市川美余が分析する北京五輪カーリングロコ・ソラーレの可能性(前編)北京五輪が2月4日に開幕。注目のカーリング女子の戦いも2月10日から始まる。同舞台に挑むのは、前回の平昌五輪で銅メダルを獲得したカーリング女子日本代表のロコ・ソラーレ。再びメ…

市川美余が分析する北京五輪カーリング
ロコ・ソラーレの可能性(前編)

北京五輪が2月4日に開幕。注目のカーリング女子の戦いも2月10日から始まる。同舞台に挑むのは、前回の平昌五輪で銅メダルを獲得したカーリング女子日本代表のロコ・ソラーレ。再びメダルへの期待が高まっているが、その可能性を含めて、ロコ・ソラーレの強さ、選手個々の特徴などについて、かつて中部電力の選手として活躍した市川美余さんに解説してもらった――。



世界最終予選を突破して北京五輪に挑むロコ・ソラーレ。写真左から吉田夕梨花、吉田知那美、鈴木夕湖。photo by ANP Sport/AFLO

――早速ですが、カーリング女子日本代表として北京五輪に挑むロコ・ソラーレの個々の選手について話を聞かせてください。まずは、リードの吉田夕梨花選手について。

「リードというポジションは安定したドローを求められるポジションですから、性格的に安定している吉田夕梨花選手は適性を持った選手だな、という印象があります。あくまでも私の意見ですけれど、(リードは)感情の起伏が少ないタイプが向いていると思います。

 チームにもよりますが、カーリングでは基本的にスキップとサードがハウス内に立って状況を見ながら作戦を立てていきます。その際に石の位置に集中しすぎてしまうことがあって、そういう時に俯瞰して、冷静に物事を見て声をかけてくれる選手がいると心強い。夕梨花選手はそういったタイプで、いい意味で異なった視点を持った選手だと思います」

――日本選手権4連覇を遂げた時をはじめ、市川さんはサードのイメージが強いのですが、リードの経験もあったりするのでしょうか。

「ジュニア時代には、ずっとリードをやっていました。でも、私は向いていなかったですね(苦笑)。テイク(ストーンに当てて叩き出すショット)が好きだったので、『セカンドやサードでテイクを投げたいなぁ』と思っていました」

――吉田夕選手は、平昌五輪後に「ワールドクラスのリードに成長した」と言われています。どういった点が世界的に評価を受けているのでしょうか。

「とにかく感性が鋭く、磨かれているからだと思います。カーリングのストーンには、曲がらない石、曲がりすぎる石、滑って(イメージよりも進んで)しまう石など、石ごとにいろいろなクセがあります。そういったクセのある石を狙ったところに置くのはとても難しいのですが、その辺りの微調整や、石への対応力が本当に優れています」

――北京五輪でもその感性でクセのある石をうまく扱ってくれるでしょうか。

「はい、そう思っています。ただ、そうした石の情報はテレビで見ていてもなかなかわかりづらいですから、かなり上級者向けの観戦ポイントになってしまうかもしれませんね」

――テレビ画面を通してもわかる、吉田夕選手のプレーの見どころはどういった点にありますか。

「まずショットで言えば、ウィックです。相手のガードストーンをテイクしない程度に少しずらして、ガードとしての機能を奪うショットです。かなり難易度の高いショットなのですが、その精度が非常に高いです」

――吉田夕選手のスイープ面については、どう評価されていますか。

「力強いスイープもすばらしいのですが、決して掃きすぎないのも強みです。スイープにはストーンの進みを延ばす役割がありますが、ショットが弱かったりすると、焦って一生懸命に掃いてしまい、結果的にストーンが狙いよりも進んでしまうことがあるんです。そういったオーバースイープはトップ選手でも出てしまうミスなのですが、彼女はスイープ途中でも掃くか、やめるかの判断が的確にできる選手です」

――セカンドの鈴木夕湖選手とのコンビは「クレイジー・スイーパーズ」と称され、すでに世界的にも知られている存在となっていますが、鈴木選手のスイープのよさについても教えてください。

「鈴木選手は力強さに加え、トルク(回転)のスピードも高い評価を受けています。さらに、第一声がほとんど合っています」

――「第一声」というのは?

「特にドローショットの時なのですが、投げる選手がストーンをリリースしたあと、スイーパーは『いいよ』とか『7半!』などと短く声を発して(ストーンのスピードを)チームに共有します。『いいよ』というのはストーンのウエイト(速さ)がちょうどよさそう、『7半』というのはホグラインからホグラインの間を7.5秒で通過するくらいのウエイトだよといった情報ですね。ゾーンナンバーで言うこともありますが、鈴木選手のコールが間違っていることはほとんどありません」

――吉田夕選手と鈴木選手のコンビ、さらに吉田知那美選手と、ロコ・ソラーレのスイーパー陣は「目もいい」と言われています。

「そうですね。どのスイーパーも目がよくて、ジャッジが早い。ですから、スイーパーから『こっちはどう?』といった提案が出るシーンも多い気がします。

 提案というのは、いわゆるBプランの可能性とか。(Aプランの)狙ったところに石は向かっているけれど、途中で変化があったりしたら『こっちでも悪くない』というプランに切り替える必要性があります。そのあたりの提案と確認を(スイーパーも含めて)常にしています」

――ストーンが動いているのは、長くても10数秒。その間にものすごい量の情報をチーム内で共有しているわけですね。

「そうなんです。ちょっと難しい面もあるかもしれませんが、そのあたりに注目して彼女たちの発言を追っていくと、カーリングの奥深さがわかってきて楽しいと思います」

――鈴木選手のショットについてはいかがでしょうか。昨年2月の日本選手権以降、9月の代表決定戦、12月の五輪最終予選と、ずっと好調を維持しているように見えます。

「本当に調子がいいですよね。フロントエンド(リードとセカンド)とバックエンド(サードとスキップ)のつなぎの、橋渡しとなるショットが決まると、そのエンドで主導権を握ることができるので、セカンドの好調はチームとして相当大きいと思います」

――五輪では鈴木選手のどんなショットに期待していますか。

「鈴木選手はとりわけテイクの精度が高く、一投で2つのストーンを弾き出すダブルテイクアウトを決めているシーンの印象が強いです。五輪でもそういったショットを何度も見られることを期待しています」

――続いて、サードの吉田知選手についてうかがいたいと思います。その前に、市川さんも中部電力時代にはサードとしてスキップの藤澤五月選手とコンビを組んでいました。当時、どのようなことを意識して藤澤選手とコミュニケーションをとっていたのでしょうか。

「彼女は迷いがあると、それがショットにも影響することが多かったので、(彼女の思考を)惑わしてしまう言葉はかけたくない、と思っていました。私が余計なことを言うことで、彼女を混乱させてしまうようなケースもあったので。『ここ(のパス)滑ってないよ』とか、私が実感したことをシンプルに伝えるようにしていました。多くの情報を共有するロコ・ソラーレとは対照的だったかもしれませんね」

――そんな市川さんと比べて、吉田知選手の藤澤選手とのコミュニケーションの取り方はどうご覧になっていますか。

「正直、比べてほしくないほど、私より知那美選手のほうが圧倒的に(藤澤選手と)うまく接していると思います。知那美選手は三姉妹の真ん中で、お姉さん気質がありまよね。その分、3人兄姉の末っ子の藤澤選手とマッチしている気がします。スキップが弱気になりそうな場面では、必ず知那美選手が藤澤選手の背中を押すような言葉をしっかりとかけています。それは、試合を見ていてもよくわかります」

――吉田知選手は鈴木選手同様、テイクのうまい選手ですが、市川さんが注目しているショットはありますか。

「ランバックです。その精度が特に高いですよね」

――ガードストーンを撃って、ハウスの中を狙っていく高難度のショットですね。

「あくまでも私のイメージですけど、常呂町の選手というのは小さい頃からみんなテイクがうまいんですよ。当てどころをしっかり理解しているのは、リーグ戦が盛んで、そこで実戦的なショットを学ぶからかもしれません」

――吉田知選手もそのひとり。

「ショット率も安定していますし、彼女はいわゆる"持ってる"選手なので、(彼女が)ここぞというところのキーショットを決めると、チームのリズムもどんどん上向きになっていきます。彼女は"氷上のムードメーカー"的な役割も果たしていますから。(五輪でも)ランバックが決まれば、チャンスが拡大していくのではないでしょうか」

(つづく)



市川美余(いちかわ・みよ)
1989年6月28日生まれ。長野県軽井沢町出身。7歳でカーリングをはじめ、2005年に日本ジュニア選手権で優勝。世代を代表するカーラーとなって、2008年に中部電力に入社。スキップの藤澤五月(現ロコ・ソラーレ)らとともに日本選手権4連覇(2011年~2014年)を達成する。2014年に現役を引退。現在は二児の母でありながら解説者として活動している。趣味は料理で、よく作るのは和食とイタリアン
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