いつもは大会のドローを見ない彼女が、その全容を知ってしまったのは、『テニスチャンネル』を「うっかり」見てしまったからだという。『テニスチャンネル』はその名のとおり、アメリカ拠点のテニス専門ケーブルテレビ。大坂が偶然目にした時、同チャンネル…

 いつもは大会のドローを見ない彼女が、その全容を知ってしまったのは、『テニスチャンネル』を「うっかり」見てしまったからだという。

『テニスチャンネル』はその名のとおり、アメリカ拠点のテニス専門ケーブルテレビ。大坂が偶然目にした時、同チャンネルではいみじくも、マイアミ・オープン特集をしていたという。

「困ったことに『テニスチャンネル』を目にした時、ドローが映し出されたので見てしまったの。それで、『ダメー!』と思っている間に、初戦に勝ったら、ケルバーと対戦するって知ってしまったのよね......」



2020年全豪OPでのニック・キリオスと大坂なおみ

 大坂が2回戦で当たったアンジェリック・ケルバー(ドイツ)は、元世界ランキング1位で、現在15位。初戦免除のシード選手のため、大坂が勝ちさえすれば対戦は確定していた。

 ただ......その後の『テニスチャンネル』の展開が、大坂の心をざわつかせた。

「番組のコメンテーターはキャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)で、彼女が勝ち上がり予想をしていた。そのなかで彼女は、3回戦はケルバーとフェルナンデスの試合になることに疑いを持っていない感じで話していたの。

 『え? 私とムホバはいないことになってるの?』って。変な話だけれど、そのことが試合中も何度か頭をよぎったわ」

 思い出し、笑いを幾度もこぼしながら話す彼女は、さらに可笑しそうに続けた。

「それが、今日のスコアにつながったとは言わないし、決して根に持っているわけでもないわよ。たしかにここ数カ月の私は、たいした成績も残していないからね。でも、まだ私は自分自身を、そこそこにいい選手だって思っているの」

 テニスチャンネルでコメンテーターをしていたウォズニアッキは、2020年1月に引退した元世界1位。ウォズニアッキが3回戦のカードとして予想したフェルナンデスは、昨年の全米オープンで大坂を破り、最終的に準優勝者となったレイラ・フェルナンデス(カナダ)。ムホバは、フェルナンデスと2回戦で対戦したカロリナ・ムホバ(チェコ)。ケガで戦線を離れたためランキングこそ落としているが、1年前はトップ20にいた実力者だ。

 そして大坂が言及した「今日のスコア」とは、2回戦のケルバー戦の結果を指す。

 6−2、6−3。

 数字が示すとおり、大坂の完勝だった。

ケルバーが完敗を認めたサーブ

 ウォズニアッキが、果たしてどの程度の確信度で「ケルバーが勝つ」と予想したかはわからない。ただ、ケルバーと大坂の顔合わせが、本来なら2回戦にはもったいない好カードなのはたしかだ。

 なにしろ、今大会の出場選手のなかで最多グランドスラムタイトルを誇るのが、4度の大坂。それに続くのが、3つのトロフィーを持つケルバーである。なお、ふたりの過去の対戦は、マイアミを迎えた時点でケルバーの4勝1敗。初対戦の2017年全米オープン以来、ケルバーが4連勝中だった。

 過去の敗戦で大坂が覚えているのは、「自信を持ってリターンを打てなかったこと」だという。だからこそこの日の試合では、特に相手のセカンドサーブでプレッシャーをかけていくことを心掛けた。

 もうひとつ、大坂がカギと睨んでいたのが自身のサーブ。試合後の大坂は、「このふたつができた」ことを真っ先に勝因として挙げた。

 大坂が思う勝因とは、当然ながらケルバー側から見れば敗因になる。敗者であるケルバーの言葉は、大坂の勝利の訳を、文字どおり表裏の構図で裏づけていた。

「彼女はパーフェクトに近い試合をしたと思う。特にサーブはすばらしかった。私はリターンから崩したかったが、今日は風が強くてリズムが掴みにくかった。彼女はサーブからの展開もうまかった。常に攻撃的であり、そうあろうと心がけていたと思う。ビッグサーブも迷わず打ち込んできた。だから私は、常に守勢に回ってしまった」

 それがケルバーの、試合後の所感である。

 過去に大坂を幾度も破ってきた元世界1位だからこそ、肌身で感じる大坂の成長。その中核となるサーブの改善の背後には、意外な人物の存在があったことを大坂は明かした。

「サーブは、私がコーチとずっと一緒に取り組んできたこと。以前の私は、サーブの時に両足をピッタリくっつけていなかったけれど、コーチは『バランスを取りながら、足を揃えるように』と言い続けてきたの。

 そんな時、ロサンゼルスでニックと練習する機会があって、その時に、彼のサーブをすごく近くから注意深く見ていたのね。そしたら彼は、片方の足をこんなふうにスライドさせて、両足を揃え、爆発力を生んでいた。

 それはまさに、私が修得しようとしていた技術だったの。彼を参考にしたことで、以前よりいいリズムでサーブが打てていると感じる」

 ふたつの拳を両足に見立て、手ぶり身振りつきで彼女は改善点について説明した。

殻を破って変化を求めた予兆

 大坂の言う「ニック」とは、男子テニス界の「異端児」ことニック・キリオス(オーストラリア)。時速200キロを悠々と超えるビッグサーブの持ち主で、ことテニスに関しては天才肌のエンタテイナーだ。

 そのキリオスを参照にしたことで、大坂のサーブは「特に風のなかでもよくなった」という。「風でリズムが掴めなかった」というケルバーの言葉と、対を成すかのような大坂の自己評価だ。

 大会初戦で大坂と当たるのは、ケルバーにとっても不運なのは間違いない。その件について、第13シードは苦笑いをこぼしながら、こう語った。

「これがドローだから仕方ないとはいえ、初戦の相手がナオミというのは、あまりに厳しい。準決勝か決勝でもおかしくないカードだと思うもの。あれだけのプレーをしていれば、彼女のランキングはすぐに上がるだろうから、もう2回戦で当たらずに済むでしょうね」

 元世界1位のウォズニアッキの予想に反し、元世界1位のケルバーを破って3回戦へと堂々進んだ、元世界1位の大坂なおみ。ちなみに反対側の山では、ムホバがフェルナンデスを破ったため、3回戦で大坂はムホバと対戦する。

 くしくも先日、現世界1位のアシュリー・バーティ(オーストラリア)が引退を表明した際、大坂は自身の未来像を重ねるように、「私も世界1位で引退するのが理想」と口にした。

 これまで、外界を遮断して頑なにドローも見なかった彼女が、テレビのコメントに奮起し、男子選手に助言を求めるのも、殻を破り、変化を求めた予兆かもしれない。

 再び世界1位への険しい道を、彼女は歩みだそうとしている。その再スタートの地点として、「子どもの頃、初めて観戦に訪れた大会」であるマイアミ・オープンほどに、ふさわしい場所はない。