

 フラストレーションの溜まる状況下で、いかに自分の精神状態をコントロールしていたのか?

 そう聞くと、角田はこう答えた。

「今までの自分だったらフラストレーションが溜まって、集中力を欠いてしまうような状況だったと思います。だけど、今日はレース全体を通して集中力を保ってコンスタントな走りができたと思います。

 10周目よりも前に2回のトラックリミット違反を犯したと言われたあとも集中して(4回の)トラックリミット違反でペナルティを科されることもありませんでした。そういうレースができたのはポジティブなことだと思っています。

 僕としては全力を出しきれました。シルバーストンではとっ散らかった週末になってしまいましたが、今後はどんな状況下でも落ち着いてこういうレースができるようにしていければと思っています」

 レース前の決意を守り抜き、角田は最後まで自分をコントロールした。チーム内での不協和音に押しつぶされそうになったこの2連戦だったが、角田はそれを乗り越えた。そしてマシンの不調も乗り越え、自分の弱さと向き合い、克服した。

 16位というリザルトだけではわからない。大きな価値を手に入れた。

 次は万全に整ったマシンで臨み、レーシングドライバーとしてさらに一歩成長した姿を見せてもらいたい。