アスリート対象の学び舎「A-MAP」2期生参加のピッチ大会でMVPに輝いた藤岡希さん アスリートとして身につけた価値ある資質を、社会に還元するためのサポートをする団体がある。それが一般社団法人「APOLLO PROJECT」だ。代表理事で元…

アスリート対象の学び舎「A-MAP」2期生参加のピッチ大会でMVPに輝いた藤岡希さん

 アスリートとして身につけた価値ある資質を、社会に還元するためのサポートをする団体がある。それが一般社団法人「APOLLO PROJECT」だ。代表理事で元Jリーガーの山内貴雄さん、専務理事で元ラグビー日本代表主将の廣瀬俊朗さんらが、引退後にビジネス分野で培った経験を基に、2020年に設立された。

 昨年には、現役・元アスリートを対象とした学び舎「A-MAP(Athlete Mindset Apollo Program)」を開講。現役時代に身につけた判断力、チャレンジ精神、チームワークなどをビジネスシーンで生かす方法を学びながら、社会の課題解決に繋ぐ場を提供している。

 A-MAPは、各界で活躍する人々の講義を受けたり、受講者でディスカッションをしたり、提携するビジネス・ブレークスルー大学の授業を受講したり、スポーツの現場とは違う経験が得られる1年間のプログラム。その中でも目玉となっているのが、「自競技の5年後に向けたグランドデザイン(戦略)を考える」というテーマで実施されるピッチ大会だ。このほど2期生11人によるピッチ大会が開催され、元プロテニス選手の藤岡希さんがMVPに輝いた。

 受講者はまず3月14日に開催されたピッチ大会予選で、10分の持ち時間内で自身のアイディアをプレゼン。A-MAP審査員3人、日本財団HEROs賞審査員3人が採点し、現役レーシングドライバーの武藤英紀さん、現役プロサッカー選手の田上大地さん、元ハンドボール日本代表の塩田沙代さん、そして藤岡さんの4人が本選にコマを進めた。

 4月11日に行われた本選では持ち時間は35分に拡大され、登壇者は各自のラーニングアドバイザーやメンターの助言を受けながらブラッシュアップしたグランドデザインを熱い想いを込めて発表。審査員を務めた宇田左近さん、鎌田恭幸さん、廣瀬さんはそれぞれを高く評価したが、中でも「将来的に一般社会にも活用できるアイディア」と評されたのが、藤岡さんの「ピークパフォーマンスコーチの開拓 ~誰も孤独にしない~」と題したグランドデザインだった。

引退後に気付いた新たな自分「自分中心が当たり前だったけど…」

 6歳でテニスと出会った藤岡さんは、8歳から選手育成コースでトップを目指し、ジュニア時代には国内大会で常に上位を争った。18歳から海外に拠点を移してワールドツアーを転戦。20歳でプロに転向すると4大会で準優勝を飾るなどしたが、25歳で現役引退。29歳になる現在はテニススクールを運営しながら、2歳になる娘の母、主婦、コーチと幅広い分野で活躍する。

 A-MAPへの参加を決めたのは、自分が持つ可能性と価値に対する疑問がきっかけだったという。

「8歳からテニスの道を極めてはきたけれど、引退した後にできることがコーチという選択肢しかなくて、そこに疑問がありました。自分がトップを目指した経験は、もっと広い視野で社会に役立てることができるんじゃないか。自分の可能性をどこかで信じていたものの、何をやっていいか分からないところでA-MAPと出会い、学びをスタートしました」

 個人が基本となるテニス界は「自分が主役じゃないと成り立たない世界。良くも悪くもワガママで、自分にスポットライトが当たるのが好きだと思っていました」という。だが、A-MAPで自己認識の講座を受けてみると、それまで気付かなかった自分の意外な側面が見えた。

「人のために何かをしたり、人のサポートをしたりすることで、私の良さや正義感みたいなものが発揮されるんだと気付きました。ずっと個人競技で自分中心の世界が当たり前だったけれど、人の役に立てるんだと思えたことがすごく嬉しかったですし、社会貢献の方法を考える中で大きな発見でした」

 プロテニス選手と聞くと、飛行機はファーストクラスで世界を転戦し、一流ホテルに滞在しながら競技生活を送る華やかなイメージを持つ人は多いだろう。だが、それはほんの一握り。プロと言えどほとんどの選手は安いホテルに泊まるなど遠征費を切り詰め、ようやく掴んだスポンサー契約を解除されないよう必死に勝利を目指す日々。優勝し続けない限り毎週のように敗北と直面し、孤独感を深めていくことが多いという。

 藤岡さん自身、試合で勝つことでしか自分の価値を見出せず、孤独を感じるのは自分のメンタルが弱いからだと疑わず、その精神状態を抱えきれずに引退を決意した。「頑張ったけれど、自信をなくした状態で辞めていたので、A-MAPの中で『自分でも人の役に立てるんだ』と思えたことは大きな気付きでした」と話す。

選手を孤独にさせないピークパフォーマンスコーチの可能性

 引退後、少し離れた場所からテニス界を見ると、いい時も悪い時も自分と向き合いながらピラミッドの頂点を目指す、実にタフな世界だと感じた。相手と戦いながら、自分とも戦う。そこにテニスという競技の価値がある一方で、精神的に追い詰められる選手が後を絶たない課題も潜んでいることに気付いた。

「現役の間は自分たちがすごく難しいことに挑戦しているとは気付かないんですよね。A-MAPを始めてからテニスの競技特性について整理し直す中で思ったんです。『私、20何年も自分と向き合うことを止めないで、テニスをやってきたんだな。そこにこそ、私がやってきたことの本当の価値があるんじゃないかな』って。私は辞めてから気付いたので、現役選手にその良さを伝えていきたいと思いました」

 3月のピッチ大会予選に向け、ラーニングアドバイザーやメンターの助言を受けながら自分の想いを言語化したのが、「ピークパフォーマンスコーチの開拓」というテーマだ。ピークパフォーマンスコーチとは、選手が素直な想いや感情をアウトプットできる存在で、選手の心理的安全性を保ちながら、競技で最大限のパフォーマンスを発揮できるようサポートするコーチだ。スキル強化を担当するコーチとともに選手をサポートすることで、競技力だけではなく人間力も高い選手を育てることを目指す。

 予選では、自身が運営するテニススクールでの実践を念頭に、まずはジュニア選手を対象としたメソッドを組み立て、その後、トップ選手まで適用範囲を広げていくイメージを持っていた。だが、昨年12月に車いすテニス協会から依頼を受け、期待の新星・小田凱人選手の海外遠征に同行することになり、トップ選手に対するピークパフォーマンスコーチの在り方を模索する機会に恵まれた。そこで、ピッチ大会本戦では、第1段階としてトップ選手に活用できるスタイルを構築し、5年後にはアマチュア選手やジュニア選手などにも適用できる形を目指す計画に変更した。

 この発表を審査員は高く評価。トップ選手の孤独な戦いに寄り添うピークパフォーマンスコーチの存在は、弱音を吐けない経営者をはじめ一般社会にも汎用性があるという意見もあった。「そう言ってもらえたことで、テニスの価値を高めていただいた気がしています。経営者と同じくらい、テニス選手は頑張っているんだなって。テニス界でも一般社会でも本気で一流を目指す人に響くものになればいいと思います」と藤岡さんは笑顔を浮かべる。

 現役時代にピークパフォーマンスコーチがいたら良かったと思うか尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「欲しかったなって思います。あの時の自分を救ってあげたい。そういう想いで、今の自分はキャリアを積んでいるんだなって思うんです。何を目指しているのか考えた時、あの時にいたら良かったと思うような人を目指しているんだなって」

 あの時の自分を救いたい想いが、この先、大勢のアスリートや社会の人々を救う活動に繋がれば、まさに自分の経験を生かした最高の社会貢献と言えるのかもしれない。(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)