フランス戦でのスクラムの完成度に手ごたえを感じた稲垣啓太 ラグビー日本代表にとっては、いわば試練である。猛暑とコロナ禍。そして相手が欧州王者のフランス代表。前半は善戦すれど、後半には突き放された。チームとしての未熟さとスクラムの成長、チーム…



フランス戦でのスクラムの完成度に手ごたえを感じた稲垣啓太

 ラグビー日本代表にとっては、いわば試練である。猛暑とコロナ禍。そして相手が欧州王者のフランス代表。前半は善戦すれど、後半には突き放された。チームとしての未熟さとスクラムの成長、チーム躍進の可能性が見えた。

 7月2日の豊田スタジアム。日中の最高気温は36度だった。試合は23-42(前半13-13)でノーサイド。穏やかなジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)の表情とは対照的に、FW(フォワード)をリードするPR(プロップ)稲垣啓太はひと際険しい顔だった。

「気分的には最悪です。負けたから、あまりしゃべりたくないですけど」。32歳PRはそう漏らしながら、言葉に悔しさをにじませた。

「誰が入ってもプランを遂行する能力はあると思うんです。ただ、後半、ちょっとした連携のミスが目立ちました。自分たちのミスと反則で相手にスコアを献上してしまった。よくない負け方ですね」

 先週のウルグアイ戦の後、4人の日本選手からコロナの陽性反応が出た。司令塔のSO(スタンドオフ)には、先発予定だった山沢拓也に代わり、急きょ、李承信が入った。FWの頑張りもあって、21歳の動きはよかった。幾つかのミスは犯したが、PGを確実に蹴り込み、長短のパスでラインを動かした。

 日本代表はこの日、キックを避け、ボールを保持し続ける「ポゼッション・ゲーム」を心掛けた。激しいフィジカルコンタクト。接点ではさほどひけをとらなかった。結果、前半の日本のボール保持率は58%にものぼった。前半14分。日本ならではのスピーディーな連続攻撃からトライが生まれた。

 まず敵陣の相手ボールスクラムでプレッシャーをかける。大きく蹴られたボールをFB(フルバック)山中亮平が自陣で捕ってカウンターを仕掛けた。タックルされても密集からテンポよくボールを出し、右に左につないだ。FL(フランカー)リーチマイケルやWTB(ウイング)シオサイア・フィフィタがゲインする。稲垣も絶妙なオフロードパスでボールを生かした。

 13フェーズ(局面)目。巨漢のナンバー8テビタ・タタフが相手にぶちあたって中央にボールを押さえた。よく見れば、それぞれの局面で、束となったサポートプレーが効いていた。全員が自分の役割を遂行しての価値ある逆転トライである。ゴールも決まり10-7とした。

 前半は同点で折り返した。だが、後半、主力抜きの若いメンバー主体のフランス代表に持ち味の鋭いラン攻撃を許した。4トライを献上。世界ランキングは日本の10位に対し、フランスが2位。ランキング同様、日本とは、プレーの精度、スキルが違った。

惚れ惚れする結束したスクラム

 ジョセフHCが、来年のラグビーワールドカップ(W杯)に向けてのスタートと位置づけるテストマッチシリーズである。テーマは"現在地"の確認だった。

 セットピース、とくにスクラムのそれを見る上でフランスは絶好の相手だった。スクラムは全部で10本(マイボール4、敵ボール6)組まれた。スクラムの度、2万4570人の観客で埋まったスタンドから手拍子が沸き起こった。

 日本もフランスも、試験的ルールの「ブレーキフット」の反則を1本ずつとられた。これは、両チームのHO(フッカー)はスクラムを組む際、バインド時に片方の足を前に出して、自分たちのFWのウエイトを支えるようコントロールしないといけないのだが、その片足を前に出さずに安定が失われると反則となるもの。レフェリーの判断は難儀だろう。

 HOの坂手淳史主将は、「ブレーキフットは1本とられたけど、すぐに修正できた」と言い、満足顔で続けた。

「スクラムはいい形で組めていたと思います。相手はバインドのところでプレッシャーをかけてくるスクラムだったけど、うまくコミュニケーションをとってバック5(LO<ロック>とFL、ナンバー8)の重しを相手に伝えることができたのかなと思います」

 言葉どおり、スクラムは安定していた。象徴は、フロントローのメンバーが3人とも替わったあとの、ノーサイド寸前の一連のスクラムだった。敵陣ゴール前、FW8人が固まってガチッと組み込み、フランスからコラプシング(故意に崩す行為)の反則をもぎ取った。再度、スクラムを選択。そのスクラムも重圧をかけ、展開から意地のトライを奪った。惚れ惚れするほどの結束したスクラム、次週につながるトライだった。

 試合後、記者と交わるミックスゾーン。稲垣は白いマスク下の顔を少し緩めて言った。

「僕たちがやろうとしたスクラムは組めた。後半、メンバーが替わっても、相手にプレッシャーをかけてペナルティーをとることができた。スクラムに関しては、全員がレベルアップを確認できたんじゃないですか」

稲垣「スクラムの理解度、遂行力が上がった」

 スクラムに関していえば、フランスとの縁は深い。日本代表の躍進はスクラムの進化とともにある。南アフリカを倒した2015年W杯では、「スクラムはラグビーの心臓」とこだわるフランス人のマルク・ダルマゾコーチの指導によるスクラムづくりが奏功した。その後、フランスでスクラムを学んだ長谷川慎コーチの緻密なコーチングでさらにパワーアップしてきた。

 前回対戦の2017年のフランス代表戦の引き分け(23-23)も、2019年W杯のベスト8入りも、スクラムの成長があればこそだった。"慎さんのスクラム"とは、簡単に言えば、魂が細部に宿るスクラム。きめ細かいのだ。

 2019年W杯から成長している部分を問えば、理論家の稲垣は「全部が成長していると思う」と胸を張った。稲垣は、2015年W杯、17年のフランス戦、19年のW杯にも出場している。

「基本的には、やろうとしていることは変わってないんですよ。さらに何が成長したかと言うと、一人ひとりの役割が明確になったんです。新しく入ってきたフロントローも、(慎さんの)理論を徹底的に頭に詰められたからこそ、フランスからペナルティーをとることができた。つまり、スクラムの理解度、遂行力という点で、レベルが上がっていると思います」

チームの連携、プレーの精度が課題

 もちろん、ラグビーはスクラムだけではない。新しく指導陣に加わった元ニュージーランドHCのジョン・ミッチェルアシスタントコーチの徹底指導で、ディフェンス力は高まっている。コネクションしながら前にしっかり出てのダブルタックル、ふたりでのジャッカル(相手ボールの奪取)など。

 ただ、この日は、疲れが見えてきた後半、タックルのコネクション、精度がガタっと落ちた。前半88%(相手91%)あったタックル成功率が後半はその半分程に落ちた。試合全体のそれは65%(相手79%)だった。ペナルティーは前半が4つ(相手8)、後半は6つ(相手6)と増えた。細かいミスも続発した。世界ランキング2位の「ティアワン」(世界の強豪グループ)相手に自らミスを犯していたら勝てるわけがない。

 猛暑についていえば、この試合、10分ごとの「ウォーターブレイク」が実施された。給水タイムである。これは日本にとってはどうだったのか。稲垣は正直だった。

「ゲームのスピードが1回、1回、切られるのは......。止めたくなかった。テンポがずれるというか。でも、安全対策のひとつなので」

 準備において、日本代表の暑さ対策は万全だった。坂手主将も冗談口調で言った。

「もうちょっと暑かったらよかったかな。来週(の試合では)、もっと暑かったらいいのに」

 フランスとのテストマッチ第2戦のことを聞かれれば、稲垣は言葉に力をこめた。修正点は明確。

「コミュニケーションミスと細かいミス、反則をいかに減らすか、そこだけです」

 そういえば、2013年6月、同じような高温多湿な気候のなか、来日したウェールズ代表から勝利したのはテストマッチ第2戦だった。

 日本代表は7月9日、国立競技場で、フランス代表と第2戦を行なう。安定したスクラムを維持し、チームとしての連携、プレーの精度を高められれば......。歴史的な初勝利、そう、リベンジとなるのだが。