「もしかしたら」の気持ちが裏目に 羽生結弦やネイサン・チェン(アメリカ)の不在で、北京五輪メダリストである鍵山優真と宇野昌磨の優勝争いになると見られていた、世界フィギュアスケート選手権。18歳の鍵山にとってこの大会は、戦いにくいものになった…

「もしかしたら」の気持ちが裏目に

 羽生結弦やネイサン・チェン(アメリカ)の不在で、北京五輪メダリストである鍵山優真と宇野昌磨の優勝争いになると見られていた、世界フィギュアスケート選手権。18歳の鍵山にとってこの大会は、戦いにくいものになったはずだ。シニアデビューした昨シーズンの世界選手権は、羽生結弦を抑えてチェンに次ぐ2位。そして、今シーズンの北京五輪も2位で、この大会では優勝候補のひとりになっていたからだ。

「優勝や表彰台は気にしないようにと思っていたけれど、自分のなかでは『もしかしたら』という気持ちが、本当に心の端っこにあったのかもしれない。メインに考えていたのはノーミスをすることだったけど、緊張感を高めてしまい、それが演技に出てしまったのかなと思います」



世界選手権で2年連続2位となった鍵山優真

 フリーのあと、鍵山がこう語ったように「まだ挑戦者だ!」とは思っていても、心のなかには抑えきれない思いはあった。プレッシャーがかかる舞台だった初出場の五輪では、チェンの強さに圧倒されたが、先輩の宇野には17点以上の差をつけ、自己最高の310.05点での2位。その結果を無視しろ、と言うほうが無理な話だった。

 3月24日、ショートプログラム(SP)は、前の組で代役出場となった友野一希がノーミスの滑りで101.12点の高得点を出していたあとの演技だった。最初の4回転サルコウは北京五輪より0.55点高い4.57点の加点をもらうジャンプとし、次の4回転トーループ+3回転トーループの3.53点の加点と自己最高得点を更新するペースで滑り出した。

 だが、後半のトリプルアクセルでは着氷を乱し、0.34点の減点。

「4回転2本はこれまでの試合や練習と比べてもバツグンにいいものだったので、それでびっくりしてトリプルアクセルは少し慎重になり、練習のように思いきっていけなかった。滑りと体の軌道が違ってしまい、転ぶかと思った」

 鍵山がこう説明するように、心にわずかな乱れが出た結果だった。

 それでもステップはリズム感や躍動感のある鍵山らしい滑りでレベル4にし、最後のコンビネーションスピンも高い評価を得て、105.69点を獲得。合格点と言える滑り出しをした。その2人あとの宇野が、純粋に「うまくなりたい」と思うだけの乱れのない心境をそのまま演技にしたような滑りで、自己最高の109.63点でトップに立ったが、その差は3.94点。北京五輪の団体戦フリーで208.94点を出している鍵山とすれば、十分に戦える点差だった。

 そして、3月26日のフリー。五輪の個人戦では4分の1の回転不足になってしまった4回転ループは、「五輪から調子が上がっていないので、とりあえずは降りることだけを考えている」という状態だった。しかし、「結果どうこうより、シーズン最後の試合として悔いを残したくないと思っている」と、構成に入れることを決断。だが、心の奥にあった「もしかしたら」という思いに影響されてしまった。

 最初の4回転サルコウは、SPと同じような高い完成度で滑り出したが、次の4回転ループはダウングレードと判定される両足着氷。それでも、そのあとの4回転トーループとトリプルアクセル+3回転トーループは流れのあるきれいなジャンプにして立て直し、後半の4回転トーループ+1オイラー+3回転サルコウもしっかり決めて不安を感じさせなかった。

 だが、次の連続ジャンプが得点源にしている3回転フリップ+3回転ループではなく、3回転フリップ+2回転トーループとなり、次のトリプルアクセルはシングルになるミスを続けてしまった。そのあとのコレオシークエンスからは鍵山らしい魅せる滑りをしたが、得点は191.91点と伸びず、合計は297.60点。その時点でビンセント・ジョウ(アメリカ)を上回ってトップに立ったが、最後の宇野が好調なだけに、優勝の望みはほぼ消滅。最後の宇野はミスのある滑りになったが、合計を312.48点にして初タイトルを獲得し、鍵山は2年連続の2位という結果になった。

「五輪のようにはうまくはいかなかったけれど、ショートがよかったこともあって最後の最後になってすごく緊張してしまいました。それが演技に出てしまったというのがミスの原因だったと思うし、後半は苦しかった部分もあって全力を出しきれなかった。ただ、4回転ループに挑戦できたことはこれからの経験になったと思うし、アクセルやフリップ+ループが跳べなかった不完全燃焼感というか悔しさもあるので、来シーズンにもっと成長させていければいいと思います」

「格上の選手に挑戦する」という思いでのびのび滑った結果だった。

宇野昌磨を「追いかけ続けたい」

 鍵山は今シーズンの序盤、4回転ループを組み込むことで「挑戦する」という意識を前面に出そうとしながらも、そのジャンプがなかなかうまくいかないなかで迷いも出た。そうして前季の結果を知らず知らずのうちに背負い込んでしまっていたのだ。

 シーズン中盤からはコーチの父・正和氏の助言もあり、自分の目標や今やるべきことをじっくりと考えられるようになり、自分の滑りを取り戻すことができた。そんな経験をしたなかでの銀メダル。しかも北京五輪2位という結果を背負ってのこの世界選手権のメダル獲得だったからこそ、鍵山にとっては同じ色でも重みの違うものになった。

 さらに、チェンや羽生不在のこの大会で、もともとそのふたりに迫るべき実力を持っていた宇野が復活し勝ったことも、鍵山にとっては大きかった。

 平昌五輪2位のあとは苦しみ、「ここまで戻れたのは優真くんのおかげ」とも言った宇野は、鍵山に対して「これからは憧れられる存在というより、友達のように一緒に切磋琢磨していきたい」と言う。そして、鍵山も「いろんな苦労を乗り越えてきたからこそ、今回の優勝はすごくうれしかったのではないかと思います。一緒に練習をしていても圧倒されることが多いし、これからも宇野選手を追いかけていきたいと、あらためて思いました」と話す。

「今の構成は完成形ではないし、これからも毎年自分の限界値を上げたいので挑戦していきたい」と言う鍵山にとって、今回の2位と宇野の優勝は、次への飛躍のための大きな原動力になるはずだ。