嗚呼!すばらしき球団・クラブ愛 『ファン魂』連載 第9回 ますだおかだ 増田英彦(阪神タイガース)インタビュー後編芸能人など著名な方々が、好きなプロ野球球団やサッカークラブなどについての"愛"を語る連載『ファン魂(たま)』。第9回は、芸能界…

嗚呼!すばらしき球団・クラブ愛 『ファン魂』
連載 第9回 ますだおかだ 増田英彦(阪神タイガース)
インタビュー後編

芸能人など著名な方々が、好きなプロ野球球団やサッカークラブなどについての"愛"を語る連載『ファン魂(たま)』。第9回は、芸能界屈指の阪神タイガースファンとして知られる、お笑いコンビ・ますだおかだの増田英彦さんにインタビュー。長年、阪神を応援し続ける増田さんに、独自の視点で阪神の歴代ベストナインを選出してもらった。 今季の阪神について語った前編から読む


1979年、江川卓は一時阪神入団したあと、巨人へトレード移籍した

「空白の1日」を除いてずっと阪神ファン

ーー増田さんは大阪府守口市生まれで、物心ついた時から阪神ファンなんですよね。

増田英彦(以下、増田) 親父が熱狂的なファンだったので、その影響ですね。気がつけば身近にデイリースポーツがあって、それが僕の絵本でした(笑)。子どもの頃、初めて甲子園球場に行った時は一塁側の内野席だったんですけど、座席に立って旗を振っていたことを思い出します。で、家に帰ると近所のおっちゃんに「おい、ヒデ君、テレビに映っとったで」と言われて、どうやらその姿がサンテレビの中継に抜かれていたみたいなんですよね。それがたぶん僕のテレビ初出演だと思います(笑)。

ーー世代的に1985年の球団初の日本一が思い出深いのでしょうが、低迷していた時期も長らくありました。

増田 あまりにも阪神が弱いので、ある日、親父が「わが家は今日から阪神ファンをやめる!」と言い出したことがあったんです。で、僕にヤクルトの帽子を買ってきて「明日から学校にかぶっていけ!」と。学校に行くと「なんでヤクルトやねん!」って言われるので、「阪神がずっと最下位やから親父がファンやめるって渡されたんや」って返すと、「ヤクルトは5位やないか!」と突っ込まれて(笑)。ほんで家に帰ると、親父がサンテレビを見て阪神を応援しているわけですよ。

ーー話がちゃうやないかと(笑)。

増田 ホンマですよ。その日以来、ヤクルトの帽子はかぶらずじまい。阪神ファンをやめたあの日を僕は「空白の1日」と呼んでいます(笑)。それ以外はずっと阪神ファン。

ーーサラリーマン時代は広告代理店で阪神の担当をしていたと聞いています。

増田 そうなんですよ。入社をした1992年はちょうど亀山努・新庄剛志の「亀新フィーバー」の時でした。内定をもらった前年、会社から「入社までに毎日、新聞記事から何でもいいからひとつテーマを絞ってレポートを書きなさい」と言われたんです。じゃあ好きなタイガースをテーマにしようと思い、当時のドラフト1位で連日話題になっていた萩原誠さんの記事を切り抜いてレポートにしたんです。そしたら阪神の担当部署に所属になったんですよ。わかりやすいですよね(笑)。

ーーそんなご縁があったとは。どんな選手が好きだったんですか?

増田 まあ小さい時は、誰でもそうであるようにキラキラした選手が好きになるんですけど、大学生ぐらいになると気持ちが伝わってくるような選手に興味を持ちましたね。たとえば、炎のストッパー田村勤投手。選手としては地味だったかもしれませんが、最後に出てきて感情むき出しの気迫あふれるピッチングは本当に大好きでした。当時阪神は弱かったんですけど、そういう時に淡々とプレーしているよりも、気持ちを出して頑張っている姿のほうがハートに響くものがあったんでしょうね。

ーー思い入れの深いチーム、増田さんにとって阪神タイガースとは?

増田 最初に好きになって、きっと最後まで好きなんだろうなって思います。プロレスや格闘技などいろんなものを好きになったけど、阪神は人生の最初から最後まで夢中になれる存在です。だから今でも阪神の監督になることはあきらめてはいませんよ(笑)。

ーーでは、増田さんの独断と偏見による、阪神タイガースの歴代ベストナインを教えてください。

【増田英彦の阪神タイガース歴代ベストナイン】

ピッチャー:江川卓 
キャッチャー:田淵幸一 
ファースト:ランディ・バース 
セカンド:岡田彰布 
サード:掛布雅之 
ショート:新庄剛志 
センター:赤星憲広 
レフト:金本知憲 
ライト:佐藤輝明

ーー意外な名前が見られますが、まずキャッチャーは田淵幸一さん。

増田 じつは僕が小学生の時に西武へ移籍(1979年)をしてしまって、それほど印象はないのですが、やっぱ阪神のキャッチャーといえば田淵さん。ホームランバッターですし、いい記憶しか残ってないんですよね。田淵さんとサードの掛布さんはすぐに決まりました。"ミスター・タイガース"の掛布さんはスター中のスターでしたし、少年野球をやっていた時、よく真似して、守備をしながら手に砂をつけて舐めていましたよ。

ーーその掛布さんと1985年の日本一でクリーナップを担ったファーストはバースさん、セカンドは岡田さん。

増田 三冠王のバースに関しては文句なしですよね。セカンドに関しては和田豊さんとどっちにするか悩んだんですよ。和田さんもすばらしい選手でしたからね。けど僕が監督の立場ならば、やっぱりあの3番バース、4番掛布、5番岡田の打線を組みたい。なので、岡田さんでお願いします。

ーーそして、何とショートには現在日本ハム監督の新庄剛志さんが入っています。

増田 新庄さんは最初、外野手として入団したんですけど、1年目に自ら志願してショートにコンバートさせてもらったんですよね。だから2年目のプロ初スタメンはショートでした。やっぱりあの身体能力ですし、その後再び外野手に転向しましたが、大型内野手として夢がありましたよね。まあセンターでの選出も考えたのですが。

ーーそのセンターには赤星さん。

増田 やっぱあの守備力と走力を考えても赤星さんには1番・センターを任せたい。ここは近本光司選手と迷いました。じつは近本選手には思い入れがあって、2018年のドラフト会議の時、吉田輝星投手や藤原恭大選手、根尾昂選手、小園海斗選手といった話題の選手が多かったんですけど、ある番組で、「阪神は、隠し玉である大阪ガスの近本選手を獲ってほしい」と言ったんです。すると、現場は「えっ、誰!?」って空気だったんですけど、実際に決まった時は「うおっ!」て声を上げましたからね。

ーーそれはうれしかったでしょうね。

増田 ええ、ドンピシャですから。で、レフトでここは金本さんいかなぁ仕方ないですし、ライトはサトテル。ここは新旧長距離砲のそろい踏みですね。

ーーそしてピッチャーは......。

増田 最初この野手を組んだ時、藪恵壹さんに投げてほしいなと思ったんです。当時はホンマ、打線の援護がなかったからですから。まあでも小さい時にカッコよくて憧れていた小林繁さんかなって思ったんですよ。そんなこと考えていたら、ふと思ったんですよ、あっ、江川卓さんがいたって(笑)。

ーー昭和の怪物。ここでもまさかの『空白の1日』が出てきましたね(笑)。

増田 まあ一度は阪神に入団しているわけですから、一応OBであることは間違いない。もし阪神で投げていたらどうなっていたのかな〜(笑)。以上、これでお願いします!

(終わり) 今季の阪神について語った前編から読む

【プロフィール】
ますだおかだ増田英彦 ますだ・ひでひこ 
漫才師。1970年、大阪府生まれ。1993年、岡田圭右とともにお笑いコンビ・ますだおかだを結成し、2002年に「M-1グランプリ」で優勝。熱狂的な阪神タイガースファンの父親の影響で、物心ついた時からの阪神ファン。趣味は草野球、カメラ、ポエムなど。