前半を終えた時点で、清水エスパルスにほとんど勝機はないように思われた。首位に立つ浦和レッズの本拠地に乗り込んだ一戦。開始30秒にいきなり決定機を作られると、その後も浦和のワイドな展開に対応できず、次々にサイドを崩されてピンチを招く。2…

 前半を終えた時点で、清水エスパルスにほとんど勝機はないように思われた。首位に立つ浦和レッズの本拠地に乗り込んだ一戦。開始30秒にいきなり決定機を作られると、その後も浦和のワイドな展開に対応できず、次々にサイドを崩されてピンチを招く。24分には右サイドをMF関根貴大に突かれ、エリア内でこぼれ球に反応したFW興梠慎三にオーバーヘッドを叩き込まれてしまった。



鄭大世(中央)が度肝を抜くスーパーゴールで清水を蘇らせた 1点を追いかける清水が、そこからどのような反攻を見せるのか。興味はそこに注がれたが、その後も浦和の攻勢が続き、清水はチャンスらしいチャンスを生み出せない。そこにあったのは、明らかな実力差。後半立ち上がりに興梠に2点目を奪われた時点で、清水の敗戦はほぼ決まったと、そう思っていた。

 ところがひとりの男が流れを変えた――。清水のエース、FW鄭大世(チョン・テセ)である。

 64分、FWチアゴ・アウベスのパスに抜け出すと、エリア手前で相手DFの対応を受け、スピードダウン。距離と角度を考えればシュートの選択肢はないように思われたが、この規格外のストライカーは発想が違った。利き足ではない左足を強引に振り抜くと、驚愕の弾道が浦和ゴールに突き刺さったのだ。

 観衆の度肝を抜くワールドクラスの一撃には、日本代表GKの西川周作も「めったに来ないようなシュートだった」と舌を巻くほかなかった。

 このゴールで勢いに乗った清水は、鄭大世、チアゴ・アウベス、そしてFWミッチェル・デュークのパワフルな前線が躍動。69分にはミッチェル・デュークのシュートの跳ね返りをふたたび鄭大世が詰めて同点に追いつくと、2分後にはチアゴ・アウベスが左足インフロントで巻いて、絶妙なコースに逆転ゴールを叩き込んだのだ。

 清水にとっては奇跡的な、浦和にとっては悪夢の7分間。まるで勝ち目がないように見えた清水が見せた鮮やかな逆転劇は、サッカーの醍醐味と恐ろしさを同時に味わわせてくれた。

 それにしても鄭大世である。昨季のJ2得点王は、2年ぶりに戻ったJ1でも絶大な存在感を放っている。この試合を迎えるまで清水は5試合勝利から見放されていたが、この間に鄭大世もノーゴールだった。

「正直きつかったです。こういう(点の獲れない)経験は何度もありますけど、今回はキャプテンとしてエースとして、自分が決めてないから試合も勝ててなかった。責任を感じていたし、試合が終わったときに落ち込むときもありました」と、その期間の心境を吐露した。

 この浦和戦でも、前半はまるで歯が立たず、レベルの差を痛感していたという。

「どうプレッシャーにいっても決定機までもっていかれるので、守備をしている意味がわからなかったし、プレスをかけても何の効果もない。サンドバック状態で、手も足も出ないとはこのことだなと思っていました」

 それでも「誰もあきらめている選手はいなかったし、1点獲れば流れは変わると思っていた」と話す鄭大世の心は折れていなかった。64分に生まれたスーパーゴールは、まさにイチかバチか。「たまたまいいコースにいって、たまたま入った。あのシュートはコンスタントに打てない。運もだいぶ味方してくれたと思います。5試合溜め込んでいた運ですね」と謙遜するが、「1点獲れば流れは変わる」と信じていたからこその”イチかバチか”だった。

 実際に流れは変わり、逆転まで実現している。ただし、そのまま逃げ切れなかったのが、今の清水を象徴するだろう。逆転からわずか3分後、中央を崩されて、興梠にハットトリックを許す同点ゴールを奪われてしまったのだ。

 今季、J1に復帰した清水は第11節を終えて3勝4分4敗で12位の成績だった。昇格チームとしては健闘しているものの、前述したようにここ5試合勝ち星から見放されていた。

 そしてこの日も、勝利にあと一歩に迫りながらも結局はドロー。6試合で5つ目の引き分けとなった。

 勝ち切れない原因を訪ねると、鄭大世は首をかしげながらこう答えた。

「とりあえず、リードした後の試合運びがちょっと緩いかなとは思います。J1は実力の高いチームが多いですし、先に獲って守ろうとしても、結局追いつかれるという試合が続いてしまっている。どうすればいいのかわかっていれば勝っているわけですから、今は正直原因がわからないですね」

 それでも、この日の引き分けは、これまでとは違うと鄭大世は前を向く。

「これだけの実力の差がありながら、こういう試合ができる。最後のチャンスを決めていれば、勝てた試合だった。あきらめないという精神力が、勝負を左右するというのをすごく感じた試合でした」

 たとえ実力上位チームであっても臆することなく立ち向かい、最後まで勝利を信じて走り続ける。精神論ですべてを語れるわけではないが、結局勝負ごとを左右するのは、気持ちの部分が大きい。メンタル面の強さを保ったことでもたらされたこの引き分けは、清水にとってポジティブな結果だった。

 鄭大世のインパクトに隠れがちだが、同点ゴールを生み出したチアゴ・アウベスも、これで3戦連続ゴールと調子を上げている。正確かつ強烈な左足は間違いなく脅威であり、鄭大世と組む2トップの破壊力はJ1でも屈指だろう。

 このふたりに導かれるように、チームとして常に前に向かう意識の高さは、非常に好感が持てた。パスミスや判断ミスも多く、勝ち切れないという課題もある。それでも「2年前に比べたら闘えるチームにはなっている」と鄭大世が手応えを掴んでいるように、今の清水に降格した2年前の脆さはない。

 粗削りながらも、闘う気持ちを前面に押し出し、強引に流れを引き寄せることができる――。ある意味、予測不能な清水というチームが実に魅力的に映った試合だった。