「私がテニスを始めた時、最初にやったのがミックスダブルス。だから、グランドスラムのミックスダブルスで優勝するのは"特別な気分!"」 全仏オープンのセンターコート「フィリップシャトリエ」で、パリの初夏の陽光を浴びながら、彼女は言葉を弾ませた。…

「私がテニスを始めた時、最初にやったのがミックスダブルス。だから、グランドスラムのミックスダブルスで優勝するのは"特別な気分!"」

 全仏オープンのセンターコート「フィリップシャトリエ」で、パリの初夏の陽光を浴びながら、彼女は言葉を弾ませた。

 男女混合ダブルスで、柴原瑛菜(えな/24歳)がグランドスラム初戴冠。

 マイクを手に「子どもの頃からの夢が叶った」と言うと、喜びに顔を輝かせた。



柴原瑛菜はカリフォルニア生まれの24歳

 米国カリフォルニア州で生まれた柴原にとって、テニスは家族や生まれ育った土地と分かちがたく結びついている。

 年中晴天に恵まれる南カリフォルニアでは、一家が公営コートでテニスを楽しむ姿は、ありふれた光景である。3人の子どもがいる柴原家も、そのようなテニスを楽しむ家族だ。

 ただ、兄ふたりがいる5人家族の末っ子の瑛菜は、常に「4番目のスポットを勝ち取りにいく」立場だった。少し背伸びし、兄や父をパートナーに、年長者に挑戦する----。それが、柴原にとってのテニスの原体験だ。

 やがて、テニスを通じて彼女の世界は、家から外界へと広がっていく。

「まだ子どもの時......10歳くらいの頃かな? ダブルスが好きなので、地元の男子リーグにジョイン(参加)して、大人と一緒にやっていました」

 14〜15年前の日を、彼女は懐かしそうに振り返る。

 テニスが地域コミュニティの機能も果たす土地柄で、多くの人々と触れながら、彼女はテニスを楽しんできたのだろう。

「小さい頃からいろんな人と、いい意味でダブルスで遊んでいた。そうなると、どんなパートナーとも『一緒に楽しもうね』という感じで、自分から行けているのがいいのかな?」

 問われた「誰と組んでも強い理由」に対し、彼女は笑みを広げてそう言った。

 今大会の混合ダブルス優勝も、幼少期より育まれた柴原の資質が実らせた果実である。

コンビ結成1カ月で全仏制覇

 パートナーのウェスリー・クールホフ(オランダ/33歳)がインスタグラムのメッセージで「全仏で組まない?」とオファーしたのは、大会開幕の1カ月ほど前のこと。それまでふたりは、ペアを組んだことはおろか、言葉を交わしたことすらなかった。

 事実上の初対面ながら、ダブルス巧者のクールホフが柴原に白羽の矢を立てたのには、当然ながら理由がある。

「彼女のプレーは何度か見たことがあった。サーブもリターンもいい。実際にプレーしたら、ボレーもよかった」

"パートナー"の武器を列挙するクールホフは、コート上で時間を共有するなかで、次のような「発見」があったと言う。

「すごくいい人で、よく笑う!」

 自身も人懐っこい笑みを広げるクールホフは、こうも続けた。

「テニスをよくわかっているし、僕がミスしても『気にしないで!気にしないで!』と言ってくれる。心が広く、僕が『これやってみようか?』と提案すると、『やろう、やろう』と言う。気持ちもすごく強いし、彼女と楽しんでプレーできているよ」

 ともにダブルスをよく知るふたりは、実戦のなかで互いのプレーの特性を知り、言葉を交わしながら、急速に連係を深めていった。

 初戦こそ手探りのなかで第1セットを落とすも、逆転で切り抜けると加速する。

 男女が交互にサーブを打つ混合ダブルスでは、女子選手のサービスゲームをいかにキープするか、そして女子選手が男子選手のサーブをいかにリターンするかがカギになる。もっともその点に関しては、柴原のリターンが弱点になる展開はほとんどなかった。

「わたしは小さい頃から、お兄ちゃんの強いサーブを受けてきた。それに対して、どうリターンしたらいいのかわかるので」

 それが、本人が明かす、男子の高速サーブにも対応できる理由だ。

 パートナーの特性を素早く見極める戦術眼。自ら言葉をかけ、前向きな姿勢と笑顔を絶やさぬコミュニケーション術。そして、パワーで勝る男性や年長者と伍して戦うメンタリティとテクニック----。

 それらはいずれも、彼女が生まれ育った環境のなかで自然と吸収し培った、いわばテニスの"カルチャー"だ。即興的に組んだペアで頂点に立ったのも、そのような背景を思えば、決して運でも偶然でもない。

20歳で描いた「世界一」の夢

 大学に通いながらもプロ転向を心に決めた20歳の日、柴原は「将来の夢」を次のように語っていた。

「夢は、いっぱいあって! まずは、たくさん試合に勝ちたい。東京オリンピックにも出たいし、一番大きな夢は、世界で一番になること」

 東京オリンピックをはじめ、それら夢のいくつかはすでに叶えた彼女は、「ゴールを決めて、ハードワークすれば実現できる」と信じている。

 今季はシングルスを中心に転戦し、来年には「グランドスラムの本戦にシングルスで出たい」という目標がある。女子ダブルスでのグランドスラム優勝も、視野に入っているだろう。

 キャリアの原点から、コート・フィリップシャトリエの表彰台にまっすぐ伸びた足跡は、進む道の確信を得て、次の夢へと続いていく。