ホンダF1参戦2015−2021第4期の歩み(8)最終回 フルワークス体制で再び挑んだ第3期(2000年〜2008年)から7年----。ホンダはパワーユニットのサプライヤーとしてF1サーカスに復帰した。2015年にマクラーレンとともに歩み始…

ホンダF1参戦2015−2021第4期の歩み(8)最終回

 フルワークス体制で再び挑んだ第3期(2000年〜2008年)から7年----。ホンダはパワーユニットのサプライヤーとしてF1サーカスに復帰した。2015年にマクラーレンとともに歩み始め、2018年からトロロッソ(現アルファタウリ)と強力タッグを組み、そして2019年からはレッドブルも加わって優勝争いを演じるまでに成長した。そして2021年、ついにチャンピオンを獲得。有終の美を飾ってF1活動を終了した、ホンダF1の7年間に及ぶ第4期を振り返る。

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2021年、奇跡の大逆転で悲願のF1王者の栄光を掴んだ

 2021年2月25日、まだまだ厳しい寒さの残るシルバーストンのピットガレージ。2021年型マシンRB16Bのリアエンドには、ホンダの技術者たちが威信をかけて作り上げたホンダ最後のパワーユニット、RA621Hが搭載されていた。

 その横に並んで、フィルミング(宣伝用撮影)のために用意された2019年型RB15と見比べれば、明らかにコンパクトな"新骨格"のICE(内燃機関エンジン)。そして前年苦戦を強いられたMGU-H(※)の回生量も、しっかりと根本から改善されていた。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

「右と左で今年のクルマと一昨年のクルマを並べて、エンジンカウルが外れた状態で比較すると、かなり低くコンパクトになっているなというのは感じました。自分たちで言うのも変ですけど、よくできているなと思いました。どういう空間に入れたいのか、どういう配管にするのか、といったことをチームと長い間にわたって詰めて作りあげた結果が出ていると思います」(田辺豊治テクニカルディレクター)

オールホンダ渾身のPU

 2018年のスペック3から燃焼コンセプトをしゃぶり尽くすまで開発を進め、一度は棚上げされていた"新骨格"プロジェクト。だが、F1からの撤退が決まった今となっては、最後の1年でこれを投入せずして終わるわけにはいかない、という強い思いが開発責任者の浅木泰昭にはあった。

「そろそろメルセデスAMGも伸び止まるだろう......という甘い考えでは勝てないということが2020年に証明されましたし、回生量も制御に頼っていると急に禁止されることもあることがわかりました。だから制御ではなくハードウェアでやらなければならない。そして馬力も限界に達している。ということで、新骨格の投入を2020年の後半に急遽決断し、(開発と投入を)許してもらって今年投入しました」

 バルブ挟み角を小さくすることで、パワーユニット全体がコンパクトになるだけでなく燃焼を改善し、より大きなパワーを絞り出せる。そのうえMGU-Hからの回生量も確保することに成功したのが、この新骨格のエンジンだ。

「新骨格になって重心位置も下がったので、レッドブルも喜んでくれました。しかし、本当に我々がやりたかったのは、燃焼の改善です。

 バルブの挟み角を小さくすると、ピストンの出っ張りは小さくなって、ピストンの上死点でのデコボコも少なくなる。すると燃焼しやすくなり、馬力も上がる。それに加えて、同じ燃焼ボリュームに対して表面積が小さくなり、(冷却水の)水に逃げていた熱が排気ガスに温存されるので、回生量も馬力を上げているのに下がらない。パワーを出しながらも戦える回生量になったかなと思っています」

 ホンダジェットや先進技術研究所の技術、さらには熊本製作所の熊製メッキなど、今のホンダが持つ知見を寄せ集め、オールホンダで作り上げた渾身のパワーユニット。そう語る浅木は、開幕戦バーレーンGPで敗れはしたものの、今年こそはメルセデスAMGと戦えると自信を持った。

未来のために特許を出願

「逆に相手は、パワーを上げて少し回生量が落ちたように見えました。これまでは余裕をかまされていましたが、それを見て『そろそろ限界も見えてきているかな』と感じました。そんな2021年シーズンの開幕でした」

 パワーユニットのコンパクト化に加え、レッドブルはマシン開発制限が敷かれるなかでトークンを使ってギアボックスの後部を絞り込み、RB16Bのリアエンドを大幅に変更した。2020年に苦しんだリアの不安定さをしっかりと打ち消して、メルセデスAMGを上回るマシンを作り上げてきた。

 そこからはメルセデスAMGとレッドブルによる一進一退のシーズンが続いた。序盤戦はレッドブル優位だったがポルトガル(第3戦)とスペイン(第4戦)ではメルセデスAMGが逆襲。市街地戦ではメルセデスAMGが苦戦を強いられ、アップデートを前倒し投入したレッドブルが5連勝を飾った。

 イギリスGP(第10戦)では息を呑むような接触劇ばかりに焦点が向けられたが、ホンダが危機感を覚えていたのはメルセデスAMGの性能向上だった。

 久々となる空力パッケージのアップデートに加えて、回生量の増加が見られた。低速域でのトルクが豊かで、ストレート前半の加速が速い。これを受けてホンダは、新型エナジーストア(ES/バッテリー)を投入し、対抗してみせた。

「イギリスGPあたりで回生量の優位がなくなったということを感じて、ミルトンキーンズでずっと開発していた新型ESを投入しました」

 従来とまったく異なるバッテリーセルを使い、F1で使用する高電圧での高速充電・放電の連続性能を高めたエナジーストアであり、特許出願も行なった。

「普通はレースでは特許は出しません。何をやっているのか、ライバルにバレてしまいますから。しかし、ホンダが進むべき新しい技術・新しい未来のために特許も出願して戦っています。ここも新しい未来のためにレースを実証実験の場として進めようとしていた部分にほかなりません」(浅木泰昭開発責任者)

同点で迎えた最終戦アブダビ

 レッドブルもマシン開発を続け、イギリスGPで縮められた差を再び取り戻そうと必死の戦いを続けた。シーズン後半戦はオランダGP(第13戦)やメキシコシティGP(第18戦)で優位に立ったものの、全体的に見れば劣勢の戦いを強いられた。

 しかし、王者メルセデスAMGもパワーユニットの信頼性不足に苦しめられ、多数のパワーユニットを投入するなどなり振り構わぬ戦いぶりを見せた。レッドブルが王者をここまで追い込んだからこそ、2021年シーズンのレースはどれも息詰まる争いが展開され、F1史上でも稀に見る好レースの連続となった。

 そして、マックス・フェルスタッペンとルイス・ハミルトンが同点で迎えた最終戦アブダビGP。

 レース週末を通して優勢なのは、メルセデスAMGとハミルトンのほうだった。予選ではフェルスタッペンがポールポジションを奪い取ったものの、FP3で1セットを消化して決勝に向けたデータ収集まで行なったミディアムタイヤを、予選Q2のアタック2周目で潰してソフトスタートを強いられるという痛恨のミスを犯してしまった。

 決勝はポールからリードして逃げるしか勝つ術(すべ)がなくなったフェルスタッペン。だが、その肝心のスタートでも出遅れ、ハミルトンに先行を許してしまう。ペースもハミルトンのほうが速い。端的に言えば、タイトル獲得は絶望的な状況だった。

 それでも、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダはあきらめなかった。フェルスタッペンは差が5秒になろうと10秒になろうと最大限のプッシュを続け、僚友セルジオ・ペレスがボロボロになったタイヤでコース上にとどまってハミルトンを抑え込み、7秒のリードを奪い取る渾身のチームプレーも見せた。

 VSC(バーチャルセーフティカー)が出たところで、2ストップ作戦に切り替えてプレッシャーをかけた。ペレスのプッシュのせいでピットインできなかったハミルトンはタイヤライフをさらに削り取られた。

一番じゃなきゃダメなのか?

 それでも11秒の差は縮まらず、レースはいよいよ残り10周を切る。打つ手はもう尽きたかに思われた。そんな矢先の53周目、ニコラス・ラティフィ(ウィリアムズ)のクラッシュでセーフティカーが入り、すべては大きくひっくり返った。

 レースは残り1周で再開となり、フェルスタッペンは右脚を痙攣させながらもソフトタイヤの威力を生かしてハミルトンをパス。長い2本のバックストレートでも抑えきって勝利を掴み獲り、劇的な大逆転劇で2021年のワールドチャンピオンへと輝いた。最後まであきらめることなく全力で戦い続けたからこそ、掴み獲ることができた栄光だった。

 そのレースディレクションには賛否が巻き起こったが、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダがこの1年を通してここまですばらしい戦いを繰り広げてきたことは、紛れもない事実だ。その戦いの末にチャンピオンの称号があろうとなかろうと、彼らが作り上げてきたレース、マシン、そしてパワーユニットのすばらしさは変わらない。その努力も揺るがない。

「以前に『一番じゃなきゃダメなんですか?』という言葉がありましたが、その一番を目指す、そこに向かって努力する、みんなで努力するという過程が重要なのではないかと思っています。結果として一番にならなければダメということよりも、一番を目指して本当に本気でやったかどうかが自分たちの肥やしになると思います」

 すべての戦いを終えた田辺テクニカルディレクターは、噛み締めるように語った。この1年間、1戦1戦を悔いのないように全力を出しきって戦いたいと言い続けてきた田辺テクニカルディレクターにとっても、まさに一番を目指してやりきったからこそ言える言葉だった。

「今回、ドライバーズ選手権は獲れましたが、コンストラクターズ選手権は獲れませんでした。しかし我々は本気ですべてのレースで勝つために毎回サーキットに来て、HRD Sakura、HRD MKからサポートしてきて、全員が本気で勝ちにこだわってやってきたんです。たとえ両タイトルともに獲れなかったとしても、その努力とこだわりは我々のメンバーが仕事をしていくうえで非常に貴重な経験になるでしょうし、将来に大きく生きるものだと思っています」

受け継がれるホンダのDNA

 7年前のアブダビで、2日間で5周しか走ることができなかったホンダ。しかしあの時も、ホンダのメンバーたちは一睡もせずに全力で戦いきった。奇しくも同じアブダビで頂点に立ったホンダは、パワーユニットだけでなく、技術者たちも組織も天と地ほどに成長し、飛躍を見せた。ホンダのF1に関わるすべての人が、全力で駆け抜けた7年間だった。

 技術だけではない。その努力と成功体験がホンダを成長させ、これからのさらなる成長へとつながっていく。

 2018年に浅木が開発責任者の任を負うことを決めた時、第2期でF1を経験した自身がのちにN BOXシリーズやオデッセイなど斬新なアイデアでヒットを飛ばしたように、組織の檻の中でくすぶっている猛獣のような奴を見つけ、檻から出して自由にやらせるのが自分の仕事だと言った。組織の枠にハマらないような人間こそがホンダらしいホンダマンであり、そういう人間が活躍できるからこそホンダはホンダらしくあり続けてきた。

 F1はそういう人間を解き放ち成長させる場であり、それがホンダの屋台骨を支えてきた。この第4期F1活動でもこれからのホンダを面白くする猛獣たちが育ち、あちこちへ解き放たれていったはずだ。

「第3期は撤退したあと、F1をやっていた人たちが量産分野に散っていったわけですが、その人たちが量産分野の人たちと交わることでいろんな意味で刺激になって(量産にも)いい効果を生んでいたと思います。そういう意味で、ホンダは昔から『走る実験室』という言い方をして、技術者の教育の場としてきました」

 だからきっと、2022年からのレッドブルパワートレインズとの新たな挑戦においても、そしてホンダ自身の新たな分野と世界を切り拓く挑戦においても、F1で育った彼らがすばらしい未来を創り出してくれるはずだ。

 そしてきっと、ホンダはまたF1に戻ってきてくれる。田辺テクニカルディレクターは、最後にそっと言った。

「ホンダのDNAやフィロソフィ、レースのなかでの技術者の育成というものは脈々と流れていますから、またいつか挑戦する日がくるんじゃないかと願っています」

 ホンダの挑戦は、まだ終わらない。

(完)