スーパーGTとデザイン前編「初音ミクのマシンができるまで」4月16、17日、岡山国際サーキットでスーパーGTの2022シリーズが開幕した。国内でもっとも高い人気を誇る自動車レースであるスーパーGTは、国内外のさまざまな自動車メーカーのマシン…

スーパーGTとデザイン
前編「初音ミクのマシンができるまで」

4月16、17日、岡山国際サーキットでスーパーGTの2022シリーズが開幕した。国内でもっとも高い人気を誇る自動車レースであるスーパーGTは、国内外のさまざまな自動車メーカーのマシンを使って約50チームが参戦。そのなかで特に目立っているのが、ゼッケン番号4のグッドスマイルレーシング(GSR)だ。バーチャル・シンガー初音ミクをあしらったデザインの"痛車"で、「初音ミクGTプロジェクト」と題して参加している。その奇抜なカラーリングはどのようにして生まれるのか。デザイナーに話を聞いた。



グッドスマイルレーシングのスーパーGT2022シーズンのマシン

開幕前年夏よりデザイン作業がスタート

 2008年にGT300クラスに参戦し始め、今年で14周年を迎える「初音ミクGTプロジェクト」は、これまで3度のシリーズチャンピオンを獲得したトップチームのひとつ。チームのトレードマークはバーチャル・シンガー初音ミクのレーシングバージョン、通称「レーシングミク」だ。

 サーキットでひと際目を引くデザイン・カラーリングを手掛けるのは、チームを運営するグッドスマイルカンパニーのデザイン部に所属する八塚悠輔さん。同社のアートディレクターとして普段はフィギュア製品のパッケージやポスターなどをデザインしているが、2年前からGSRのマシンカラーリングの担当になったという。

 八塚さんにとって2作目となる2022年仕様のカラーリングのデザインがスタートしたのは昨夏だった。

 2022年のレーシングミクのデザインを担当するイラストレーターnecoさんが描いたレーシングミクを、どのようにマシンデザインに落とし込むのか。八塚さんは、デザインコンセプトに上がっていた「宇宙」や「近未来」というキーワードをもとにイメージを膨らませ、昨年10月にたたき台となるデザイン案を社内に提出した。

「デザイン案をもとに、プロジェクトのアートディレクションを担当するコヤマシゲトさんやエントラントでもある社長(安藝貴範グッドスマイルカンパニー社長)と話し合いました。新しいレーシングミクは前年までのカワいい系からカッコいい系に変わり、ライムグリーンの大きな旗が印象的だったので、ここ数年のピンクとミクのイラストを強調したカラーリングから、今年は大きな旗をデザインの中心に置いてイメージを刷新しようという結論になりました」


初音ミクのレーシングバージョン

「レーシングミク」2022年版イラスト

 マシンデザインのお披露目は、1月上旬に開催される世界最大級のチューニングカーの展示会、東京オートサロン。オートサロン開催日から逆算して施工作業に必要な時間を勘案すると、前年12月中旬にはマシンのデザインを完成し、データを印刷所に入稿しなければならない。10月時点で残された時間はそれほど多くなかったのだ。

 八塚さんが作ったデザイン案をベースにチームで議論し、意見を踏まえたデザイン案を再度作るという作業が繰り返された。結果として制作された案は、実に20種類以上にのぼった。

「グリーンのフラッグをマシン全面に敷いてみたり、半分にしてみたり、ちょっとサイドをホワイトにしてみたり......。手探りでいろんなパターンを用意してみました。最終的には、フラッグがクルマ全体に貼り付けられるようなイメージでいこうと決まりました。また、クラシックなレーシングカーのイメージでラインを入れてみようとの話も出ました。それで過去のレーシングカーのデザインをいろいろ調べて、自分になりにまとめていきました」



レーシングミクが持つグリーンのフラッグがデザインのポイントになった

意見を出し合い、修正を繰り返す

 そして11月中旬、八塚さんは新たなデザイン案を完成させた。

「今年のカラーリングのポイントであるグリーンのフラッグのデザインにはすごくこだわりました。フィギュアの原型を作っている3Dモデリングチームに、3次曲線で波打つような柄のパターンを何種類か作ってもらい、マシンに乗せた時にどういう動きに見えるかと検討しました。『ちょっと詰まりすぎているよね』とか『ここは波打ちすぎじゃないか』などの意見が出て、ちょっとずつ調整していきました。

 この段階でデザインのコンセプトは固まってきました。チームが2016年にMercedes-AMG GT3を採用して以来、フロントマスクはピンクや黒で歌舞伎の隈取のようなラインを入れて、力強い印象のデザインでした。しかし今回はその方向をやめて、フロントマスクを白くシンプルにすることになりました」

 だが、フロントマスクを白くしたことで、「淡白になりすぎている」との意見が出た。その課題を解決すべく、グリーンのボディ後部に、黒っぽいデジタル風のノイズのようなデザインを加えた。

「デザインでは、マシンのスピード感を常に意識している一方で、初音ミクのデジタル感もイメージとして取り入れたいと考えました。そこで、スピードによって電子がズレたというイメージのモチーフはどうだろうかと、マシン後部に入れてみました」



フロントマスクはシンプルな白色に



後部はイレギュラーな黒色の模様を入れ、デジタル感を表現



デザインに使った資料や模型。度重なる修正を続けて完成させた





 締め切りまで1カ月を切ると、毎日のようにデザイン案に対する意見を出し合い、修正を重ねていった。そして11月下旬に作業は最終段階に入り、八塚さんはデザインの細かい調整を行なった。

「ボディサイドのラインはレーシングカーにとって定番のデザインアイテムです。マシンは昨年までと同じMercedes-AMG GT3なので、カッコいいラインの位置は結局似たようなところにはなりますが、その年の全体のデザインに合ったベストな位置、ライン自体のデザインを慎重に検討します。今回も正面から、上から、左右それぞれから見た時の印象を検証しながら微調整しました」

お披露目ギリギリに完成

 ラインの位置が決定し、ついに全体のデザインが固まった。仕上げにスポンサー各社のロゴやゼッケンを配置して、初音ミクのライセンサー(クリプトン・フューチャー・メディア)が最終確認。いよいよ完成したデザインデータをGSRのラッピング施工を行なう「のらいも工房」に入稿した。その時は12月中旬、まさにデッドラインぎりぎりだった。

「入稿時、デザインコンセプトシートを作ってラッピング施工の担当者と打ち合わせに臨みます。フラッグをマシン全体に敷くイメージであることや、最終的にどんなふうに見えることを期待しているのかなど、できるだけ具体的に伝えるように心がけています。施工を進めていくと事前に想定したデザインを実現できない部分が出てくることがどうしてもあります。そんな時でも施工担当の方にデザイナーの意図をしっかり伝えることができていれば、どの方向性で解決するべきか提案してくれるのです」



1月の東京オートサロンにて



開幕前のテスト走行にて

 数々の工程を終えて、ついにマシンのラッピングが完成したのは年明け。マシンはそのまま千葉・幕張メッセに運ばれ、1月中旬のオートサロンでGSRの2022年仕様カラーリングとして、無事にお披露目された。

 今シーズンもGSRは試行錯誤を繰り返して完成したデザインとともに、元F1ドライバーの片山右京監督の下、谷口信輝選手と片岡龍也選手という不動の布陣でGT300クラス4度目のチャンピオンを狙う。

(後編「マシンとレースクイーン衣装のデザインについて」につづく)