世界王者の凱旋の舞 4月2日、大阪。先月、世界王者となった宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)は、「スターズ・オン・アイス」で帰国後初めてのリンクに立っている。スターズ・オン・アイスに出演した宇野昌磨「凱旋の舞!」 場内DJにそう紹介されると、…

世界王者の凱旋の舞

 4月2日、大阪。先月、世界王者となった宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)は、「スターズ・オン・アイス」で帰国後初めてのリンクに立っている。



スターズ・オン・アイスに出演した宇野昌磨

「凱旋の舞!」

 場内DJにそう紹介されると、『グレイト・スピリット』が流れ出し、クラブにいるような錯覚を与え、空気が変わった。曲の根底にある原始的、宇宙的な世界観が演者の透徹した人生と重なって魂を揺さぶるのか、一瞬で一体感がつくられる。自然と拍手がわき起こり、スタンドでは陶然としたファンの姿があった。

 宇野は、その熱流のど真んなかにいた。冒頭の4回転トーループなどのジャンプも見事だったが、とにかくスケーティングで人々を惹きつける力があった。『グレイト・スピリット』は、昨シーズンまでのショートプログラム(SP)曲で、それ以前にはエキシビションで使っていたが、激しいリズムと同化した動きの鋭さは際立っていた。

「(自分と)同年代の人が、『まだスケートしているのかよ!』って思うくらい(スケートを)続けたい」

 前日の会見で宇野は言った。アイスショーを巡る短い凱旋記でも、新たな王者の肖像が浮き彫りになっていたーー。

食生活を「普通」に変え、絞った体

 今シーズン、宇野はグランプリ(GP)シリーズ、全日本選手権、北京五輪団体戦、個人戦、そして世界選手権と突っ走ってきた。どれも優勝を争う成績で、五輪では2つのメダルを獲り、ワールドチャンピオンにもなった。

 体力面だけでも傑出だ。多くの選手は長いシーズンを戦うに従い、体にガタがくる。何より、精神的にも激しい消耗を感じさせる。結果的に、ケガもしやすい状態になるのだ。

 ところが、宇野は尻上がりに調子を上げ、神がかった心身の充実が見られる。

「6年前にシニアデビューした時、体重を計っていて。それと照らし合わせると、身長は同じなのに今は3kgも多くなっていて。昔のほうが痩せているのは、自分はうれしく思わないので」

 そう語った宇野だが、ストイックという枠組みにはめられるのを避けたいのか、やんわりと答えの角度を変えた。

「1年前の世界選手権が終わった時、すごく太っていて。今も嫌いな物は食べないですけど、食生活を普通に近づけてきました。だから意識して絞ったのではなく、もともとの食生活があまりにひどかっただけで。特に飲み物は『レッドブル』ばかり飲んでいたので、お水やお茶に変えました(笑)」

 結果として、1年で体を絞れたのは間違いない。フィジカル的な安定で、積み上げてきた技術を出せるようになった。「成長したい」と繰り返してきた意欲に追いついた。弾むような躍動が、世界選手権での世界歴代3位の得点に繋がったのだ。

「すべてかみ合った」シーズン

 もっとも、宇野自身はスケートという一点に集中する一方、アイコンにされる動きを好まず、<解き放たれて生きること>を願っているように映る。

「今年のオリンピック、世界選手権では満足のいく結果が残せましたが、人生が変わったわけではなく」

 宇野は淡々と言う。

「自分はスケートのなかでずっと生きてきて、これからもそれは変わらないし、周りの人も変わっていません。オリンピックだからこうしたい、というのはいっさい考えていませんでしたし。たとえオリンピックであっても、そのシーズンをダメにしても、自分はできるすべてを(目の前の)試合で出しきるっていうことを考えています。成長につながる決断をした結果、運よくすべてがかみ合いました」

 運よくかみ合った、と言えるのが世界王者の矜持か。自分の力におごらない。もっと大きな天運のようなものに引っ張られる、彼自身が磁力を持つのだ。

 その境地は寛容さという人間的魅力につながる。

「この成績が残せたのは、(鍵山)優真くんの影響は大きかったです」

 世界選手権優勝後のオンライン会見で、宇野は語っていた。

「優真くんが『憧れの存在』と言ってくれたので、僕も『そんな存在であり続けたい』とも発言しました。でも、それよりもお互いが刺激し合って、成長していける関係でいたいなと思っています。年齢はだいぶ離れていますが、『友達』というか。一緒に切磋琢磨し、練習していきたい」

 宇野の使う「友達」という言葉には懐かしさを感じさせた。少年時代のような敵味方や利害のない親しい間柄というのか。結果はどう出たとしても、ライバルよりも仲間、同志が近い。

 自然体な無垢さが、宇野昌磨の本質なのだろう。

 アイスショーで演技を終えた彼は、リンクから通路へ静々と向かっている。照明が消え、辺りが暗くなって、ほとんど見えなくなったが、一瞬、彼は振り返り、静かにリンクへ向かって一礼していた。人に見えないところを、彼は欠かさない。スケートを滑ることに対する真摯さは、世界王者になっても少しも変わらなかった。

 その懸命さが、スケートの女神に愛されるのだ。