萩原秀雄氏インタビュー前編、躍進する桜中男子バレーボール部を指導 埼玉県坂戸市立桜中学校の男子バレーボール部は、ここ数年で県内ベスト4の常連校となる目覚ましい躍進を遂げた。高校チームの監督として、日本バレーボール協会の要人として、60年以上…

萩原秀雄氏インタビュー前編、躍進する桜中男子バレーボール部を指導

 埼玉県坂戸市立桜中学校の男子バレーボール部は、ここ数年で県内ベスト4の常連校となる目覚ましい躍進を遂げた。高校チームの監督として、日本バレーボール協会の要人として、60年以上にわたってバレーボールに携わってきた萩原秀雄さんが、開校とともに指導を始めたからだ。78歳となった名将は、昔と少しも変わらぬ熱血ぶりで孫のような選手と向き合う日々だ。(取材・文=河野 正)

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 桜中学の正門を入ってすぐ右にある体育館の外壁には、部活動で活躍した競技部と選手名が張り出され、2016年と17年に全国中学校体育大会(全中)などに連続出場した男子バレー部も掲額されている。

 体育館の入り口に近づくと、レシーブ練習を見つめる萩原さんの大きな声が館内に響き渡る。喜寿を過ぎたとは思えぬ声量、ピンと張った背筋の良さにまず驚かされる。

「前、前、前、前だよ。もっと前に出るんだ」

 上手くプレーできない選手には、コートに入って身振り手振りを交えて細かい指導を施す。エースアタッカーが単純なスパイクミスを繰り返せば、触れるぎりぎりのところに投じたボールを拾い続けるレシーブ練習へと即座に切り替わる。わずかな時間で息が上がり、汗が吹き出す。

 埼玉の県立高校で保健体育科教諭だった萩原さんは川越高校で14年、坂戸西高校で25年、男子バレー部を指導する傍ら、埼玉県高体連バレーボール専門部委員長や全国高体連バレーボール専門部部長などを歴任。05年の退職後は、日本協会の強化事業本部長や専務理事、08年北京五輪では男女日本代表のチームリーダー(団長)も務めるなど、日本バレー界の強化、育成、普及に長年尽力してきた功労者である。

 日本協会を辞めると、教員時代の友人、知人に声をかけ09年に川越市など県西部を拠点に活動するNPO法人アザレア・バレーボール振興会を発足。部長を務める埼玉アザレアは18年からVリーグ男子2部に昇格し、最近3年間は3位、3位、4位と好調だ。アカデミーは17年に中学部、20年に小学部のスクールを立ち上げ、萩原さんは坂戸校で週1回、中学生の男女を指導している。

選手がランニング中に口ずさむ言葉の意味

 桜中は11年に北坂戸中と泉中が統合して開校。坂戸市から部活動指導員を委嘱された萩原さんは、指南役として初年度から育成に当たるが、「勝つため、強くするために始めたのではなく、一番の目的はバレー部の存続なんですよ。地域貢献ですかね」と説明した。

 坂戸市は県中体連の地区割りで鶴ヶ島市、毛呂山町、越生町とともに入間北部地区と呼ばれ、この4市町で活動する男子バレー部は桜中だけだ。少子化と深刻な指導者不足により、部活動は危機的状況にある。

 桜中では『外部指導者、部活動指導員を積極的に活用し、専門的な指導を生徒に提供する』ことを部活動方針に掲げる。スポーツ庁が18年に提言した「学校と地域の協働によるスポーツ環境の整備」を取り入れた形だ。顧問教師はいるが、部を取り仕切るのは萩原さんだ。

 高校生や日本代表の指導はお手のものだが、中学生は初体験。アプローチの仕方は一緒なのだろうか。

「本質的には同じですが、中学生は厳しい練習を受け入れる“頭”ができていないので、それを形成するまでにずいぶんと時間がかかります。細かい指導が必要なんですよ」

 選手はランニングの最中、『て~り(定理)』『こ~り(公理)』『む~り(無理)』と口ずさむ。定まった理屈や公の道理を超越し、多少の無理をしなければ強くなることも勝つこともできない、と理解させながら少しずつ“頭”をつくっていくそうだ。

 明確な目標設定も必須だという。埼玉の中学男子は、19年から富士見市立西中が王者として君臨。全中と関東大会の予選を兼ねた県学校総合体育大会で2連覇中だ。桜中は昨夏の準決勝で対戦し、ストレート負けを喫した。萩原さんは「富士見西を倒すという目標をしっかり定めないと努力のしようがない。そのための“頭”をつくっていくことが大切なんです」と持論を述べる。

 坂戸西高では、ともに日本代表入りした米山兄弟を育てた。兄・裕太(東レ)、弟・達也(サントリー)との逸話も時折、話して聞かせる。

 世界で通用する裕太のレシーブは坂戸西高時代、肘が曲がらないようテープを巻き付け午前零時まで続いた猛特訓によるものだ。ある時、日本体育大4年の達也を代々木公園に呼んでレシーブ練習すると15分でくたくたになった。「きついのは練習が足りないからだ。しっかりやれ」と叱った。日体大は直後の全日本大学選手権決勝で、北京五輪代表の清水邦広を擁する東海大を破って連覇を達成する。

“頭”ができればフィジカルもスキルも向上する

 練習は過酷だが、選手は音を上げない。血となり肉となるのを理解しているからだ。主将の桜沢柚希は「厳しい先生だけど、いろんなことを経験されているのでしっかり学べば上手くなると思う。尊敬しています」と話し、アウトサイドヒッター(対角エース)の中西智哉は「先生の指導を受けてからメンタル面が強くなり、技術的にはレシーブが上手くなりました。でも練習はきつい」と苦笑する。今季の目標を尋ねると「富士見西を倒して県大会で初優勝すること」と口を揃えた。

 鶴ヶ島市教育委員も務める萩原さんの指導方針は、人間づくりにある。「将来に役立つ人間形成を第一に考えているので、無理難題をお願いしても保護者の方に理解してもらえるのではないか」と教育者としての顔ものぞかせる。

 桜中の14人の選手はアザレアのアカデミーにも所属し、部活動とは別に練習している。

 日本中学校体育連盟は3月4日、部活動所属選手に認められている全中への出場資格について、民間のスポーツクラブ員にも開放し、参加を承認した。部活動とクラブの両方に関わる萩原さんの行動は、こんな動きを先取りしたものと言える。

 全日本柔道連盟は3月18日、「心身の発展途上にある小学生の大会で、行き過ぎた勝利至上主義が散見され、好ましくないものと考える」とし、今年から個人戦の全国小学生学年別柔道大会を廃止すると発表した。

 この決断に共感する萩原さんは、「中学生だって勝つことだけを追求するのはどうでしょうか。この年代は県単位でトップになり、全国にたくさんの王者をつくっておくくらいがちょうどいい」と述べる。

 教えることの喜びは、選手の成長を感じる時で、難しいのが指導者のあるべき姿を模索しても、答えが見つからないことだという。

「ずっと勉強ですね」と自らに言い聞かせるように話すと、「メンタル、フィジカル、スキルをバランス良く教えないといけないが、定理、公理、無理の中でなぜ無理をするのかという“頭”をつくることが最も重要。“頭”ができればフィジカルもスキルも向上する、というのが私の指導の原点です」と萩原さん。足、腰が効かなくなるまで現場に通い続け、育成に力の限りを尽くすそうだ。

(後編へ続く)(河野 正 / Tadashi Kawano)