国内モータースポーツ最高峰のカテゴリーが「スーパーフォーミュラ」と「スーパーGT」。その頂点を目指し自らと向き合うレーシングドライバー伊藤慎之典選手。今年から“モータースポーツ界の甲子園”と言われる「FIA-F4選手…

国内モータースポーツ最高峰のカテゴリーが「スーパーフォーミュラ」と「スーパーGT」。その頂点を目指し自らと向き合うレーシングドライバー伊藤慎之典選手。今年から“モータースポーツ界の甲子園”と言われる「FIA-F4選手権」に参戦し虎視眈々と上位カテゴリーを狙う。後編は両親、海外レース参戦。そして今後の目標について伺った。

<前編はこちら>

■父との二人三脚、そして母の存在

――レースのチーム編成はどのようになっていますか?

伊藤:最初の頃は、ドライバー1人に対してメカニックは父1人です。父も初めての経験でなかなか思うように行きませんでした。高校一年からレースを始め、高校2年の時は1年間52週間のうち、50週間はコースを走っていました。

メカに詳しい方に見て頂きアドバイスを貰い、父のメカニックスキルも上がりました。もちろん僕もレーサーとして経験を積み上げていきました。高校2年生の1年間を通じて「レーサーとしてやっていける」という自信が付きましたね。

――お父さんと二人三脚で成長したのですね。

伊藤:父の仕事が忙しく帯同するのが難しい時は、他のメカニックの方と一緒にコース練習しましたが、最初の1.2年はほぼ父と2人でコース練習していました。毎週カートを解体し車で運ぶ、レース上でカートを作り、またレース終わりで解体し車で帰路に。行きも帰りも運転は父。それを裏で支えてくれたのは母です。

母は僕がサーキットに行っている間、実家の旅館を1人で運営していてくれた。とても感謝しています。父がサーキットに帯同するので、1人で忙しいはずなのにいつも応援してくれました。実家にいる時はなるべく手伝い楽をして欲しいと思っています。とにかく両親には感謝しかありません。

■レースについて

――レース参加も2年目に突入した高校2年生の成績はいかがでしたか?

伊藤:高校2年生の6月、宮城のスポーツランドSUGOで開催された「SLカートミーティング」でコースレコードを取り3位入賞しました。これが大きな大会で獲得した初めての実績になります。カートの場合、まず初めに「公式練習」があります。コース上を5分間もしくは10分間走り、カートの計測器のチェックなど車に不具合がないのか確認します。次に「タイムトライアル(タイムアタック)」が行われます。「いかに早いタイムを出せるか」を競うもので全台一斉に走ります。公式練習よりも短い距離を走ります。

タイムトライアルのタイム順で予選ヒートのスターティンググリッド(スタートする順番)が決まります。タイムトライアルのタイムが1番早いドライバーが予選ヒートの1番前、2番目のタイムが予選ヒートの2番目…というようにタイムの早い順からスタート地点に並びます。

――タイムトライアルの早いドライバーが予選ヒートで優位な位置からスタートできるわけですね。

伊藤:予選ヒートからはレース形式、スタートからチェッカーフラッグを受けるまでのタイムを競います。今度は予選ヒートの順位で決勝ヒートのスターティンググリッドが決まります。

――コースは一周どのくらい距離ですか?

伊藤:会場によって変わりますが、日本で1番長いのが三重県にある「鈴鹿サーキット」のカートコースで1264mです。SUGOは984mです。

――その距離をどれくらいのタイムで走るのでしょうか?

伊藤:僕がSUGOでコースレコードを出した時、約42秒です。ここは直線がほとんどないコースなんです(苦笑)。

――タイムトライアルでスタート順が決まります。予選ヒートで後方の選手が何台も追い越すのは難しくないですか?

伊藤:タイムトライアルで1位と10位のドライバーでは予選ヒートの順位も大きく変わってきます。ですから全てのドライバーはタイムトライアルで少しでも前の順位になるよう走ります。

■自信に繋がったレース。そして上位カテゴリーへの挑戦。

――高校2年生の6月コースレコードを出した時、タイムトライアルは1位。予選ヒートはいかがでしたか?

伊藤:スターティンググリッドのトップからのスタートで緊張しました。どのような走りをしていいのか分からないまま、数台に抜かれた後、コースアウト。結果ビリでした(苦笑)。

――でも表彰台に上がったのですよね?

伊藤:決勝ヒートが全部で15台前後。自分の中で「一台ずつ確実に抜いていくしかない」と考えました。とにかく目の前の一台を抜いて行ったら、結果3位入賞。この時の結果が自信に繋がりましたね。

――高校2年の1年間がドライバーとして成長するのに大切な時期だったんですね。次の高校3年の1年間はどんな年でしたか?

伊藤:少し話が遡りますが、高校2年の6月に3位入賞してから数ヶ月後、上位カテゴリーにスイッチしました。それまではエンジンが100ccの「入門グレード」に乗っていました。それが125ccに上がり、パワーも7馬力から約30馬力まで一気にパワーアップ。半年間、みっちり練習し国内最高峰のレーシングカートレース「全日本カート選手権」に出場しました。ただ僕の場合、高校生から始めたこともありレーシングカートの世界では年齢的に遅い方なのです。

――普通のドライバーの方は何歳くらいから始めるのですか?

伊藤:F1レースや国内最高峰のレースで活躍している選手は3,4歳。物心つく前からハンドルを握っています。僕が高校3年の時、やっと全日本カート選手権に出場しました。でも彼らはカートを卒業し4輪レースの世界に飛び込んでいます。

――どの世界も早くから取り組んだ方が有利ですよね。ところでモータスポーツを始めて3年目、念願の全日本カート選手権に出場していかがでしたか?

伊藤:この大会はYouTubeでレース映像が残ります。カートレースを始めたばかりの頃、その映像を見て練習していました。見ていたレースにやっと出場できるようになった。でも結果は厳しかったですね。全日本カート選手権は年間10戦前後行われます。1度だけ6位入賞がありましたが、高校3年の1年間は納得のいく走りができませんでした。

■海外レースに参加。

伊藤:実は大学1,2年の時、レーシングカートの本場イタリアに参加しました。メチャクチャ衝撃を受けましたね。

――本場の空気に触れてみていかがでしたか?

伊藤:単純に「すげぇ〜〜」と思いました(笑)。正直、海外のコースも走ったことがないし、レベルも分からない。ドライバーとしてガムシャラにレースを参加しました。でも「楽しい」という気持ちが何よりも大きかったです。

――それは何が楽しかったのですか?

伊藤:僕を含めて日本人3人がエントリーしていました。日本語が通じるエリアもありますが、その場所を一歩離れると周囲から英語やイタリア語、今まで聞いたことがない言葉が聞こえてくる。世界中からレースのために人々が集まっているんです。参加したのは1レースのみですが、その環境にいることが単純に楽しかったですね。

イタリア滞在期間は1週間。時差ボケを解消するため、少し早めに現地入りしレース2日前の火曜日から練習。レースは木曜日に始まり土曜日に終わりました。

――イタリアでレースに参加してみていかがでしたか?

伊藤:参加した世界選手権は、本当に世界のトップクラスが出場しているレースでした。言葉で表現するのは難しいけど「なぜ同じことをしているのに、あなた達はそんなに早いの?」と(苦笑)。

――具体的な違いはなんだと思いますか?

伊藤:全てが違いました。全部のレベルが1ステージも2ステージも上でしたね。「なんとか1人抜いてやる」と思いましたが、結果的に抜けなかった(苦笑)。レース中は周りの車を抜くことに集中しています。だからトップ集団が見えない。でもレース後、その時の動画を見るとトップ集団と後方集団が明らかに離れすぎていました。

イタリアには大学1,2年で1回ずつ、計2回行きました。

――イタリアに行ってみて変化はありましたか?

伊藤:実は「海外のレースに参加したら何かが変わるから行ったほうが良い」とある方からアドバイスを頂いていたんです。大学1年、初めてのイタリア遠征から帰国して最初のレースが鈴鹿で行われた全日本カート選手権。公式練習が2回あり、どちらもトップタイムを出しました。

正直なところ、自分の中で「何かが変わった」感覚はありません。ただ結果が少し付いてきた気がします。その後大学3年生の時、4輪レースに乗り始めました。

■今後の目標。そして将来の夢…

――今後の目標はなんですか?

伊藤:日本国内にはモータスポーツ最高峰のカテゴリーが2つあります。「スーパーフォーミュラ」と「スーパーGT」です。スーパーフォーミュラはF1に代表される「タイヤが剥き出しの車両」のこと。スーパーGTは「市販車をベースにレーシングカーに改造した車両」です。この2つのレースで優勝すること。それに向けて1年1年ステップアップしています。

僕が今年出場するレースは「FIA-F4選手権」、若手が腕を磨けるフォーミュラレースで「モータースポーツ界の甲子園」と言われる大会です。上に上がっていくためには、このレースで結果を残すのが最近のセオリーになっています。

FIA-F4選手権はスーパーGTと同じタイミングで開催されます。観客も多いですし、上のカテゴリーの関係者も絶対に観ます。結果を出せばGT300といった上のクラスから「来シーズンドライバーにならないか?」と誘いの声がかかることもあります。

――ドラフト的な要素も含まれているので「甲子園」なのですね。

伊藤:はい。もちろんチャンピオンを取れたら嬉しいですけど、一戦一戦大切に順位をあげていきたいですね。この大会は2016年から開催されていますが、過去ワークスチームしかチャンピオンを奪っていない。ワークスチームというのはTOYOTAとHONDAといった企業チームのことです。僕はプライベートチームで参戦します。

先日の合同練習でも上位5チームをTOYOTAとHONDAが独占しました。今年は過去最多台数の約40台が出場。僕は初参戦なのでトップ10に入ることを目標にしています。そして将来の夢は「地元いわきでモータースポーツを拡めたい」と考えています。もちろんドライバーとしての目標は「スーパーフォーミュラ」「スーパーGT」のレースでチャンピオンになることです。

僕がモータースポーツを知ったのは中学2年生の時、テレビで観たレースがキッカケでした。もし中学生の時からモータースポーツを始めていたら、高校で始めるより3年間早くドライバーとしてスタートできていた。この3年がものすごく大きい。レースを始めたばかりの高校1年の時、「始めるのが遅かった」と痛感しました(苦笑)。

――もう少し早い時期にモータースポーツに触れる機会があれば、また変わっていたかもしれませんね。

伊藤:そうですね。地元いわきにはモータースポーツができる環境がないんですよ。大きい4輪が走れるコースとなると規模が大きくなってしまうのでカートコースがあればと十分。また最近では手ぶらで利用できる「レンタルカート」もあります。

このような施設があればモータースポーツに興味を持つ人も増えるし、いわきの知名度も上がるのではないかと。そして将来的にいわき出身のドライバーが増えます。ただ夢を形にするには僕の全国的な知名度があってのこと。ですからまずは日本でトップを獲るために頑張りたいと思います。
<おわり>

伊藤 慎之典/イトウ シンノスケ 福島県いわき市出身
いわき秀英高校卒業
千葉工業大学在学中
所属:HRT&チャリ走GO!KART!/KART
  :TAKE FIRST(鈴鹿)/ZAP SPEED

レーシングカー履歴
2015年 カートを始める
2016年 各地SLシリーズ参戦
2017〜2019年 全日本FS-125参戦
2018,2019年 ROCKUP(イタリア)参戦
2020年 全日本OKクラス参戦

フォーミュラー履歴
2020年 S-FJ日本一決定戦
2021年 鈴鹿シリーズ参戦中
2021年 もてぎ・菅生シリーズ参戦中

取材・文/大楽 聡詞
写真/本人提供