世界選手権で初優勝を果たした宇野昌磨新しい時代の扉を開けた 宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)は名曲『ボレロ』の旋律に体を揺らし、最後のステップでは楽しい衝動を抑えられないようだった。目は輝き、肌は潤い、エネルギーに満ちていた。笑顔は自然発生…




世界選手権で初優勝を果たした宇野昌磨

新しい時代の扉を開けた

 宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)は名曲『ボレロ』の旋律に体を揺らし、最後のステップでは楽しい衝動を抑えられないようだった。目は輝き、肌は潤い、エネルギーに満ちていた。笑顔は自然発生的なもので、あふれ出す輝きがあった。

「ステップの時に笑顔になっていたのは、いろんな気持ちが混ざって」

 宇野はそう言って、短く息を吐いた。

「演技をしながら、わりと頑張ったんじゃないかって思ったり、少し体力的にきつかったのもあったり、このステップ、たとえ転んでもステファン(・ランビエルコーチ)に満足してもらえるようにって。ひとつ前のグループから、ほとんど全員の選手の演技を見ていたので、(最後のフリップはシングルになったが)自分がどういう演技内容だったら優勝できるのかは考えていて」

 宇野はからみ合った感情を、笑顔ひとつに集約させた。競技中、凡庸な選手はそのように笑えない。トップ選手だけが心ゆくまで瞬間を楽しめる。すべてを出しきる、"楽しむ"の境地だ。

 その結果、宇野は世界王者として新しい時代の扉を開いた。

 3月24日、フランス・モンペリエ。世界選手権の男子シングル、宇野はショートプログラム(SP)で自己ベストとなる109.63点をたたき出し、首位に立った。すべてのジャンプで高いGOE(出来ばえ点)をたたき出し、『オーボエ・コンチェルト』のプログラムを極めた印象だった。最後のポーズ、喜びを我慢できずに全身ではしゃぎ、右手で拳を作ってぴょんぴょんと跳ねた。

「練習どおりのショートプログラムができました。練習での力を試合で発揮するのは難しいので、今はうれしく思います」

 宇野は実直に語ったあと、こう続けていた。

「(2019年グランプリシリーズ、フランス杯でコーチ不在での苦戦から)3年かな、いろいろ自分のなかでの考え方も変わって。当時は終わりに向かってスケートをしていた印象でしたが、今はこれから何をなせるのか、スケートに期待を込めています。まだまだ成長できるのですが、その過程にある自分を(同じフランスで)見てほしいです」

 その点、まさに「宇野劇場」となった。起伏のある物語が人を惹きつける。同時に、彼自身もたくましくしてきた。

 そして3月26日、冒頭に記したようにフリーで最高のフィナーレが待っていた。

 宇野は冒頭の4回転ループを完璧に降りると、4種類5本の4回転という超難度の構成に挑み、ループだけでなくサルコウ、トーループ、フリップと成功した。トリプルアクセルも飛距離が長いジャンプで美しく決め、スピン、ステップはオールレベル4だった。再び自己ベストとなる202.85点で、フリーも1位。総合は世界歴代3位の312.48点で、堂々の完全制覇となった。

自分のためだけ「得意じゃない」

「今後、どのプログラムをやるにしても、『ボレロ』よりはラクになると思います」

 フィギュアスケートの新しい時代の扉を開けた宇野はそう言って、小さく笑みをこぼした。

「ショートはスローなテンポで、曲に合わせて動くと無駄な力が抜け、体力的にもラクなんですが、フリーは振り付けもジャンプも難易度が高く、体力を消耗するプログラムで。週1、2をショート、それ以外は全部フリーでも、1年でここまで持ってくるのが精一杯でした。最後になって、ようやく滑れている感じですね。でも、ステファンがそれだけ期待してくれたので」

 ステファン・ランビエルコーチとの師弟関係は事実上、2019年全日本選手権からだが、それは宇野がスケートと真摯に向き合ってきた天恵だったのかもしれない。

「僕は負けず嫌いではあるんですけど、自分のためだけにスケートをするのが得意じゃなくて」

 宇野は正直に言う。

「でも近しい人のためなら、どういう演技で満足してくれるのかわかっているので、リラックスしてできるのかなと思います。ここ数年、なかなか成績が出ないなかでも応援してくださった皆さんや、自分が何もできていない時にお世話になったステファンのために、すばらしい成績を残したいというのがあって」

 絆を重んじる行動規範は、宇野昌磨というスケーターを如実に表していた。それは新しい世界王者の形だった。清々しい野心で、かすかにまとった風が匂い立ち、ほのかな色気になっていた。

「(宇野と)一緒に練習していても圧倒されます」

 年下だが、盟友とも言える鍵山優真は大会後にそう語っているが、宇野への共感に似た憧れは透明感があった。

「キスクラで宇野選手があんなに喜んでいる姿は初めてだったので。僕にはわからない、たくさんの苦労を乗り越える優勝で、うれしかったんだろうなって思いました。これからも宇野選手を追いかけていきたい。どれだけ近づけるか、次の大会で一緒に滑るのが楽しみです」

 宇野は周囲との呼吸によって、自らのスケートを高められる異能の持ち主である。ただ、本人はそれに甘えない。ひたすらスケートに打ち込み、「成長を」と繰り返す。昨年12月の全日本選手権から今年2月の北京五輪までもケガで本調子にはほど遠かったが、言い訳はいっさい口にしなかった。たゆまずトレーニングを重ね、心身が充実した世界選手権では真価を発揮した。

 祝祭のなか、彼が不意に浮かべた笑顔は"見せ場"だった。

「優勝してうれしいんですけど、感極まって涙を流すことはなかったのは、もっと成長したい、ゴールはまだ先にあるのかなって。それが何か自分でもどこで何かわからないですけど。だから涙は出なかったんじゃないかなと思います」

 新王者誕生は、本編のプロローグだ。