マイアミ・オープン(WTA1000)の準決勝、大坂なおみが東京五輪金メダリストのベリンダ・ベンチッチ(スイス)を4-6、6-3、6-4で破り、決勝進出を果たした。1997年生まれの2人がハードロック・スタジアムでドラマチックな試合を魅せた。…

マイアミ・オープン(WTA1000)の準決勝、大坂なおみが東京五輪金メダリストのベリンダ・ベンチッチ(スイス)を4-6、6-3、6-4で破り、決勝進出を果たした。

1997年生まれの2人がハードロック・スタジアムでドラマチックな試合を魅せた。

今季はシーズン序盤にコロナに感染したことから結果が思わしくなかったベンチッチと、全豪後にランキングが急降下し再起をかけ出発した大坂の対決では、共にツアー生活のアップダウンを経験してきているキャリアから、上昇気流に乗った際にどこまで好調の機会を掴み取るか……、この一戦が今後の歩みに変化を与えると知っているかのような緊迫感が張りつめていた。何よりも対照的ともいえる2人のプレーが、このタイミングでWTA1000レベルの決勝の座を競い合うことは一つの分岐点に思われた。

【実際の映像】大坂なおみ、好調の要因は相手が反応できないこの“絶品サービス” ベンチッチ戦で炸裂した全18本のサービスエースを動画で一挙振り返り

■大坂の好調を支えるサービスと「3本目の攻撃」

過去の対戦はベンチッチが3勝1敗。大坂が唯一勝ち取った試合は2013年、ITF下部ツアーでの対戦のことだ。その後の3戦は2019年にツアーレベルでベンチッチの知略的なテニスが大坂のパワーを封じ込めてきた。

ベンチッチのその自信がスタートダッシュを後押しする。ボールの跳ね際を捉え、大坂のパワーを利用しては、正確なショットをオープンコートに打ち込み続けた。考える隙も与えないほど時間を奪い、バランスを崩したと見るとスイングボレーで鮮やかにエースを決める。そのベンチッチの攻撃の速さに、少し考えるしぐさを見せた大坂だったが、第1セットを落としたという大きな落胆やイラつきは見えなかった。それよりも、やるべきことがはっきりと見え、より集中力を高めているようにさえ感じた。

今週の大坂は、とにかくサービスの調子がいい。その後の「3本目の攻撃」も高い精度を発揮しゲームメークを支えている。サービスが柱となり精神的な余裕が生まれることで、リターンゲームであらゆることを試すことができ、ゲームの好機を見定められているように見受けていた。

その手応えを後ろ盾に、このゲームの大坂のファーストステップはベンチッチのテンポの速さにフィジカルでついていくことだったように思う。時間を奪うことで、焦りや迷いを生みミスショットを増やしたい、早めにポイントを終わらせたいベンチッチにとって、自身のペースについてこられることこそ嫌なものはなかったはずだ。

それを見越していたかのように、大坂は時間が経過する度にベンチッチの打つコースを把握し、彼女の攻撃を逆手に取っていった。高速テンポのラリー戦では一瞬の間を見つけエースを叩き込む。セオリー通りにオープンコートへボールを散らしたかと思えば、時には打点をわざと遅らせ相手の逆を突いた。その冷静なしぶとさと精度の高いプレースメントは、ベンチッチの自信を少しずつ削り落とし、パワーだけに頼らない大坂に対し、ベンチッチは手詰まりを感じ始めた。

■苦手ベンチッチをIQテニスで攻略

大坂は、その困惑を見逃すことなく要所でビッグサーブを発揮しプレッシャーをかけ続ける。リターンゲームでは相手の足元となるセンターマークぎりぎりの深さにボールを差し込み、ベンチッチの打ち損じを確実に仕留めては無駄なリスクを背負わずにゲームを進めた。

勝負の要となった第3セット、2-2で迎えた2度目のデュースで大坂はここぞとばかりに勝負に出る。ベンチッチがスライスでワイドに滑らせたサーブを今までのセンターへのリターンが伏線だったかのように、思いっきりクロスにひっぱたきエースを抜いた。これにはベンチッチもボールを見送るだけ、大胆に隙を突かれたようだった。そして握ったブレークポイントでは、予想していたかのようにワイドに来たサーブを見事にバックで鋭角のクロスへ合わせきり、力なく返ってきたボールをオープンコートへと沈めて勝機の流れを掴み取った。

このリスクと駆け引きを天秤にかけたようなゲーム・マネージメントには、大坂が女王への復活ロードを歩み進んでいることを実感する。

試合後に「今日はスイッチが入ったとは思ってなかった」と振り返る大坂だったが、端から見れば3敗を喫していたベンチッチを相手に完全なIQテニスで攻略したようにさえ思えた。

また勝利後には涙を浮かべながらベンチに座る彼女を見ていると、これまでに辿ってきた様々な想いをこの試合と同時に乗り越え、喜びを噛み締めているようでもあった。

「再びナンバーワンになりたいと思わないと言ったら嘘になるけど、そのためのプロセスだとわかっている」と語る大坂を決勝で待ち受けるのは、新女王のイガ・シフィオンテク(ポーランド)だ。ベンチッチと違い、テンポの速さの中にもスピンボールで空間を操ってくるシフィオンテクに対し、大坂はどんなテニスを見せてくれるだろうか。

【実際の映像】大坂なおみ、好調の要因は相手が反応できないこの“絶品サービス” ベンチッチ戦で炸裂した全18本のサービスエースを動画で一挙振り返り

◆現代のテニスを進化させた次の「絶対女王」アシュリー・バーティ突然の引退とその理由

◆大坂なおみ、涙と敗戦の理由 BNPパリバ・オープンで考える人種問題

著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。