今、三菱自動車の世界ラリー選手権(WRC)への復帰を論ずるのは時期尚早なのは私も承知の上だ。だが、自動車メーカーというのは、つねにあらゆる可能性を探っているのも事実だ。 ◆【前編】三菱ラリーアート、再…

今、三菱自動車の世界ラリー選手権(WRC)への復帰を論ずるのは時期尚早なのは私も承知の上だ。だが、自動車メーカーというのは、つねにあらゆる可能性を探っているのも事実だ。

◆【前編】三菱ラリーアート、再参戦へのシナリオ 新規定は前プロト同様に有利か…

■三菱ラリーアート、WRC復帰後の拠点候補

さて、三菱ラリーアートがWRCに復帰する場合、最大のネックとなるのは欧州の実戦部隊の拠点だ。2009年の三菱自動車モータースポーツ(MMSP)解散後は英国(旧ラリーアートヨーロッパ)もフランス(旧SBM=マングレーガレージ)も独立チームとしての道を探ったが、活動は途絶えている。EUを離脱した英国に拠点を置くことはないだろう。三菱にとってはゼロからの再スタートとなる。すべてを自社で行おうとすれば……だ。

製作中のレーシングランサー(C)MITSUBISHI MOTORS

そこである人物の名が浮かぶ。三菱ラリーアートとともに黄金期を歩んだトミ・マキネンだ。現役を引退したマキネンはフィンランドでトミ・マキネン・レーシング(TMR)というモータースポーツファクトリーを経営し、2017年のトヨタのWRC復帰に際してはワークスチーム(TGR=WRT)の拠点となっている。

現在トヨタのWRC活動はTMG (トヨタモータースポーツGmbH)の直轄となりマキネンはアドバイザー契約を結んでいる。活動の表に立つことはほとんどないようだが、2021年のWRCフィンランドではむしろランサー・エボリューションⅢでデモ走行を行っている。トヨタの豊田章男社長はかつて海外モータースポーツメディアに対して「三菱やスバルがWRCに復帰するならサポートする」と語っている。もし三菱がマキネンを必要とし、またマキネンもそれを望むのなら喜んで彼を送り出してくれるだろう。

マキネンと杉本氏(提供:杉本達也)

■課題はモータースポーツ事業での利益創出

新生三菱ラリーアートとマキネンのジョイントとなれば大きな話題になることは間違いない。スポンサーも得やすくなるかもしれない。

しかし忘れてはいけないのは、前回の連載で述べたように、三菱はかつてMMSPの維持コスト(利益を生まない組織である)を理由にワークス活動を終了している。もしWRCに復帰するのであれば、モータースポーツ事業そのもので利益を創出できる組織構造にする必要がある。

いい手本があるではないか。かつての事業子会社「株式会社ラリーアート」は世界各地に独自に構築し配置したネットワークを通して、ランサー・エボリューションのグループN車両でビジネス的に成功を収めている。ランエボが三菱自動車の正規輸出車両となる以前から、もっと言えばギャランVR-4の時代からだ。このビジネスを再現できるかも鍵だろう。

現在のWRC、あるいは欧州ラリー選手権(ERC)ではワークスチームのラリー1を頂点に、ラリー2から5までの車種がピラミッドを構成している。現在のトヨタ、フォード、ヒョンデの三大ワークスは活動の原資のひとつとして、これら下位カテゴリーの車両開発や販売を行っている。モータースポーツを文化とする欧州ならではのビジネスだ。ワークス出場から撤退し、モータースポーツ部門をアウディに統合したフォルクスワーゲンでさえポロのアフターサービスやパーツ供給を続けている。

ここではルノー日産三菱のアライアンスを活かすべきだろう。プライベーター向けラリーカーの生産はルノー傘下のアルピーヌスポーツ(2021年3月ルノースポールから改称)に委託するのだ。実はアルピーヌスポーツは、ルノークリオ(日本ではルーテシア)のラリー3~5車両の開発も行っている。その点でルノーから難色を示されたり、三菱にとっては他のワークスチームに比べると利益率は下がるかもしれないが、アライアンス全体の収益向上とフランス国内の雇用創出に貢献できるというエクスキューズも成立する。

ルノークリオ・ラリー3(C)ERC/FIA

国際自動車連盟(FIA)は、ラリー1を頂点とする新規定は、より多くの自動車メーカーにとってブランド発展のためのWRC参入を検討しやすいものとなっていると自信を持っている。前ラリーディレクターのイブ・マトンは在任中、2024年には新たなメーカーの参入を見込んでいると語っている。

チーム三菱ラリーアートの実戦復帰が発表されて間もなく、チーム総監督に就任した増岡浩さんからの電話があった。1日から三菱自動車に新設される「ラリーアートビジネス推進室」の担当部長にも就任するという報告も受けた。部門名称からも分かるとおり、ビジネスとして収益を得るための三菱の本気が見える。

会話のほとんどは旧友同士の私的なものなので控えるが、読者には一言だけ彼の言葉を伝えておこう。その言葉をどう捉えるかも、お任せして。

「今年は練習です。しっかりと練習して『本番』は……来年です」。

◆【前編】三菱ラリーアート、再参戦へのシナリオ 新規定は前プロト同様に有利か…

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著者プロフィール

中田由彦●広告プランナー、コピーライター

1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。