もう、これ以上負けられない。 あまりに陳腐な表現ではあるが、横浜F・マリノスにとってJ1第11節のヴァンフォーレ甲府戦は、そんな試合だったに違いない。 遡(さかのぼ)ること、およそ2カ月。F・マリノスは今季、絶好のスタートを切っていた…

 もう、これ以上負けられない。

 あまりに陳腐な表現ではあるが、横浜F・マリノスにとってJ1第11節のヴァンフォーレ甲府戦は、そんな試合だったに違いない。

 遡(さかのぼ)ること、およそ2カ月。F・マリノスは今季、絶好のスタートを切っていた。

 開幕戦で、今季の優勝候補筆頭格と目される浦和レッズ(実際、第11節終了時点で首位に立っている)に3-2で競り勝つと、第2節では北海道コンサドーレ札幌を3-0で下し、開幕2連勝。開幕戦からホーム2連戦という有利さはあったにしても、抜群のスタートダッシュだった。

 その一方で、この日の対戦相手、甲府は開幕当初、前途多難を思わせた。開幕戦こそガンバ大阪と1-1で引き分けたものの、続く2試合は鹿島アントラーズに0-1、浦和レッズに1-4と連敗。序盤にいきなり上位勢との対戦が続いた不運もあって、苦しいスタートを余儀なくされた。

 ところが、対照的なスタートから一転、シーズンが進むにつれ、両者は徐々にその立場を入れ替えていく。

 F・マリノスは、2連勝で迎えた第3節以降の8試合で2勝5敗1分け。しかも、前節(第10節)まで3連敗中と大失速したのに対し、甲府は2敗1分けで迎えた第4節以降の7試合で、3勝1敗3分けと大きく息を吹き返していた。

 上から徐々に順位を下げてきたF・マリノスと、下から徐々に順位を上げてきた甲府。気がつけば、前節(第10節)終了時点でF・マリノスが11位、甲府が12位と、「(今季の)スタートはトップとビリのような順位だったが、今はなぜか近くにいる」(甲府・吉田達磨監督)という状況になっていた。

 F・マリノスにすれば、せっかくの好スタートを切った今季、このままズルズルと順位を落とすことは絶対に避けたいところ。ここで敗れて両チームの順位があっさりと入れ替わるようなら、悪い流れに歯止めがかからず、さらに後退しかねない。対照的な臨戦過程を歩みながら、勝ち点で追いつかれてしまった甲府との対戦は、F・マリノスが絶対に踏みとどまらなければならない、いわば最終防衛ラインだったのである。

 結論を言えば、F・マリノスはこの大事な一戦に1-0で勝利した。

「今日は勝利できたことが重要だった」

 F・マリノスのエリク・モンバエルツ監督がそう語ったように、選手、スタッフはもちろん、サポーターも含めて誰もがほっと胸をなで下ろす、4試合ぶりの勝利だった。

 前半のアディショナルタイムに値千金の決勝ゴールを決めた、DF金井貢史が語る。

「今日はどうしても勝ち点3が必要だった。この勝利はみんなで残した結果だと思う」



ヴァンフォーレ甲府相手に1-0で勝利した横浜F・マリノスだが... 確かに価値ある勝利ではある。しかし、ひとたび試合内容に目を向ければ、最近の悪い流れを引きずった、依然として不安を感じさせるものだったと言わざるをえない。モンバエルツ監督が語る。

「前半はうまく試合をコントロールできていたと思う。ハーフタイムまでに2点リードできていれば、後半も落ち着いて展開できたと思うが、(1点しかリードがなく)選手が勝たなくてはいけないとプレッシャーを感じてプレーしていた。何度かチャンスは作ったが、(決められずに)難しい展開にしてしまった」

 キャプテンのMF齋藤学も、「(内容がよくない原因は)気持ちの部分。僕がもっと引っ張れればよかったが……」と漏らし、勝利のあとにもかかわらず表情を曇らせ、反省の弁ばかりを口にした。

「勝ちはしたが、内容的にこんなんじゃあ、上にいけない。前半の戦いを90分間続けられれば、2点目、3点目と取れたと思うが、負けが続いて、みんな自信をなくしている。負けたくないという気持ちが強く、(つながずに大きく)蹴ることが多くなって、間延びしてしまった」

 そして、チームの現状を「残留争いをしているみたい(な戦い方)になっている」と辛辣にたとえ、わずか数分間の取材対応のなかで「こんなんじゃあ、上にいけない」という言葉を、4回も5回も繰り返した。

 甲府にセカンドボールを連続して拾われ、自陣に押し込まれる時間も少なくなかったF・マリノスに、(とりわけ後半は)内容的な光明を見出すのは難しい。

 しかし、だからこそと言うべきか、連敗を3で止め、久しぶりに勝ち点3を手にした意味は大きいと言える。

「勝ちを拾うことで次につながる。今は強くなるために必要な段階を踏んでいるところだと思う」とは、キャプテンの弁。敗戦が続いたことで腰が引け、セーフティーなプレーばかりを選択するようになっていた選手たちも、これで少なからずプレッシャーから解放されるだろう。

 指揮官は「連敗が続いていたのだから、プレッシャーを感じるのは普通のこと」と、選手の心理状態をおもんばかり、こう続ける。

「結果に対するネガティブなプレッシャーが強く、そのため、プレーがうまくいかないところがあると、より自分たちでプレッシャーをかけてしまっていた。(同じプレッシャーでも)ネガティブなものではなく、自分たちのプレーのクオリティーを求めるポジティブなプレッシャーに変えていかないといけない。(勝ったことで)ひとつずつ自信を取り戻し、自分たちが持っているクオリティーを出していけるだろうと思っている」

 3連敗で迎えたこの試合、ピッチ上のF・マリノスの選手たちからは、どうにか悪い流れを変えようと必死でプレーする様子が見てとれた。だが、その必死さがチーム全体としていまひとつかみ合わず、空回りしている印象は否めない。キャプテンの齋藤を筆頭に、一人ひとりの努力が結果としてゴールにつながらず、徒労に終わってしまう様子は痛々しくもある。

 そんな苦しい戦いのなかで手にした1勝だからこそ、これをプレッシャーを取り除くきっかけにし、是が非でも再浮上につなげたいところである。

 殊勲の金井は「今日の勝ち点3も、次に勝たないと意味がない。今日の戦いをベースにもっと上積みできたらいい」と話し、気を引き締める。

 内容はどうあれ、1勝は1勝。F・マリノスがこの勝利の価値を上げるも下げるも、今後の戦い次第である。