2022年3月、ついに「チーム三菱ラリーアート」の実戦復帰が発表された。パリダカを2連覇した増岡浩を総監督に、2022年のアジアクロスカントリーラリーに三菱トライトン(ピックアップトラック)での参戦だ…

2022年3月、ついに「チーム三菱ラリーアート」の実戦復帰が発表された。パリダカを2連覇した増岡浩を総監督に、2022年のアジアクロスカントリーラリーに三菱トライトン(ピックアップトラック)での参戦だ。私の予想より1年早い。いや、早いに越したことはない。それはモータースポーツファンの読者諸氏も同じだろう。

しかし、三菱自動車の社内でも「世界を相手に(トップカテゴリーで)戦ってこそ三菱ワークス」という声もあると聞く。望まれるのは世界ラリー選手権(WRC)への復帰だが、その確度はどれほどだろうか。直近のWRCを取り巻く状況を見る限りにおいては、長らく遠ざかっていた三菱に有利に動いていると捉えた。あくまで「状況」だがそれをもとに、三菱のWRC復帰の可能性が見える状況とはどういうものかを述べてみよう。

(C)三菱自動車

◆【モータースポーツ】三菱自動車「ラリーアート」復活の青写真予想

■「欧州でのプレゼンス強化」を発表済

ラリーアートの実戦復帰発表に先立つ1月、ルノー日産三菱アライアンスの共同会見の席において三菱自動車は「欧州でのプレゼンス強化」を方針として発表している。一時は欧州市場からの完全撤退も視野に入れていたことも思うと、業績は少しずつながらも好転していると考えていいだろう。

欧州でのプレゼンス強化を方針として掲げたことが、三菱のWRC (世界ラリー選手権)への復帰の可能性を考える第一歩となる。なぜなら、ご存知の通りモータースポーツは基本的に欧州を中心に動いているからだ。昨今のグローバル化はあれども、WRCもダカールラリーも、もちろんF1も欧州をメイン市場と位置づけプログラムが組まれていると言ってよいだろう。それは主に自動車メーカーの参入を誘引しやすいマーケティングの視点からだ。

モータースポーツを文化としている欧州では、自動車産業にある組織にとってレベルの高低はあっても、モータースポーツは不可欠の要素と考えられている。現在でも欧州にこそ根強い三菱ファンが多いのも、「極東から自らの文化に挑んできたことへのリスペクト」がある。

私はもともと「三菱がモータースポーツに復帰するとしても、WRCやダカールラリーは相当先のこと」と考えていた。もちろんそれは欧州市場からの撤退を想定してのことだ。だが三菱自動車は、急速にEV化を進める欧州向けの新型車開発の凍結方針は維持しつつも、ぎりぎり踏みとどまった。欧州市場向けにはアライアンスを組むルノーからのOEM 供給を受けて新型車を展開するとしている。そうでありながら、なぜWRC復帰と結びつくのか。そこには、WRCの新しい車両規定がある。

Rally1 車両概念図 (C)WRC/FIA

WRCは1997年から続いたワールドラリーカー規定を改め、2022年から統一電動ユニットを搭載した「ラリー1」規定を導入した。ラリー1車両は、長く実戦を離れていた三菱にとっても再参入がしやすくも思えるのだ。

これまでのワールドラリーカーは市販車とはかけ離れた外観であっても、ボディシェルは市販車のものだった。これに対しラリー1車両はパイプフレームで骨格を組み、市販車の外観のボディカウルを装着できる。これはかつてのダカールラリーで培った技術も活用できるのではないだろうか。

MPR13 透視図 (C)MITSUBISHI MOTORS

■「パジェロで培ったプロトタイプマシンの再来になるかもしれない」

「この規定なら、パジェロで培ったプロトタイプマシンの再来になるかもしれない」そう語るのは、三菱自動車ディーラー勤務ながらラリードライバーとしてランサーエボリューションでWRCにも出場した杉本達也さんだ。杉本さんは93年の香港~北京ラリーのメカニックとして帯同するなどエンジニアとして技術的造詣も深く、技術面では付け焼刃な私の知識を補完いただいた。三菱のモータースポーツに関する技術的蓄積を守ってきた方々との親交も厚く、新生ラリーアートの活動の進化とともに明らかにできるエピソードも聞かせてもらえるだろう。

1997年 WRC ラリー・オーストラリア出場の杉本車 (C)杉本達也

欧州でのプレゼンス強化の一環としてのモータースポーツ、WRC参戦となれば当然欧州販売車両を選択することになる。既に欧州投入が予告されているのが「ASX」(日本ではRVR、一部地域ではアウトランダースポーツ)というコンパクトSUVだ。先の杉本さんも同様の見解だ。

おそらくルノー・キャプチャーと同じラインで生産される兄弟車となるだろう。たとえルノーから供給を受けるクルマだとしても、ラリー1車両は外観だけそれを模せば良くラリーカー自体は「純・三菱製」ということになる。

「SUVでWRC?」という懸念も不要だろう。現にMスポーツ・フォードはSUVのプーマ・ラリー1で参戦している。SUVをクロカン車両の延長線上に捉えがちな日本とは違い、欧州では「(車高)ベタ落しのハッチバック」さえSUVに分類する傾向も顕著だ。

フォード・プーマ Rally1 (C)Ford Media Center

日本ではアウトランダーやエクリプスクロスの陰でやや存在感の薄いRVRだが、世界的には販売ボリュームは大きいクルマだ。新型ASXがRVRの後継車種として日本にも投入されるかどうかは不明だが(ルノーのフランス工場は高コストで、そこからの輸入となると疑問が残る)、かつてトヨタも日本では販売していない外観のカローラWRCで参戦していたこともある。三菱のWRC復帰があるならば、日本のファンも歓迎するはずだ。しかもラリー1車両は市販車の実寸に縛られない「スケーリング」も認められている。将来欧州を含めた世界戦略車(例えば、ランサーエボリューションの後継車種に相当する商品)を投入する段になっても、まったくのゼロからのラリーカー開発にはならないだろう。

ラリー1規定は5年は維持され、必要に応じて見直しがされる。大きな特徴は電気も動力とするハイブリッド車となったことだ。電動ユニットは当面FIA (国際自動車連盟)の指定するサプライヤーからの統一ユニットだが、将来的には各ワークスチーム独自のユニット搭載も考慮されている。そこに自動車メーカーとしてのチャレンジの要素は残されているのだ。

そのときまでに企業としての体力をつけ、三菱自慢のS-AWC (スーパーオールホイールコントロール)搭載の三菱ワークスカーがWRCを駆けるとしたら、ファンにはたまらないだろう。

S-AWCは特定のパーツではなく「制御プログラム」であるから、現状のラリー1車両で禁止されているデバイスとしてのアクティブデフに該当しないと思われる。規制の可能性はないとは言えないが、それはそれで強豪と認められた証しともなろう。

現行三菱 RVR ラリーアート用品装着車(C)三菱自動車

以上のことから、純粋に可能性だけを想定すれば三菱自動車の決断以外の条件は整いつつあると言える。

しかし現実にWRCの復帰を考えたとき、2009年のワークス活動の終了後に欧州のモータースポーツ拠点を閉鎖した三菱は新たな活動拠点を構築する必要に迫られる。これが最大のハードルになる。だが私は、ここである人物の名が浮かんだ。

【後編に続く】

◆【三菱ラリーアート正史】第1回 ブランドの復活宣言から、その黎明期を振り返る

◆【モータースポーツ】コロナ禍に翻弄される日本レース界とスポーツブランド復活の狼煙

◆【著者プロフィール】中田由彦 記事一覧

著者プロフィール

中田由彦●広告プランナー、コピーライター

1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。