市川美余が分析する北京五輪カーリングロコ・ソラーレの可能性(後編)前編はこちら>>――市川さんご自身の話も少し聞かせてください。2014年5月に現役引退を発表されましたが、その時点でやめることはそれ以前から決めていたことですか。「ソチ五輪に…

市川美余が分析する北京五輪カーリング
ロコ・ソラーレの可能性(後編)

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――市川さんご自身の話も少し聞かせてください。2014年5月に現役引退を発表されましたが、その時点でやめることはそれ以前から決めていたことですか。

「ソチ五輪に出場できても、できなくても、あのシーズン限りで一度、(現役に)区切りをつけることは決めていました」

――女子カーリングでは、結婚、出産を経てアイスに戻ってくる選手がたくさんいます。

「もちろん、それも考えていました。復帰の目はゼロにはしたくない、という気持ちが(引退を決めた)当時はあったと記憶しています。ただ今では、子育ても楽しいですし、子どもの成長はあっという間といったことを考えると、自分の挑戦よりも家族との時間を優先したいと思いました」

――大切な人生の選択ですから、どちらがいいとか、悪いとかの話ではありません。

「そうなんですよ。あくまでも私個人の気持ちと選択であって。ですから、子育てをしながらプレーしたり、カーリングに関わっていたりする選手は本当にすごいと思います。尊敬しかないです。私には両立するだけの器用さがなかったな、と」

――それでも、市川さんも解説の仕事をされたり、アスリート特別委員としても活動されたりして、カーリングの普及には携わっています。

「どちらの仕事も勉強しつつ、楽しくやらせていただいています。今は育児をしながら、自分のペースでカーリングに関わっていけたら、と思っています」

――解説と言えば、石崎琴美さんがカーリング女子日本代表のロコ・ソラーレの一員として12年ぶりの五輪に臨むことになりました。

「石崎さんはすばらしい解説者でもあるので、残念な部分もありますが、石崎さんのこれまでの経験や、解説者という立場だからこそ見えていたことを、北京五輪で生かしてくれるのではないかと期待しています」

――解説者という立場からカーリングを見ることで、選手の時には見えなかったものが見えたり、新たな気づきがあったりするのでしょうか。

「それはたくさんあると思います。また、私は現役時代、わりと感覚でプレーしていたタイプで、チームメイトとのやり取りでも感覚的なニュアンスで伝えることが多かったのですが、解説者という立場では、俯瞰して試合を見て客観的に分析し、それを適切な言葉にして伝えなければいけません。

 要するに、優れた分析力と言語化の能力が求められるのですが、石崎さんはもともとそういったことに長けていて、経験に裏打ちされた説得力があります。日頃の活動から、チームがほしい適切なタイミングで、最適なアドバイスをしてくれるのではないでしょうか」

――確かに石崎さんがチームに加わったことで、ロコ・ソラーレの安定感がさらに増したような気がします。

「五輪を2度、しかも氷上とコーチボックスとの両方で経験している方なので、他の選手たちにとっては非常に心強いでしょうし、難しい表現になってしまいますが、ロコ・ソラーレの北京での滞在と戦いにおいて、"邪魔にならない"貴重な存在だと思います」

――「邪魔にならない」というのは、よくわかるような気がします。

「たとえば、初五輪という子をフィフスに抜擢したとすると、どうしても他の4選手はその子のケアをしないといけない、と感じると思うんです。でも、石崎さんは経験も豊富でオリンピックの雰囲気や過ごし方も熟知しています。他の選手に気を遣わせることがないでしょうし、ストーンチェックに対する信頼も置けます。その分、4人は氷上に集中できますから、石崎さんが加入したメリットはかなり大きいと思います」



世界最終予選を突破し、2大会連続の五輪出場を決めたロコ・ソラーレ。再びメダル獲得はなるか。photo by ANP Sport/AFLO

――最後に"日本のエース"藤澤五月選手について聞かせてください。一緒にプレーしていた市川さんから見て、ズバリ、どういう人ですか。

「とにかくカーリングが好きで、カーリングに対して、ずっと真面目に向き合っている選手です。初めて会った時からそうですし、今もそれは変わっていません」

――市川さんを含め、中部電力の他の選手たちも決して不真面目ではなかったと思いますが。

「もちろんです。私たちも私たちなりに一生懸命練習して、カーリングに取り組んできました。でも、たとえば遠征に行った時など、オフや空き時間があれば、私は映画やドラマなどのDVDを見ようかなと思うのですが、藤澤選手はカーリングの動画を見ている。それくらいカーリングのことをずっと考えていられる。そこは本当に、才能だと思います」

――ロコ・ソラーレでプレーしている藤澤選手の、アイス上での技術や戦術面についてはどうご覧になっていますか。

「中部電力時代はチームカラーとして『とにかく石を溜めよう』というカーリングをしていたので、当時との比較は難しいのですが、今はその"攻め"を上手に(自らの戦略の)引き出しのなかに入れている感じがします。押し、引きがうまいというか、引くところではしっかり前(のガードストーン)を払ってリスクを減らしたり、攻め直したりしています。そのバランスのとり方は『すごいなぁ』と、素直に感心しています」

――バランスに長けたスキップに成長したのは、中部電力での6シーズン、石を溜めるカーリングがあってこそ。それを経て、"世界のFujisawa"になったのではないでしょうか。

「そうだったら、元チームメイトとしてはとても誇らしいですけれど、そこはやっぱり彼女の真面目で、カーリングが大好きという姿勢が一番の要因だと思います」

――さて、いよいよ五輪の戦いが始まります。市川さんの見立てを教えてください。

「本当に強豪ばかりの10チームがそろいました。私は、スウェーデン、カナダ、スイスが経験と実績という意味では少し抜けているかなという感じはしますが、その他のチームもそれらと大きな差はなく、ほぼ横並びで続いていると見ています」

――日本は初戦でスウェーデン、2戦目でカナダという日程。いきなり強豪との対戦が続きます。

「そうなんですよ。でも、これはポジティブに捉えていいと思っています。というのも、どのチームもアイスの情報がほとんどない互角の状態ですから。そういう状況で、強いチームとの対戦を迎えられるのは、逆にチャンスだと思います。ラウンドロビン(総当たりの予選)の後半、アイスリーディング(氷の読み)が済んだ仕上がった状態のスウェーデンとか、カナダとかとの対戦となると、さすがにチャンスを作りづらいゲームになってしまうと思うので。

 それに、万が一スウェーデン、カナダ戦と連敗を喫しても、強いチームなので『仕方がない』とすぐに切り替えができるはず。以降、アイスリーディングを進めてしっかりと勝っていけば、問題ないと思っています」

――確かに昨年9月の日本代表決定戦でも、12月の世界最終予選でも、ロコ・ソラーレは負けてからの切り替え、修正力の高さが光っていました。

「強いチーム特有の、しっかりと後半にアジャストしてくる粘り強さみたいなものが感じられましたよね」

――ということは、市川さんが有力チームに挙げたスウェーデン、カナダ、スイスに次いで、日本にもチャンスがあると見ていいでしょうか。

「もちろんです。ただ、イギリス、ROC(ロシアオリンピック委員会)、韓国あたりも強いチームですし、ホームの中国、デンマーク、アメリカも決して油断はできません。本当にどこがプレーオフに進出しても驚かない、それほどのレベルにあるチームばかりです」

――「メダル」「メダル」と周囲があまり期待しすぎるのもよくないですね。

「そうかもしれませんが、前回の平昌五輪で銅メダルを獲得したことで、『もっといい色のメダルを!』と期待されていることは、選手たちも理解しているのではないでしょうか。ロコ・ソラーレはそういった周囲の期待も自分のたちの力にできる強いチームだと、私は思っています。

 個人的には、2度目のオリンピックを存分に楽しんでほしいな、と。カーリングはタイムを競ったりする短時間の競技ではないので、ロコ・ソラーレらしく楽しみながらプレーしてくれたら、いい結果につながるのではないかと。そう信じています」

(おわり)



市川美余(いちかわ・みよ)
1989年6月28日生まれ。長野県軽井沢町出身。7歳でカーリングをはじめ、2005年に日本ジュニア選手権で優勝。世代を代表するカーラーとなって、2008年に中部電力に入社。スキップの藤澤五月(現ロコ・ソラーレ)らとともに日本選手権4連覇(2011年~2014年)を達成する。2014年に現役を引退。現在は二児の母でありながら解説者として活動している。趣味は料理で、よく作るのは和食とイタリアン
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