プロeスポーツチーム「BC SWELL」を運営するSWELLの取締役CINOに就任した大久保嘉人「違う世界も見てみたいと、ずっと思っていました」 サッカー選手として活動してきた21年。大久保嘉人は正に一流のプロだった。他の多くのプロのように…


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「BC SWELL」を運営するSWELLの取締役CINOに就任した大久保嘉人

「違う世界も見てみたいと、ずっと思っていました」

 サッカー選手として活動してきた21年。大久保嘉人は正に一流のプロだった。他の多くのプロのように、引退後もサッカーの道を歩み続けるだろうと、誰もが思っていた。しかしサッカーと深くつき合い続けてきたからこそ、サッカー以外の道に挑戦したかったという。

「僕はサッカーしか知らない。自分の可能性を広げるために、サッカー以外の世界に足を踏み入れてみたかったんです」

 2022年3月、大久保はプロeスポーツチーム「BC SWELL」を運営する株式会社SWELLからのオファーを受け、同社の取締役CINO(チーフイノベーションオフィサー)に就任した。BC SWELLは、NTTドコモが運営するX-MOMENT主催の「PUBG MOBILE」のプロeスポーツリーグ 『PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE』に参加しているほか、設立わずか1年たらずで、世界大会『PUBG MOBILE GLOBAL CHAMPIONSHIP 2021』にも出場。その他、『リーグ・オブ・レジェンド:ワイルドリフト部門』や、『ストリーマー部門』など、さまざまなゲームタイトルで活躍している今注目のチームだ。

 ゲームによる対戦を競技と捉える「eスポーツ」。大久保にとって未体験の領域への挑戦となるが、大久保自身はむしろサッカーとの共通点を見出している。

「どちらも勝負の世界だから、eスポーツとサッカーはよく似ています。選手のメンタリティやストイックさはまったく同じだと感じました」

 サッカーの最前線で20年以上活躍してきた男が、eスポーツに太鼓判を押した。それほど、彼の眼に映るプロゲーマーたちは、勝ち負けにこだわるプロフェッショナルだったのだろう。

 とはいえ、業界を俯瞰すると異なる点が多いことも確かだ。業界としての歴史の長さは、その最たるもののひとつだろう。多くのeスポーツタイトルにおけるプロシーンの歴史はまだ浅く、大久保に匹敵するキャリアを持ったプロゲーマーはまだ存在しない。

「選手を続けるうえで一番大事なのは、自分を信じること」と、大久保は長いプロ生活を支えた信念を語る。

 18歳の頃に鮮やかなプロデビューを果たした大久保だが、当初は「そこまで自信がなかった」という。だからこそ、言われたことに従う場面が多かった。「こうしたほうがいい」と言われたことを素直に信じて行動していた。



eスポーツとサッカーの共通点を語る大久保嘉人

 だがそれを実践して上手くいかなかった時、責任を負うのは自分だけだった。誰かの言っていることに従っても、その「誰か」が責任を取ってくれることはほとんどない。次第に「自分で考えて自分で行動したほうがいいんじゃないか」と考えるようになった。

「自分で考えて失敗したほうが、モヤモヤを抱えずに切り替えられるんです」

 もちろん、最初から自分を信じるのは難しい。実践や成功体験を積み重ねなければ、本当の自信はついてこない。しかし競技の世界に正解はない。正しい方法は人によって違うし、常に変化していく。そういう世界だから、自分を信じたほうが納得できる。20歳の時、そのことに気がついた。

 信念を持ち、20年以上に渡ってプロ選手としてのキャリアを歩み続けた大久保が、まだ歴史の浅いeスポーツ業界に特別な価値をもたらすだろう。

 BC SWELLの選手について聞くと、大久保は繰り返し「eスポーツとサッカーはよく似ている」と強調した。しかし選手目線で、ひとつだけ大きく異なる点があるという。それは試合会場における観客の存在だ。

「サッカーの試合は常にファンに囲まれていて、試合に勝てばチームメイトだけでなく観客も一緒になって盛り上がってくれます。それを目の前で感じられるから『応援されている』と実感が持てると思うんです。だけどオンラインでプレーするゲームでは、たとえ試合に勝ってもその瞬間はチームメイトとしか喜べません。その点は大きく違いますね」

 過去に行なわれていた大規模なオフラインeスポーツ大会には、大勢の観客が集まっていた。だが新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、現在ではYouTubeなどの動画配信サイトを通じて、生配信やアーカイブ動画にて観戦することが主流だ。

 かつてのようにオフライン大会の機会が増えれば、選手たちもファンのありがたみを肌で感じることができる。選手にとってもファンにとっても、苦楽を共にすることは唯一無二の体験だという。

「ファンと共に一喜一憂し、応援されるようなチームを僕は目指していきたい。そのためにも世界で戦えるような強いチームを作りたい。見ていてワクワクするような。できれば攻撃的なチームがいいかな」

 少年のような笑顔を浮かべながら、大久保は力強く宣言した。勝負の世界は厳しく、世界への壁は高い。チームワークのためには己を捨てる瞬間も訪れる。チーム競技の冷酷な一面を知りながらも、選手たちを信じて、あえて大久保は大きな夢を語った。

 一方、大久保のゲーム歴はというと、子どもの頃はファミコンで遊ぶことが多く、母親によく叱られていたという。ただ、当時からゲームでも友だちと勝負することが好きだったそうだ。自身も親となった今、かつてよりもゲームは身近になり、親子でゲームを遊ぶ家庭も増え、プロゲーマーを目指す子どもも少なくない。

「(自分の)子どもたちもゲームが好き。よく息子と対戦するんですけど、なかなか勝てないんですよね」

 大久保は『フォートナイト』や『eFootball』などをプレーするが、とくに『フォートナイト』はその操作の難しさに驚いたという。対する息子たちはそういった世界で当たり前のように遊んでいるからか、難しい操作もあっという間に習得していく。ゲームの知識にしても、YouTubeにあがっているプロゲーマーの実況動画などを日頃から見ているからか、驚くべき速さで吸収している。

「僕のほうが弱いのは当たり前なんですけど、根が負けず嫌いなので......。息子にいいようにされているのは結構悔しいです。いつか息子を倒して驚かせてやりたいと思っています」

 親子で当たり前のようにeスポーツの試合を観戦し、子どもが本気でプロゲーマーに憧れ、社会的にもプロゲーマーが認められる。そういった環境を整えることが、大久保が目指す未来だ。自身の可能性だけではなく、eスポーツの可能性も広げていく大久保嘉人の新たな挑戦は、始まったばかりだ。