漫画家・三田紀房×花巻東野球部監督・佐々木洋 対談 代表作『ドラゴン桜』をはじめ、高校野球を題材とした『クロカン』や『砂の栄冠』など多くのヒット作を手がけてきた漫画家の三田紀房先生。そして菊池雄星(ブルージェイズ)や大谷翔平(エンゼルス)の…

漫画家・三田紀房×花巻東野球部監督・佐々木洋 対談

 代表作『ドラゴン桜』をはじめ、高校野球を題材とした『クロカン』や『砂の栄冠』など多くのヒット作を手がけてきた漫画家の三田紀房先生。そして菊池雄星(ブルージェイズ)や大谷翔平(エンゼルス)の母校である花巻東高校野球部の佐々木洋監督。ともに岩手出身であり、黒沢尻北高校の先輩・後輩の関係でもあるふたりに『高校野球』と『岩手』をテーマにたっぷり語り合ってもらった。



ともに黒沢尻北高校出身でもある三田紀房氏(写真左)と花巻東・佐々木洋監督

『クロカン』から学んだこと

── 郷里が同じ岩手で、ともに岩手県立黒沢尻北高校のご出身という共通点が多いふたりですが、そもそもの出会いはいつだったのでしょうか。

三田 佐々木監督と実際にお会いして初めて話す機会があったのは、2009年ですね。菊池雄星投手を中心とした花巻東が準優勝したセンバツ大会の時でした。ただ......それ以前の2007年、雄星投手が1年夏の岩手県大会を、僕は実際に岩手県営球場へ行って観ているんです。その大会で花巻東は優勝するわけですが、某新聞紙で県大会決勝の観戦記を頼まれましてね。

佐々木 そうでしたね。書いていただきました。その夏、甲子園では新潟明訓高校に0対1で敗れましたが......。

三田 その甲子園の試合についても某スポーツ紙で観戦記を書かせていただいたのですが、内容が......。佐々木監督は黒沢尻北高校の同窓ということで、あえて敗戦に対して厳しく指摘した原稿を書かせていただきました。甲子園1回戦で負けて悔しかったし、頭にきたし(笑)。その後、佐々木監督に会って「あの時は、申し訳なかった......」と謝ったのを覚えています。

佐々木 いや、逆に私は感謝しました。かつての岩手の高校野球には、たとえ甲子園で勝てなくても、地元の方から「よく頑張った」「お疲れ様」と言ってもらえる雰囲気がありました。もちろん、その応援や声援はうれしいことなのですが、甲子園に出場して満足していた時代があったのは事実です。そういうなかで、三田先生は厳しい言葉を投げかけてくださいました。

三田 私のなかでも、花巻東はいいチームだと思ったし、ここで満足してもらっては困るという気持ちもあって、あえて厳しく書かせてもらいました。

佐々木 期待していなければ、きつい言葉も書けないものですよね。きれいごとではなく、負けた現実をしっかりと指摘してくださる言葉に、私は刺激をもらいました。そして、私自身の意識と行動を高めてくださいました。だから、本当にうれしかったですね。私を黒沢尻北の後輩だと知ってくださっていることもうれしかったですし、あの時は「先輩の愛情」を感じました(笑)。

── その流れのなかにあった2009年の出会いだったんですね。

佐々木 でもじつは......そのはるか前に私は『クロカン』という漫画を通じて、すでに三田先生と出会っていました。実際に顔を合わせたわけではないのですが、私が大学生の時に三田先生の漫画に出会った。同じ大学に通っていた黒沢尻北の先輩が「黒北のグラウンドがモデルとなって描かれている」と言いながら、『クロカン』を薦めてくれたのがきっかけです。

三田 その話は初めて聞きました。

佐々木 それまでほとんど漫画を読んだことがなかったのですが、その世界観にどんどんと惹き込まれていきました。劇的に人生が変わる時には出会いがあるものだとよく言われますが、まさに私が指導者になるひとつのきっかけとなったのが、高校野球の監督が主人公として描かれていた『クロカン』でした。当時は選手を題材にした野球漫画はありましたが、監督を主人公にした漫画はなかったので、私にとっては相当に衝撃的でした。

三田 僕にとって、高校野球を題材にした初めての漫画が『クロカン』。作品のベースになっているのが、岩手です。県立の進学校で甲子園に行ったことがない高校を設定したのですが、そのモデルがまさに母校である黒沢尻北でして(笑)。そこが出発点でした。連載前は、実際にプレーしない監督はベンチに座っているだけでしょ? とおっしゃる方もいました。でも、高校野球を見ていれば、ゲームをコントロールしているのは監督であり、その司令塔を描いたほうが面白いんじゃないかというのが発想の原点にありました。

佐々木 たとえば、ノックがうまいチームは選手が育つ。そんな指導のヒントが散りばめられていた『クロカン』からは、多くのことを学ばせてもらいました。


菊池雄星の存在は革命だった

三田 それにしても、雄星投手の3年時、2009年は本当に夢を見させてもらいました。今でも、センバツの決勝戦は忘れられない。大優勝旗を岩手に持ち帰る雰囲気がありましたからね。結果的に、花巻東は清峰(長崎)に0対1で負けて準優勝に終わるのですが、まさにそこが岩手の高校野球の劇的な変化だったと思います。甲子園の決勝は、特別な舞台。超スペシャルな場所なんです。その決勝に、岩手の高校が立った。岩手県民にとって、どれほどの衝撃だったか。

佐々木 それまでは1回戦突破が目標だったのが、日本一を本気で目指すようになったのは事実です。

三田 まさに劇的な変化、ターニングポイントとなったのが2009年。同時に、雄星投手の存在自体が「革命」だったとも言えます。

── あれから十数年が経ち、花巻東高校は三田先生の目にどのように映っているのでしょうか。

三田 花巻東には2009年当時と変わらない、いい意味での田舎臭さがあると思うんです。決して、格好いいチームではない。でも、それこそが大事で、愛される個性や魅力になっている。高校野球ファンは何を求めているか。僕の勝手な解釈ですが、それは故郷なんです。全国から各県の高校が集まる甲子園の戦いに、みなさんは郷愁を求めていると思います。夏に限って言えば、洗練されたチームばかりが49校集まっても、誰も面白いとは思わないはずです。見る者は、どこかで自分自身の故郷を感じながら応援している。それが高校野球の甲子園大会だと思います。花巻東には、土の匂いがするチームカラーを持ち続けたまま、まだ見ぬ甲子園優勝を成し遂げてほしいですね。

佐々木 我々は、プロよりもプロフェッショナルでなければ勝てないと思っています。プロ野球のように1年間を通して勝敗を競うわけではなく、高校野球は1敗もできない。そういう意味では、いろんなものを一生懸命にやらなければいけないし、いろんなものを融合させてチームづくりをしなければいけないと思っています。すばらしい能力を持った選手の可能性を引き上げてあげることは大事です。ただ、その指導に偏らずに、チーム全体を見渡しながら勝利を求めていくことも大切です。要するに、指導ではバランスが重要だと思っています。

── その指導方針のもとで成長し、のちにメジャーでプレーすることになる菊池雄星投手や大谷翔平選手の姿を今、佐々木監督はどのように見つめているのでしょうか。

佐々木 私が子どもの頃というのは、「夢はプロ野球選手」と言うことすら恥ずかしいと思ってしまう時代でした。でも、今の子どもたちは当たり前のように「プロ野球選手になりたい」と言う。岩手に限って言えば、銀次選手(楽天)や佐々木朗希選手(ロッテ)といった岩手出身の選手がプロ野球で活躍し、その姿に憧れを持つ子どもたちが増えている現実があります。そして、菊池雄星や大谷翔平の存在が影響して、これからは「メジャーリーガーになりたい」という子どもたちが増えていくと思います。目標や憧れを綴った小学生の作文が変わる。私はそう感じています。そういう意味でも、いろんなものを変えてくれたのが菊池雄星であり、大谷翔平だと思っています。そんななかで、昨シーズンの大谷はアメリカン・リーグのMVPを獲得しました。高校時代の大谷は「世界最高のプレーヤーになる」と紙に書いていました。要するに、そこを目指して野球に打ち込んでいるからこそ、MVPにも辿り着いたのだと思います。

三田 それはすごく大切なことですよね。たとえば、大学受験でもそうです。志望校を決める際、「今この実力だから、この大学に行く」という発想ではなく、どの大学に行きたいのか、どの大学を受けたいのか、そういう思考が重要なんです。努力の延長で目的を達成すると思っている人が多いかもしれませんが、本来は目的から逆算した発想にならないといけない。大谷選手は、そういう思考と姿勢の大切さを私たちに見せてくれていると思いますね。

佐々木麟太郎のスター性

── 菊池投手に大谷選手、そして佐々木朗希選手もそうですが、岩手から「逸材」が出ている要因はどこにあると思いますか。

佐々木 昔から、岩手にも才能のある選手がたくさんいたと思います。ただ、そういった選手が埋もれてしまっていた現実があった。そういうなかで、今は高校だけではなく中学での野球も含めて、指導者が変わったことが要因ではないでしょうか。

三田 なるほど。そういう背景があったのですね。



昨年秋の東北大会を制し、センバツに出場する花巻東ナイン

佐々木 我々が小さい頃の練習と言えば、冬場はサッカーをしたり、走り込んだりするのがメインでした。それが、指導者の意識が変わり、練習内容や方法が変わった。才能を伸ばす指導が増えてきたと思います。中学ではボーイズリーグやシニアリーグの大会で全国のレベルを肌で感じる環境が増えたことも、岩手の子どもたちの才能をどんどんと伸ばしている要因になっていると思います。

── 偉大な先輩たちに続くように、今年の花巻東にも能力の高い選手が集まっています。

三田 楽しみですね。昨年秋の明治神宮大会ではベスト4。広陵高校(広島)との準決勝では、コールド負けもチラついていた6回表に1点を返し、終盤からは相手に食らいつく怒涛の粘りを見せてくれました。結局は9対10で敗れましたが、その戦いに実力の高さを感じました。劣勢から、あと一歩まで相手を追い詰めたインパクトは、高校野球ファンにも強烈に残ったはずです。

佐々木 一時はどうなるかと思いましたが、なんとか花巻東らしい戦いはできたのかなと思います。

三田 3月18日に開幕するセンバツ大会でも、花巻東高校の戦いは多くの方々から注目されるのではないでしょうか。そのなかで、やはり新2年生のスラッガーとして注目を集める佐々木麟太郎選手の活躍も楽しみですね。スーパースターとは、すでに1年生の時点で何かしらのストーリーを持っている選手だと思うんです。雄星投手はスーパー1年生と言われた。大谷選手は鳴り物入りで高校に入学して、岩手県民が期待に胸を膨らませた。そこにはストーリーがあった。スター選手が生まれる時は、スポットライトの浴び方が大事。そう考えると、佐々木麟太郎選手はすでにベストなスポットライトを浴びている。明治神宮大会では、打席に立つだけで歓声が沸いた。ホームランを放った打席では、「やってくれるだろう」という期待感がものすごくあって、実際にその期待に応えてしまう。強烈な印象を残しましたよね。センバツ大会で、高校野球ファンが何を期待するかと言えば、佐々木麟太郎選手のホームラン。そう言っても過言ではないと思います。僕自身も、彼のセンバツ大会での姿をものすごく楽しみにしています。

佐々木 我々は、最後までファイティングポーズをとっているチームでありたい。どんな状況であっても「まだまだやるぞ」という雰囲気だけは持ち続けていたい。常にそう思って戦っています。センバツ大会でも、そういう姿勢を忘れることなく挑み続けたいと思います。



 

三田紀房PROFILE
1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。
代表作に『ドラゴン桜』『クロカン』『砂の栄冠』など。
『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁
メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」にて
『アルキメデスの大戦』、「グランドジャンプ」にて『Dr,Eggs-ドクターエッグス-』を連載中!