「試合になると、負けたくない気持ちは湧いてくる。そこじゃないかな。『よりよいプレーを見せるんだ』という、テニスを始めた時の原点に、いかに立ち返るか。それしかないのかな......」 彼がそう言ったのは、今年1月下旬の全豪オープン決勝後のこと…

「試合になると、負けたくない気持ちは湧いてくる。そこじゃないかな。『よりよいプレーを見せるんだ』という、テニスを始めた時の原点に、いかに立ち返るか。それしかないのかな......」

 彼がそう言ったのは、今年1月下旬の全豪オープン決勝後のことだった。

 敗戦後の会見、ではない。勝利を......それも、フルセットの熱戦を制した末の優勝会見である。

 それにもかかわらず、彼の表情や絞りだす言葉に、華やぎの色は薄かった。決勝の日の朝まで、プレーの感覚はよくなかったという。優勝への渇望を、自分のなかに見出すこともできなかった。



今季の全仏で48個目のGSタイトルを手にした国枝慎吾

 それでも手にした栄冠に、彼自身が戸惑っている。あの日の優勝会見での国枝慎吾は、そんな矛盾のなかにいるようだった。

「東京パラリンピックが終わり、US オープンはその流れでなんとか乗りきったけれど、そのあとはけっこう大変でしたね。もう、あれ以上の大会は僕のなかでこれから訪れないだろうな......と悟っちゃったところもあったので」

 東京パラリンピックの涙の金メダルから、約10カ月----。ロンドン郊外で行なわれた車いすテニスのクリニックで少年・少女たちと交流した国枝は、人生のなかで最も暑かったあの日々を懐かしそうに振り返った。

「これから先、同じだけの気持ちをぶつけられる大会があるのかと言ったら、たぶんないだろうなと思うところもあって。僕、今までどの大会で勝っても、感傷に浸ったことがなかったんです。でも、今回のパラリンピックばかりは浸っちゃったんですよね。

 大会が終わったあとでも、当時の写真を見ると自分でもグッと感動しちゃうところもあったので。その余韻に......ね。ある意味、幸せなことでもあるんですが、テニスへのモチベーションでは足を引っ張っているところも、もちろんあって」

 過ぎた夏への郷愁は、「浸る」時間が長くなるにつれ、どうしようもない喪失感へと変わっていった。

最後の試合と思った全豪決勝

「寂しさを感じるというのは、そういうことなのかな。そろそろ辞めるべきなのかな」

 こみ上げるその思いを無理に打ち消すこともなく、彼は自分自身に「その時がきたのか?」と幾度も問いかけた。昨年末、オーストラリアに旅立つ際にも「全豪オープンで優勝するぞ、という気にはなかなかなれなかった」と打ち明ける。

「なにも見えない状態で、テニスはぼんやり続けていた」という日常は、全豪オープンを戦いながらも続いた。決勝戦のコートに向かう前、ロッカールームの鏡のなかの自分に「俺は最強だ!」と檄を飛ばすも、返ってくる言葉はない。

「これが、最後の試合になるのかもな」

 幾度も心に浮かんだ疑念が濃くなるのを感じながら、国枝は決戦のコートへと漕ぎだしていた。

 ところが......である。そんな状態でコートに入ったにもかかわらず、決勝での彼は「キャリアでベストの試合ができた」という、不思議な領域を体験した。

 とりわけ自分でも驚いたのが、最終セットで2本連続放ったバックハンドでのダウンザラインのウイナー。

「あんなショットは、練習でも打てたことがない」

 それは、3時間に迫る長い試合のなかで、何百と打ったショットのうちの、たった2本である。だが、「自分でもどう打ったかわからない」という一打は、国枝があきらめかけていた"未知なる自分"と出会える希望となった。

「あれは今までにない手応えで。あのあと、日本に帰ってから再現しようとしても、なかなか難しかったんですよ」

 少年のように目を輝かせ、38歳のレジェンドが語る。

「あのショットを打つ自分を、めっちゃ何回も動画で見ました。『どうやって打ってるんだ?』って思いながら、スローモーションにして何度も見直して」

 その作業をくり返すうちに、思ったという。

「このショットをまた目指して、テニスをやっていくのも面白いな」......と。

 たった1本の、会心のショットを打つ快感への、あくなき探求。シンプルなその理念が国枝を駆り立てたのは、それこそがテニスに魅入られた「原点」だからだ。

原点に立ち返った国枝の今

「ああいうショットって、ゾーンに入っている時じゃないと打てないのかもしれない。でも、それを追うことに、今は楽しさを覚えているというか。ほんと原点でしょうね、それって。

 テニスを始めた頃ってやっぱり、そういう純粋な気持ちだったじゃないですか。『こうやって打てばあんなにスピンがかかるんだ!』とか、『こんなにスピードが出るショットを打てるんだ! ああ、もう一回あんなふうに打ちたい!』って思っていた、子どもの頃の心境に本当に戻ったというか」

 無垢な笑顔で次々と言葉を紡ぐ彼は、こみ上げるうれしさがこぼれるように、こう続けた。

「でも、なんか最近、あのショットが再現できつつあるんですよね」

 半年前に放ったバックハンドショット再現への旅は、「すべてのショットを見直す」起点にもなったという。

「フォアにしても、サーブにしても、今はすべてのショットにモチベーションがありますね」と語る王者は、きたるウインブルドンに向けても、新たな挑戦を心待ちにしている。それは、ウインブルドンのシングルスだけが、48のグランドスラム単複優勝を誇る国枝のコレクションに唯一欠けているピースだからでもあるだろう。

 ウインブルドンの車いす部門に、シングルスができたのが2016年のこと。それは国枝が、ひじのケガに苦しめられた時期とも重なる。

「もちろん、このタイトルを獲れなくても『いいテニス人生だった』と言えると思うんですが......やっぱり、ね。どうせだったらコンプリートしたいという気持ちは、当然持っています。

 このウインブルドン・シングルスが、僕が20代の時に行なわれていたら、タイトルを獲っていただろうなとも思うんですよ。2016年はちょうど僕が一番下がっていった時期でもあったので。そういうタイミングももちろんあるけれど、またね、こうやって上がっている状態なので。どうせだったら、獲りたいと思います」

 想いを込めるように文節に挟む「ね」の一音が、紡ぐ言葉に推進力と説得力を生む。

 原点に立ち返り、テニスの楽しさを追い求める永遠のテニス少年は、逃したかに思われた"タイミング"を自らの力で引き寄せ、芝の頂点へと漕ぎだす。