身の毛もよだつ事故とは、まさにこのことだ。 第10戦イギリスGP決勝のスタート直後、ジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)とピエール・ガスリー(アルファタウリ)の接触を発端に、複数台が絡む多重事故が起きた。 そのなかで、ラッセルの左フロン…

 身の毛もよだつ事故とは、まさにこのことだ。

 第10戦イギリスGP決勝のスタート直後、ジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)とピエール・ガスリー(アルファタウリ)の接触を発端に、複数台が絡む多重事故が起きた。

 そのなかで、ラッセルの左フロントタイヤにリアタイヤが乗り上げるかたちになった周冠宇(アルファロメオ)のマシンが宙を舞って裏返しになり、そのまま路面を滑走。そしてグラベルの段差でマシンが跳ね上がり、タイヤバリアに当たることなく飛び越えてデブリフェンス(防護柵)まで行ってしまった。



裏返しになって路面を滑走していく周冠宇のマシン

 金網が持ちこたえてくれたことで、マシンが観客席に飛び込むという最悪の事態は避けられた。だが、タイヤバリアの向こう側へマシンが行ってしまうことが極めて重大な事故であるということは、モータースポーツを知る者なら誰でもが感覚的に知っていることだ。

 2017年に導入されたHALOや、今年も強化されたモノコックを初めとする安全装置の数々がドライバーを守り、周冠宇は無傷で生還した。他車とウォールに計4回も接触したアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)も、病院で精密検査を受けて異常なしと確認された。

 今回の事故は、F1の安全性の高さを証明することになった。しかしそれと同時に、タイヤバリアが一切の意味をなさなかった事態を重く見て、さらなる対策を講じることも必要だ。

 具体的に言えば、ランオフエリアがターマック(舗装路)であれば避けられた事態だった。スパ・フランコルシャンが大改修を施すなどエンターテインメント性のためのグラベル回帰論が訴えられることも少なくないが、今回の事故を見ればこうした風潮を今一度見直す必要があるのではないかと感じさせられる。

 その多重事故のなかに、角田裕毅もいた。

 予想どおりシルバーストンでは苦戦を強いられ、Q1敗退も覚悟していたものの雨の予選に救われるかたちで13番グリッドを確保。しかしスタートで出遅れた結果、目の前でスピン状態になったアルボンのマシンにクラッシュしてしまった。

ふたりが接触した経緯は?

 角田はなんとかピットまで自力で戻ったため、マシンを修復してリスタートすることができた。再スタートでは温まりの速いソフトタイヤでポジションを上げて、8位まで浮上してみせた。前を走るガスリーは雨の予選に合わせたセッティングを選んでおり、角田のほうがペースは速かった。

 だが、チームはふたりのポジションを入れ換えるチームオーダーは出さず、ガスリーと角田を自由に戦わせた。

 その結果、11周目のターン3で角田がインに飛び込もうとしたところにガスリーがターンインし、行き場を失った角田はさらにブレーキを踏み込まなければならず、リア荷重が抜けてスピン。ガスリー車に接触してスピンさせてしまい、結果的にダブル入賞のチャンスを完全に潰すこととなってしまった。

「オーバースピードではなかったですね。あのまま入っていっても、間違いなく出口で白線の内側にとどまることができていたはずですから。そもそも、コーナーの中で抜こうとしたわけではなくて、コーナーに入る前に抜こうと思って仕掛けましたし。でも、彼があんなふうにコーナーの中に入ってからも僕とのバトルを続けるとは思っていなかったんです」

 角田は10周目のターン15でインに飛び込んで前に出たが、ガスリーもあきらめずサイドバイサイドでランオフエリアを走りながらコースに戻ってポジションをキープした。

 しかしそのぶん、最終シケインの立ち上がりが苦しくなり、次のブレーキグポイントであるターン3では角田が優位に立っていた。アウトに行くと見せかけて、ブレーキングでインへ。並んで入っていこうとしたが、ガスリーはポジションをあきらめなかった。

 ターン3へ飛び込んだ時点で角田のマシンは完全に並んではおらず、コーナーへの優先権はない。ガスリーはイン側に1台分のスペースを残してターンインしており、角田はそのスペースで曲がれるターンインをしなければならなかった。

 角田の言う「白線の内側にとどまってクリア」はつまり、相手にスペースを残さないドライビングであり、ターンイン時に前に出ていないドライバーにそれは許されていない。5秒加算ペナルティが科されたのも仕方のないことだった。

 ドライビングミスというよりも、判断ミスだった。

またしてもノーポイント

「僕のほうが明らかにペースが速くて、何周か攻防していたんですけど......今になって見れば、ほかの機会を待つこともできたかなと思いますけど、正直もっとスペースを残してほしかったなというふうには思います。ただ相手もバトルをしているので、そんな簡単に大きくスペースを空けてくれるわけでもないですし、それも僕の予測が悪かったせいですし、次に向けて学ぶべき点かなと思います」

 角田が言外に示したように、チームメイトに対するバトルの仕方は、ほかのチームのドライバーに対するそれとは線引きが異なるのが当然だ。接触のリスクは取らず、チームの利益を優先すべきだろう。

 そういう意味では、ペースの速い角田を先行させず、本来の速さを無駄にした戦略も"チームの利益"には反している。オーバーテイクボタンまで使わせてバトルをさせるのは、守らなければならないソフトタイヤを無駄に痛めることにもなる。



角田裕毅はチャンスを台なしにしてしまった

 アルファタウリは決勝にハードとミディアムを1セットずつしか残しておらず、最初のスタートでミディアムを潰してしまったため、ソフトを使って戦わざるを得なくなってしまっていた。そんな戦略面の不利を背負っているにもかかわらず無駄な争いをさせたという点で、チームの判断ミスでもあったと言わざるを得ないだろう。

 ドライコンディションではQ1突破も難しいだろうという苦境のなか、雨の予選をうまく切り抜け、決勝では7位・8位を走行していた。スペインGPで見せたように、クリーンな週末をまとめ上げることで望外の結果が得られるチャンスだった。

 それを角田自身の判断ミスで台なしにしてしまった。そしてそれは角田だけでなく、チーム全体で避けることのできたミスだった。

 予選で下位に沈んだハースがダブル入賞を果たしたのとは対照的に、アルファタウリはまたしてもノーポイント。もはや、問題がマシンのポテンシャルだけでないことは明らかだ。