晴れたパリの空の下、世界女王のイガ・シフィオンテク(ポーランド)が第1シードを守りきり、2年ぶりとなる全仏のトロフィーを持ち上げた。 1時間8分。 これが世界女王として初めて挑んだグランドスラム優勝までに要した時間だ。 大きなプレッシャーを…

晴れたパリの空の下、世界女王のイガ・シフィオンテク(ポーランド)が第1シードを守りきり、2年ぶりとなる全仏のトロフィーを持ち上げた。

1時間8分。

これが世界女王として初めて挑んだグランドスラム優勝までに要した時間だ。

大きなプレッシャーを上手くコントロールし、何度も真っ白な気持ちで臨み続けた2週間。ポーランドの21歳は、大会前に高校を卒業したばかりのココ・ガウフ(アメリカ)を6-1、6-3と圧倒的な試合運びで突き放した。これで2月からの連勝街道も35勝。ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)が持つ記録に並んだ。

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■挑戦者に攻撃の機会を与えなかったシフィオンテク

「いいボールが打てたと思ったのに、そうはならなかった」。試合後にガウフが言うように、シフィオンテクのアップテンポなストロークは18歳の挑戦者に攻撃する機会を与えなかった。ガウフのボールは自らのリズムで打たせてもらえず短くなるばかり、女王はあっという間にネット前に押し寄せボールを叩き込んだ。ガウフはその劣勢において、得意のバックのパッシングショットでイーブンに戻すが、流れを左右する場面はで決して重要な1ポイントを渡してもらえることはなかった。

それは第1セットの中盤にも表れていた。

シフィオンテクから4-1の40-30、互いが得意とするバックハンドの打ち合いから始まった15本のラリー。ガウフは女王のバックサイドにボールを集めオープンコートへボール走らせるも、素早い動きで追いつくシフィオンテクのフォアは弧をえがきコーナーへ吸い込まれていった。「入ったのか」と見守る観客の一瞬の静寂を打ち破るかのように、女王は拳を振り上げ会場を沸かせる。ガウフは34連勝中の女王に対し、打開策が見いだせず少しばかり渋い表情を見せた。

シフィオンテクにとっても、やるべきことは決まっていたのだろう。自身よりも3つ若く早くから天才と呼ばれてきたガウフは、優れたコートカバーやドロップショットを見せながら、突然に急所を突くかのように攻めてくる。そのプレーを封じ込めるためにもラリーを好まず、本来のアップテンポなテニスでより早く仕掛け続けているように見受けられた。

■今後のライバル関係を彷彿させた1ポイント

第2セットに入り、シフィオンテクのバックハンドのミスからガウフが2-0とリード。18歳がやっと流れを掴めたと声援が大きくなるが、女王は直ぐに追いつき3-2とペースを奪い返した。

「スラムを勝つにはどうすればいいか、何が必要なのか。すべてのパズルのピースが組み合わさり、ゲームに関するすべてのことが機能しなければならない」とシフィオンテクは語る。その意識は、流れを掴まれても、すぐに引き戻す力に現れていたように思う。なによりもテンポを速めながらスピンを操り、時間を奪いながらも空間を取れるテニスには、今のところ同等の力で付いてこられる選手はいない。

しかし、この局面でもガウフが下を向くことはなかった。より強化されたサービスとフォアを使い、女王を走らせエースを奪う。学習能力が高く問題解決に優れていると評される18歳は、3-5のビハインドでも、この試合からの学びを見せた。

それは3-5の0-15でのこと。

バックの打ち合いからシフィオンテクがオープンコートにボールを送ると、まるで第1セットの1-4で鮮やかにエースを取られた時のように、次は自身のフォアをストレートのコーナーに押し込んだのだ。この後に訪れた一瞬の静寂もまるで同じ。アメリカのティーンエイジャーが掲げた拳は、この先の2人のライバル関係を彷彿させるような1ポイントになった。

■新たな成長への決意と同時に掴み取った自信

その数分後、女王に訪れた2度目のグランドスラム・タイトルの瞬間。歓喜のあまりファミリーボックスに走っていくシフィオンテクを見ることなく、ガウフの頬には一筋の涙が流れた。「数年前からここに立つ準備は出来ている」と話し、現実になった夢の大舞台。負けた悔しさを僅かな時間で呑み込み、受け入れていく心の強さは彼女の資質であり、ここまでの道のりを象徴するものだろう。決勝後には、負けた姉を想い泣く弟に「これはただのテニスの試合よ、またトランプでもして笑って元気でいようね」と声をかけたという。

僅か18歳……されど15歳の時にウィンブルドンの予選を突破し、母国のスターであるビーナス・ウィリアムズを破り2週目に突入した天才は、すでに人生の喜びがテニスの勝利だけに縛られることはないと知っている。ただ向かってくる明日を見据え、出来る限り備える。それは今以上の活躍が待っているのだと信じて疑わない姿だった。

そんな18歳の次に泣いたのは世界ランキング1位の21歳だった。

表彰式で自国の国歌が流れるとともに目をつぶり、眉をしかめる。「2020年の時の優勝はただ運が良かっただけだから…でも今回は本当に仕事をしたと感じている」そう語る彼女の肩には、2月から続く連勝への期待と同時に、ポーランドで初の世界女王として立つ頂への責任感ものしかかっていたことだろう。アシュリー・バーティ(オーストラリア)の突然の引退から、明け渡された女王の座。しかし、その座を確固たるものにした35連勝という結果には、彼女を誇らしくさえ思った。

2人の心に沸く確かな感情、新たな成長への決意と同時に掴み取った自信。勝者と敗者で流す涙は異なるものの、今後この2人が女子テニス界を牽引すること間違いない。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。