男子バレーボール日本代表で東京五輪にも出場した東レアローズのセッター、藤井直伸が2月27日の夜に自身のSNSで胃がんのステージ4であることを公表してから一週間後。パナソニックパンサーズの本拠地であるパナソニックアリーナで東レとパナソニック…

 男子バレーボール日本代表で東京五輪にも出場した東レアローズのセッター、藤井直伸が2月27日の夜に自身のSNSで胃がんのステージ4であることを公表してから一週間後。パナソニックパンサーズの本拠地であるパナソニックアリーナで東レとパナソニックが対戦し、3月5日は東レが非常にタフな試合を3-1で制すると、翌日はパナソニックが3-0のストレート勝ちで1勝1敗となった。

 パナソニックはこの2戦に向け、藤井の回復を願う千羽鶴を折り、5日の試合後にそれを東レに贈った。受け取ったのは、日本代表でも藤井とコンビを組む李博だった。


がんを公表した東レの日本代表セッター・藤井

 photo by Hino Chizuru

 藤井に異変が起きたのは1月8日のJT広島戦。ボールが二重、三重に見えてトスが上げられず途中交代した。

 検査の結果、胃がんステージ4で脳に転移していたことが理由だと判明した。チームは当初、「目の不調による欠場」と発表していた。しかし、東レに同期入社した選手たち(現在は別チームや引退してチームを離れている)がSNSに髪型を坊主にしたことを発表したり、ベンチに藤井のユニフォームが置かれるようになったりと、「ただの目の不調ではないのでは」という見方が徐々に広まっていった。

 そんな中での公表はバレー界にとどまらず大きなニュースになった。直後に始まった募金活動は、治療方法が定まっていないこともあって終了となったが、多くの関係者がさまざまな支援の形を模索している。

 パナソニックが贈った千羽鶴は、選手やスタッフが練習前に折ったり、家に持ち帰って家族も手伝ったりと、公表後初めての試合に間に合わせるために力を尽くしたもの。東京五輪で金メダルを獲得したフランス代表の指揮を執った、現パナソニックの監督であるティリ・ロラン氏も、鶴の折り方をYou Tubeで見ながら参加。ティリ監督自身もがんの手術経験があり、「他人事とは思えなかった」という。だからこそ自チームの選手たちの動きを「誇りに思う」と胸を張った。

坊主になった李博「藤井のために」

 藤井は今季から東レの主将を務めているが、本人の強い希望で主将の任は継続。現在もオンラインでミーティングに参加し、チームを鼓舞している。チームメイトである高橋健太郎は「コートにはいなくても、とても力になっている」と語った。高橋は、藤井が抜けたあとにセッターとのコンビがなかなか合わず、当初は「早く復帰してくださいよ」と伝えたこともあったという。事実を知った時には大きなショックを受けたが、篠田歩監督の「僕らの勝利が一番の薬になる」という言葉に共感し、前を向いた。


3月6日の試合の東レのベンチには、パナソニックから贈られた千羽鶴と藤井のユニフォームが

 photo by Kurobane Shiro

 他の選手たちの反応もさまざまだ。藤井に代わって司令塔としてプレーする真子康佑は、「藤井さんのようにはなれない」と話しながらも、「とはいえ、藤井さんがいないから弱くなったとは言われたくない」と、自らの役割としっかりと向き合っている。

 藤井はチームが得点した時、劣勢になった時にも声を張り上げてチームを鼓舞するのが印象的な選手だ。その役割を少しでも果たしたいという姿勢が見えたのが若手のミドルブロッカー西本圭吾。西本はもともと声を出して場を盛り上げるタイプだが、「藤井さんの分まで盛り上げたい。それは少し体現できていると思います」と力強く語った。

 東レの"いぶし銀"、37歳の米山裕太は、藤井の病状を知った時のことを「ショックでしたね」と言葉少なに振り返った。「バレーボールができるのは当たり前じゃないと感じました。『自分も検診を受けたほうがいいかな』と率直に思いました」と自分の身に置き換えて考えたという。

 千羽鶴を受け取った李博は、藤井の同期たちと同じく坊主にした。日本代表でもともにプレーするミドルブロッカーとして、「自分は藤井とのコンビがあってこそ今がある。藤井のためにやれることにはいろんな選択肢がありますが、ちょっとでも藤井と一緒に頑張っているところを見せられたらと思ってこの髪型にしました」と坊主にした理由を話し、さらにこう続けた。

「初めて病気のことを聞いた時には固まってしまいました。もし自分が藤井だったら、自分のことしか考えられないと思う。でも彼は、チームの優勝のために行動しています。誰よりも優勝したいという気持ちが強い選手。悲しいですけど、藤井の夢、優勝したいという気持ちが僕にも響いた。藤井のために、勝利のために何ができるかを考えています」

 絶対的なコンビだった藤井が抜けたことで、李は出場機会が少なくなっているが、ベンチから見た相手のブロックの特徴などをチームメイトたちに伝えるなど、優勝に向かって献身的にチームに貢献している。

五輪に出場した2人からもエール

 一方のパナソニックからも、多くの激励の言葉が贈られた。

 現役大学生(早稲田大3年)としてVリーグに参戦する大塚達宣は、昨年のネーションズリーグで初めてシニア代表として国際大会を経験。この時に藤井と同部屋になり、「本当にたくさんのことを教えてもらって、助けてもらった」という。

「僕たちが藤井選手にできることは限られていると思います。ただ、今は頑張って前を向いて過ごされていると思うので、その分も僕たちはバレーボールを思い切ってやること、自分たちがやれることを全部やることが一番なんじゃないかなと思っています」

 長らく男子バレー界をけん引してきた清水邦広は、東京五輪では藤井と「2枚替え」で途中出場することが多かった。清水の東京五輪でのスパイク決定率は70%以上。それだけ息のあったコンビを作り上げていた。

「世間に公表することはなかなか勇気がいること。僕たちは医者ではないですし、治せる力があるわけではありません。できることは、電話をしたり、会いに行ったりすることくらい。でも、他愛もない話をして、少しでも楽しい時間を過ごしてもらうことも大事になるんじゃないかと思っています。

 僕も怪我をするたびに、たくさんの千羽鶴をいただきましたが、今回は自分が贈る側になった。選手だけでなく、いろんな人がエールを贈りたい一心で折りました。この先も、少しでも僕たちからパワーを送れたらと思います」

 藤井はがんを公表した次のSNSの投稿で、丸坊主にした同期たちの写真を載せて「剃りが甘い」と冗談も交えながら感謝の言葉をつづった。そこに添えられていたハッシュタグ「#心はひとつ」が合言葉になり、イタリアで戦う石川祐希や西田有志をはじめ、さまざまな選手やバレーボール関係者がこのハッシュタグを使ってエールを送っている。3月5日、6日の試合でも、持参のグッズに「心はひとつ」と書き込んで掲げるファンが多かった。

 5日の試合で東レは20勝目を挙げた。藤井の背番号である「21」勝まであとひとつ。その先も、チームは優勝のために突き進む。