2年半前の初対戦は、新しい何かの始まりのような、希望の予兆の香りがした。「自分より若い人と対戦するのは、私にとって珍しい体験。勝てたのは、私に運があったから。彼女とはこれからも、何度も対戦することになると思う」 2019年夏のロジャーズ・…

 2年半前の初対戦は、新しい何かの始まりのような、希望の予兆の香りがした。

「自分より若い人と対戦するのは、私にとって珍しい体験。勝てたのは、私に運があったから。彼女とはこれからも、何度も対戦することになると思う」

 2019年夏のロジャーズ・カップ(カナダ)3回戦。勝者となった大坂なおみは、オンコートインタビューでそう語った。



決勝進出を決めて笑顔が戻ってきた大坂なおみ

 彼女が7−6、6−4のスコアで退けた相手は、予選を突破し勢いに乗るイガ・シフィオンテク(ポーランド)。

 当時の大坂は21歳で、グランドスラム優勝者の肩書きも持つ世界ランキング2位。対するシフィオンテクは、プロのキャリアを本格的に歩み始めたばかりの65位で18歳。

 そのふたりは立場を入れ替え、今回のマイアミ・オープン決勝戦で2度目の対戦を迎える。

パワーテニスの申し子である大坂に対し、コートカバー力と多彩なショットを武器とするシフィオンテク。育った地は、方やアメリカで、方やポーランド。

その生い立ちや背景は、大きく異なるように見える。ただ、初めてネットを挟み対峙した時から、ふたりは互いに共通した要素を見いだしていた。

「私たちは両方ともシャイで、似ていると感じた。ナオミはセレブリティなのに、ものすごく謙虚で普通な人でびっくりした!」

 当時18歳のシフィオンテクは、大坂との邂逅を興奮気味に語っていた。

「NYで一緒に練習しようね」「絶対だよ!」

 初対戦直後、そんな微笑ましい約束をツイッター上で取り交わしたふたりは、数週間後に全米オープン会場で練習をともにする。誘いの声をかけたのは、大坂のほうだった。

 その後もシフィオンテクは折に触れ、キャリア上の悩みを大坂に打ち明けたこともある。

 2020年1月、当時まだ高校生でもあったシフィオンテクは、卒業後に大学に行くことも視野に入れていた。そのことを本人から相談された大坂は、全力でシフィオンテクを勇気づけたという。

大舞台にめっぽう強い両者

「一緒に夕食を食べていた時、彼女は大学に行こうかなと思っていると言っていた。私は『大丈夫だよ、あなたは絶対にすばらしい選手になるから。今はまだ、大学にエネルギーを割く時ではないと思う』って言ったの。

 だからその後、彼女がグランドスラムで優勝した時(2020年・全仏オープン)は、すごくうれしかった。彼女にはこのまま強くなっていってほしいし、そうなると確信もしている」

 大坂が、我が事のようにうれしそうに語ったのは、昨年の全豪オープンの時だった。

 大坂が「これからも、何度も対戦することになると思う」と予見した初顔合わせから、今回の2度目の対戦まで2年半の時を要した。ただ、その間にふたりが歩んだ足跡を思えば、それは最良の舞台が整うまでに必要な月日だったのかもしれない。

 シフィオンテクは2020年10月に全仏オープンを制し、来週には世界ランキング1位に上り詰めることが確定している。一方の大坂は、精神面の揺らぎを告白しランキングも落としたが、今大会で再びトップフォームを取り戻した感が強い。

 大舞台にめっぽう強いのも、両者に共通する特性だ。

 グランドスラム、およびWTA1000クラスの大会の決勝戦の戦績は、大坂はグランドスラム4大会を含む6戦全勝。2020年シンシナティ大会決勝の欠場はあるものの、コートに立てば負けなしだ。

 対するシフィオンテクも4勝0敗。しかも彼女は現在、2月末のカタール・オープンを皮切りに、BNPパリバオープンでも優勝して今大会は3大会連続優勝がかかっている。世界1位のアシュリー・バーティ電撃引退の衝撃はまだ消えないが、まるで自分が女子テニス界を牽引していくと宣言するかのような、圧巻の連勝ロードだ。

 この16連勝に象徴されるように、シフィオンテクの強さの基軸は万能性と適応力の高さにある。今大会の準決勝でも、低い軌道のストロークを得手とするジェシカ・ペグラ(アメリカ)をベースラインから引かぬハイペースの打ち合いで退けた。

もう会えて喜ぶ立場ではない

 そのシフィオンテクに先立ち決勝の席を確保した大坂は、試合直後に涙を浮かべ、オンコートインタビューでも「ちょっと泣きそう」と声を上ずらせていた。

 2021年全豪オープン以来の決勝進出であること。マイアミ・オープンは彼女のホームトーナメントであること、そして準決勝の対戦相手が3連敗中の"天敵"ベリンダ・ベンチッチ(スイス)であること......。それら種々の要素が、彼女の心を揺さぶったようだ。

 ベンチッチとの過去の対戦では、大坂は「パニックになっていた」と振り返る。その主因は、「彼女(ベンチッチ)のプレーのことごとくが、私にとって相性が悪い」ことにあると言う。

「私の武器はサーブとリターンだが、彼女はリターンがすばらしく、すぐに攻め込んできて私を守勢に追いやる。しかも彼女のボールは速いけれど、強打ではない。だから正しい距離感をつかむのが難しく、いつも重心が後ろになってしまっていた」

 準決勝のベンチッチ戦でも、第1セットを落とした大坂は、「またいつもの展開だ」と落ち込みもしたという。その時に大坂が自分に言い聞かせたのは「今こそ自分の成長を示す時だ。過去と同じ過ちをしてはいけない。最後の一打まで全力でプレーしよう」だった。

「正直、彼女のプレーに対抗する答えが見つかったわけではない。ただ、サーブで危機を切り抜けられたのと、最後まで戦い抜いただけ」

 浮かべた涙の主成分は、過去の自分を乗り越えた幸福な達成感だった。

 大坂が言及したベンチッチ戦の勝因は、奇しくもシフィオンテクが大坂との初対戦で学んだ「トップ選手の強さの理由」だったという。

「ナオミは重要な局面でいいサーブを打っていた。強い選手とはそういうものだと知り、そして今、私もそれができていると思う」

 静かな口調に、世界2位は矜持を込めた。

「彼女の急成長に驚いている」と大坂が笑みを浮かべれば、シフィオンテクは「私はもう、セレブと会えて喜ぶ立場ではないわ」と涼しく笑う。

 多くのファンが望んだ決勝戦の好カードは、今後も長く綴られていく、新たなライバル物語の序章となる。