フリー後、銅メダル獲得が決まり涙を流す坂本花織【運を引き寄せる努力】 指導する中野園子コーチに好結果の要因を「運だと思います」と断言させた、坂本花織。 中野コーチは「あの子はずっと運を持っているから、きょう(演技当日)も『神様を味方につけた…



フリー後、銅メダル獲得が決まり涙を流す坂本花織

【運を引き寄せる努力】

 指導する中野園子コーチに好結果の要因を「運だと思います」と断言させた、坂本花織。

 中野コーチは「あの子はずっと運を持っているから、きょう(演技当日)も『神様を味方につけたら点数も出るし、いい演技ができる。ウォーミングアップから神様を味方につけるようなアップをしよう』と(坂本に)言いました。その運を引き寄せているのは努力だと思います。アップに行く時も一番先にと人よりも早く出るし、常に一番努力をしていると思う」と続けた。

 そんな運を引き寄せる強さを見せつけたのが、2月17日の北京五輪フィギュアスケート女子フリーだった。

 2月15日のショートプログラム(SP)で自己最高の79.84点を獲得し3位発進となった坂本。フリーの滑走順では、ひとり前に、4種類5本の4回転ジャンプに挑んだアレクサンドラ・トゥルソワが滑り、坂本のあとには昨季の世界選手権優勝のアンナ・シェルバコワ。そして最終滑走には、今季驚異的な歴代世界最高得点をたたき出しているカミラ・ワリエワと、強力なROC(ロシア・オリンピック委員会)勢に囲まれたなかでの戦いだった。

 最終滑走だったSPで坂本は、ROC勢3強と戦うことに「怖さを感じた」と言った坂本だが、中野コーチに「いっぱい練習をしてきたのだから、自分を信じて頑張ろう」と送り出されたフリーではそれほど緊張しなかったという。

「ロシアの選手は本番に強いから、トゥルソワ選手も本番で(4回転5本を)やってくるというのはわかりきっていたことで、彼女の演技が終わった時の歓声がすごかったから、"あっ、やったんだな"と感じて。でも、おとといのSPよりも、団体の時よりも一番落ち着いていたと思うし、(昨年12月の)全日本選手権よりも落ち着いていたくらいで、いい緊張感のなかでできたなと思います」

 坂本は笑顔でそう言う。

【「びっくり!」だった銅メダル】

 トゥルソワは3本目の4回転トーループと次のダブルアクセル+3回転トーループで着氷を乱したが、フリップとサルコウ、ルッツ2本の4本の4回転はしっかり着氷して177.13点と高得点を獲得し、合計を251.73点にした。

 それでも、坂本は気にしなかった。相手うんぬんよりも、自分がノーミスの演技をすることだけを意識できていたからだ。



フリー演技の坂本。ノーミスで終えた

 最初のダブルアクセルは、SPと同じようにGOE(出来ばえ点)加点の4〜5点が並ぶジャンプだったが、課題にしていた3回転ルッツはノット・クリア・エッジ(明確でない踏み切り)と判定される。丁寧に要素をこなそうとする姿勢は見えたが、中盤に入る頃からは全体的にはスピードがなく硬さが目立ち、滑りにも若干伸びのないような演技になった。それでも後半の連続ジャンプ2本を含めてミスなくこなし、きつそうな顔をしながらも、手応えのある雰囲気で演技を終えていた。

「きょうはだいぶセーブをしてるなって滑りながら感じていました。丁寧にと思うのもあったけど、正直、だいぶ疲れがきているので。最後までもたせようと思ったら、体が勝手にセーブしちゃっていたみたいで......。練習でも早朝の体が動かない時は、"どんな時でもノーミスでやろう"という気持ちからセーブしてしまっている。今回も途中から『朝の練習のような感じだな』と思っていました。冷静にやってノーミスの滑りができたのはよかったけど、その分、大きさを見せることができなかったのはもうちょっとかなと思います」

 演技後にミックスゾーンに来た途端に両手を上げて「やったー」と叫び、拍手を返されると「ありがとうございます」と明るく言った坂本。自分の演技が終わった時点では2位だったが、次にシェルバコワとワリエワが控えているなかでは、結果は4位だろうと思っていた。それでも、団体戦のフリーから3本続けてノーミスの演技ができ、目標にしていた平昌五輪の6位を上回る結果を残せたことに満足していた。

「3位以内の選手が入るグリーンルームに入って最初はシェルバコワを見たけど、『さすがだな』と思うような演技だったので。その時点で自分が3位になって、4位になった(樋口)新葉がグリーンルームを出ていく時に、『すぐ行くね』と言ってたんです(笑)。そうしたらすぐには出ていけなくなって『ビックリ!』みたいな」

 シェルバコワは昨季の世界選手権優勝時より4回転フリップを1本増やした構成。フリップを2本ともきれいに跳ぶと、後半の3回転ルッツ+3回転ループや、3回転フリップからの3連続ジャンプもしっかり決めて175.75点を獲得。合計を255.95点にして、SPで彼女を1.96点リードしているワリエワにプレッシャーをかけた。

【ワリエワの演技は「見るのがつらかった」】

 最終滑走のワリエワは、これまでどおりなら確実にノーミスの滑りをしてくるはずだった。だが、今回はドーピング騒動の中心人物となり、SPでも最初のトリプルアクセルで軸が大きく動く珍しいミスをしていた。そんな15歳は重圧には耐えられなかった。最初の4回転サルコウは4分の1の回転不足で着氷を乱すと、次のトリプルアクセルはアンダーローテーションで手をつくミス。次の4回転トーループもステップアウトになり、無理をしてつけた3回転サルコウがダウングレードになり転倒とミスを重ねた。

「正直、彼女の演技を見るのがつらかったですね。団体の時の勢いのイメージがあったので、きょうは、どうしたんだろうという感じで見ていました」

 坂本はワリエワを優れた選手だと認めているからこそ、ボロボロになっているような演技を見たくなかったのだ。結局、ワリエワは後半にもミスをして141.93点しか取れずフリーは5位。合計は224.09点にとどまる結果になり、シェルバコワとトゥルソワに次ぐ坂本の3位が決定した。

「ワリエワ選手の点数が出た時はもう、自分が何点出していたかも忘れていたんです。それで、いったいこれは私が何位になるんだろう、と思っていたら、画面に出た3位のところに私に名前があったのでビックリして、それから涙が止まらなくなりました」



フリー後、笑顔を見せる坂本と中野園子コーチ

【自ら選んだ、挑戦をやめる挑戦】

 ロシア勢が4回転を跳ぶ時代になり、日本でも多くの選手たちが高難度ジャンプに挑戦するなかで、坂本自身もトリプルアクセルや4回転トーループに挑戦した時期もあった。だが、北京五輪シーズンへ向け、高難度ジャンプへの挑戦をやめると決めたのは本人だった。五輪までは3回転をすべてしっかり跳べるようにし、それができるようになったあとで4回転やトリプルアクセルに挑もう、と。

 そのなかで、SPとフリーでは基礎点が1.1倍になる演技後半に連続ジャンプを入れたり、苦手にしていた3回転ルッツをSPに組み入れたり、得点を細かく上積みする努力をした。その成果が五輪で大きく花開いたのだ。

「大学に入学する頃(2019年)は、一番調子が悪かった時だったので、大学を卒業したら絶対に引退をしてやると思っていたけど、今年3年生になるのであと1年しか残っていない。まだまだジャンプを跳べているのでやめる必要はないなと感じているし、4年後でもまだ25歳だなとも思っています」

 こう話す坂本に中野コーチは、「これで難しいジャンプも頑張って練習するだろうから。それを入れられるようになれば4年後はもっと上を狙えると思う」と期待する。

 試合翌朝のメダリスト会見のフォトセッションでは、まだもらっていない銅メダルの代わりに、カメラマンの要望があってマスコットセレモニーでもらった公式マスコットの「ビン・ドゥンドゥン」を頭の上に乗せて大笑いしながら写真に収まっていた坂本。誰からも愛される彼女だからこそ、その銅メダル獲得を数多くの人から祝福されていた。